言葉ことはじめ 池内紀

2017.10.10

16うるさい

 新聞や雑誌の人生相談でおなじみである。ご近所が朝早くからうるさい。どう対応すればいいか、といった相談である。日常迷惑に思うことの調査によると、やはり騒音関係が一番らしい。

 うるさい (一)いつまでも耳と身につきまとうため、不愉快でたまらない。(二)自分にとってはどうでもいい事を、わずらわしいまでに強制(固執)したり、必要以上に厳しかったりするので、出来るなら相手から逃避したい気持。(『新明解国語辞典』)

 生まれて初めて「うるさい」を辞書であたったわけだが、同じうるさいでも対応の仕方が大きくちがう。(二)は明快で、「相手から逃避」とあるとおり、さっさと逃げ出すにかぎる。まともに応対しようものなら、疲れて腹が立つだけ。たいていこの手のうるさいタイプは、言葉づかいですぐにわかるもので、適当に受け流して、それからやおら――実際にあろうとなかろうと――「急ぎの用」を思い出せばいいのである。
 (一)の場合を身近な例で言うのだが、わが家の向かいの家はテラスを改造して、シベリアン・ハスキー犬を飼っている。仔犬のときのしつけが足りなかったのか、夜ふけ、夜明けに吠えたてる。なにしろ図体が大人にあまるほど大きいので声に迫力があり、寝入りばなを起こされたりする。
 東隣りは乗用車専門の板金(ばんきん)塗装業で、仕事がこんでくると小さな工場は早朝から稼働している。ヘコんだ車体を叩いたり、シンナーの臭いが流れくる。
 西隣りは安手のマンションで、二階の角部屋に学生が住んでいる。仲間が集って、夜遅くまで騒いでいることがある。窓を通してドッと笑いが起きたりする。
 対処の仕方は簡単である。
 犬の吠え声で目を覚ますと、じっと耳をすまして、犬が何を主張したがっているのかを推察する。日により、あきらかに吠え方がちがっていて、おねだり、不満、甘えなど、微妙に声調がことなるものだ。
 板金塗装はヒシャゲた車を修理する。車はふつう、勝手にヒシャゲたりしないから交通事故のせいである。昼間に運びこまれた「商品」をながめておく。早朝のドンカンを聞きながら、ヒシャゲぐあいよりして負傷ですんだのか、死者が出たかを考える。車というものがいかに衝突に弱いか、知っておくのは悪いことではないのである。
 安マンションから流れてくる若い人たちのおしゃべりは、当今の話題、話し方、語彙を知るのにちょうどいい。女性が一人まじると、男どもはがぜん活気づく。「超むかつく」といったふうに、やたらに「超」を使うのは、財布と同様に言葉の中身が少ないからと思われる。
 日々の暮らしが難しいのは、日々の暮らしには「適度な」「正しい」といった基準がないからだ。相手にとっては愛犬が甘えていたり、ヒシャゲたのをもどしていたり、ふつうの談話をしているだけで、「うるさい」とねじこまれるいわれはないだろう。「正しく」生きているのに、それをとがめ立て、さわぐのこそうるさいことなのだ。
 うるささには武器としての哲学で対処するのがおすすめだ。しみるような静けさは旅先の宿で見つける。日々の暮らしは適度にうるさいのがいい。どうかしてハタと音がやみ、死のような静けさが訪れると、煩わしい音がなつかしくなる。

(第16回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年10月25日(水)掲載