言葉ことはじめ 池内紀

2017.10.25

17ちくわぶ

 

 おでんでおなじみだろう。頭に「ちくわ」とついていて、ちくわのような形をしており、ちくわと同じくまん中に穴があいているが、ちくわではない。おしりに「ふ」がつくとおり麸である。ちくわは魚肉をすりつぶしたものだが、こちらは小麦粉でつくる。念のため、たしかめておく。

ちくわ(竹輪) すりつぶした魚肉を竹ぐしに丸く棒状に塗りつけて、焼いたり蒸したりして作った食品。竹ぐしを抜いた切り口が竹の輪切りに似る。
ちくわぶ(麸) ちくわの形をしたふ。
ふ(麸) 小麦粉を水でこねて、でんぷんを取り去った食品。

(新明解国語辞典)

 いつごろ、誰が考案したのか知らないが、辞書にのっているところからして、かなり以前であり、わが大好物は言葉としても、とっくに市民権を得ているのだ。しかし、おでん屋で注文すると、しばしばちくわがお皿にのって出てくる。ちくわぶと「ぶ」に力をこめて伝えなくてはならない。主人によると、ちくわぶはなぜか男の好物で、女性客はめったに注文しない。
 「どうしてですか、こんなに旨いのに」
 「さぁ、どうしてでしょう?」
 主人は首をかしげるが、私には理由はわかっている。色なり形なりが女性には気にくわないのだ。
 まず形だが、ちくわに似せてつくったので、もともとは長くてポッテリと重い。そんな一本を丸ごと出すわけにいかないので、三つ、四つと切って鍋に入れる。垂直ではなく、はすに切られるので、切り口は円ではなく楕円になる。まわりは楕円でも、真ん中の丸はまん丸い。ちくわぶは外形にギザギザがつけてあるから、ギザギザのある楕円に正円の穴のあいた世にもフシギな形態である。名前からしてはっきりせず、ちくわのようだが、ちくわにあらず、さらに形態のえたいの知れなさが、何ごとにもはっきりさせたがる女の好みに合わないのではあるまいか。
 それ以上に色である。おでん鍋に入る前のちくわぶは白い。紙の白さではなくモチのような白さで、全体のモチモチ感からも女体のごとしである。
 それが鍋で煮られる。とうぜんお汁のしみかげんによって、はじめはクリーミーな色、さらに煮られるとエニシダ色、売れのこると洋ガラシのような茶色になる。いわばウブな娘が浮き世の波に洗われ、いつしかアバズレになるのと似ているだろう。男はまるで気づいていないようだが、女性がちくわぶを毛嫌いするのには、微妙な人生の変転を感じとってのことではなかろうか。
 女性同伴でおでん屋に行き、男が大好きなちくわぶを注文したとしよう。湯気の立つのをフーフーしながら食べている。そのとき、お相手はどんな顔をしているだろう? 煮られたちくわぶは、全体がひと色とはかぎらない。鍋の中の煮ぐあいによって、ちくわぶの下はエニシダ色だが、上は白がほんのりと色づき、淡いピンク色をしていることがある。フランス人なら「フラマン・ローズ」と呼ぶ色であって、フラミンゴのバラ色である。まさに上気した女性の上半身であって、下半身のエニシダ色がまたナマメかしい。では、いただくとしよう――女たちが、たえてちくわぶを注文しない理由がおわかりだろうか。
 そんなこともあって、おでん屋に女性同伴はおすすめではない。店のつくり、雰囲気、相客のぐあい……おでん屋はひとりにかぎるのだ。
 「ハイ、ちくわぶネ」
 クリーミーがややエニシダに近づいたところで、わが好みにぴったりである。喉をこすときのポッテリとした重量感がまたいいのだ。待ち受けた胃袋に、やや肥満ぎみのわが身をはじらいながら入っていく。ちくわぶはまったく、やさしく、やわらかく、とてもいとしい食べ物なのだ。

(第17回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年11月11日(土)掲載