言葉ことはじめ 池内紀

2017.8.25

13虫がいい

 もしかして思い当たる人の目にふれて気を悪くされたら、先に謝っておくのだが、「虫がいい」というと、まっ先に思い浮かぶ。
 たまのことだが、講演の依頼がある。講演というより「話をしてほしい」といった申し入れで、同好会の市民交流センターの催しのことが多い。都内の図書館、横浜、浦和、市川など近隣の図書館や小ホール。
 ひととおり催しの趣旨が話され、スケジュールの問い合わせに入り、最後に謝礼が薄謝である旨のお詫びがあって、ようやく金額が告げられる。一切こみで二万円が多い。一万円のこともあった。「これまでもこれでお願いしてきたので、ご了承いただきたい」旨の言葉がつく。

 「虫がいい」自己中心的で、ずうずうしい(新明解国語辞典)

 たぶんその人には、自分は虫がいいといった気持は毛頭ないだろう。みんなで講師役を相談して白羽の矢を立てた。財務の苦しいなかで、社会的にも意義深いことをしている。当然、協力してもらえると考えている。そんな善意の人から求められたことはよくわかる。
 しかし、人まえで一時間なり一時間半なりを話すためには、それなりの準備がいる。当日、遅れてはならないから、かなり余裕をもって家を出る。たとえ東京から横浜まで電車で三十分でも、それは時刻表の話であって、その「東京」に出るまでにバスや電車を乗り継いで行かねばならない。早々と会場に現れてはご迷惑なので、近くで余裕にとった時間をつぶすわけだが、適当な喫茶店があるとはかぎらないのだ。
 「終わったあと、ご一緒に食事をさせていただきたい」
 たいていは疲労困憊で一刻も早くひとりになりたいものである。
 つまり電話を聞きながら、そんな思考のプロセスが頭をかすめる。なろうことなら断りたいのだが、謝礼を聞いたあとではタイミングが悪いのだ。考えさせてもらって、後日に断るのが穏当だが、突然の電話の場合は、そういう知恵が浮かばない。それに相手には、スケジュールをたしかめたからには、当然了承のはずという思いがありありなのだ――。

 虫は日常に親しい生き物なので、虫に託した表現がいろいろある。
  虫も殺さぬ
  虫がつく
  飛んで火に入る夏の虫
 いま初めて知ったのだが、「虫がつく」には二通りの意味がある。一つは衣類や本を虫が食ってダメにすることだが、もう一つは「きずものになる」から、「未婚の女性に、親としては好ましくない相手が出来る」場合で、当今は知らず、かこは両親が顔をくもらせて口にする用語だったようである。
 古くは日常の虫のほかに、体内にひそんでいて、心の状態を左右する虫がいると考えられていたのだろう。疳(かん)性の子どもは「虫が起こる」と言った。
  虫が知らせる
  虫が好かない
  虫の居所が悪い
  腹の虫がおさまらない
 「虫がいい」人を、私自身は嫌いではない。会えば話がはずみ、会に誘われて会員になり、会誌をもらっているのもある。
 しかし、やはり虫がいい人の申し出は断りたい。ようやく責任を果たしたあと、二、三日は疲れがとれないことまでもよく覚えている。いっそ薄謝などないほうがスッキリすると思うが、それは虫がよすぎるケースだろう。うっかり引き受けると、觀念しきるまではふさぎの虫にとりつかれる。
 このごろは電話のわきにメモを二つピンでとめている。
 「もうトシですから、ご勘弁ねがいます」
 「もう廃人同然ですので、お役に立てません」

 

(第13回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年9月11日(月)掲載