言葉ことはじめ 池内紀

2017.8.9

12ピンはね ねこばば

 近ごろ耳にしないし、文字でも見かけない。言葉としては死語に近いのかもしれない。しかし、昭和のあるころまで――そんなに昔でない――たしかに日常的に使われていた。たいていは声をひそめて、それも「ピンはねされた」「ねこばばされた」と受身形で使われた。ピンはねした、ねこばばしたという言い方は、第三者がその人物の所業を指して言う場合であって、当人が口にすることはまずなかったと思われる。
 「ピンはね」のピンは、「ピンからキリまで」と言うときのピンであって、カルタの賽(さい)の目などの一の数である。それが「上」「あたま」とかさねてあるのだろう。金銭の「上前を取る」「あたまをはねる」である。
 ポルトガル語のピンタ(pinta)は「点」の意味で、長崎経由で日本に入ったポルトガル語に由来するのかもしれない。長崎・出島に隔離されていたポルトガル商人は、年に一度、代表が江戸に伺候する習わしがあった。その度の途中、買物をすると気がついたが、くだものや飲み物を農民の店で直接買うと、ただのように安いのに、警護の役人を介して手に入れると、おどろくほど高価になる。あいだに入った者がピンはねするからだ。このあたりが発祥にあたるのかもしれない。
 真偽はともかく、ピンをはねるの構造上の特質をよく示している。無知、不慣れ、事情知らずを前提にしており、よく知る者が相手の無知をいいことに、金銭の一部をかすめ取る。無知ではなく力関係によることもあって、強い者が弱い者からへつり取る。慣習として定まっている場合もあって、そんなとき取る方は平然として取った。ピンはねが前提になっていれば、おのずと自衛する。元金を水増しして、ふくらませておけばいい。取る方もそのからくりを知っているから、ピンはねが大きくなる。一定の度をこすと、内々で済むはずのものが警察沙汰になった。
 ねこばばもピンはねに似ているが、こちらは一部ではなく、全部をいただく。拾ったものを、そのまま自分のものにしてしまうとか、預かったものを渡すメッセンジャーだったのが、渡したふりをしてそっくり懐中にいれてしまうケースである。「猫糞」と書くのは、猫が脱糞したあと、上に土をかけ、そしらぬ顔をすることから生まれたからで、そこから「ねこばばをきめこむ」といった表現ができた。
 戦前から戦後にかけて、藤原歌劇団を運営し、本格的なオペラの普及に孤軍奮闘した藤原義江は、父がイギリス人だった。福岡の商社支配人として赴任してきた。日本人同僚の手引きで博多の色街に通ううちに、琵琶を弾く美しい芸姑と親しくなり、翌年、子どもが生まれた。
 こんな場合、色街のワケ知りが乗り出してきて、ことを解決する。若いイギリス人には母子が安楽に暮らせるほどのまとまった金を出させ、母子には支配人の体面を説いて、博多から立ちのかせた。ずっとあとになって判明したのだが、ワケ知りは大金をそっくりくすね、母子には一文も渡していなかった。若いイギリス人は母子が町から立ちのいたと知って多少は胸が痛んだが、ねこばばという日本語を知らぬ身であれば、どこかで安楽に暮らしているものと考えて良心を慰めていた。
 そんな罪つくりなエピソードからもわかるが、ねこばばの場合も相手の無知を前提にしている。仲介の役まわりなので、双方を相手として、双方は仲介役を通る以外、直接会うことはない。もっとも素朴なケースは落とし物であって、拾った人が同時に仲介役の役まわりで、その指示のもとに届け出をはしょって収得者に早変わりする。
 ピンはねやねこばばが死語に近いからといって、なくなったわけではないだろう。より巧妙、複雑になり、システム化したまでである。マージン、スキル、コンテンツ、スペシャル・チャージ、リノベーション……さまざまな名目でへつられて、手付金などのつかみ金がどんなに痩せ細って本来の用途にたどりつくか、神のみぞ知るところである。

(第12回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年8月25日(金)掲載