言葉ことはじめ 池内紀

2017.12.8

20ふくろ



 私は「人体=ふくろ」説をとっている。頭や手や性器や足に分岐していて、なんとも複雑にして珍妙な形ではあれ、全体としては一つのふくろにちがいない。それが証拠に、このふくろの誕生をもたらしてくれたおひとを、親愛をこめて「おふくろ」と呼ぶではないか。


 ふくろ(袋) 紙・布・革を張り合わせたり縫い合わせたりして、何
 か入れるように作ったもの。一方に口が有り、用の無い時には折り畳
 める。
                       (新明解国語辞典)

 かつては刑罰として、一個のふくろである人体を、さらにふくろに入れて叩いたりした。そこからおおぜいでふくろ状に囲んで、てんでに殴るのが「ふくろだたき」である。殴られたり蹴られたりしなくても、憎まれたり、そねまれたり、おおぜいの人からひどい目にあう意味でもある。行き止まりになっている小路は「ふくろ小路」で、行き止まりの空間から、何であれ行き詰まった状態を指す。そんな状態に追いこんだのが「ふくろのネズミ」。昔の人は「ふくろ耳」などと言ったものだが、かごやざるにくらべて、ふくろは入れたものを洩らさないからだ。そこから一度聞くと二度と忘れないのを「ふくろ耳」と言うようになった。
 人体=ふくろ説をとると、人間の一生がよくわかる。幼児はよだれを垂らすし、おしっこやウンチを洩らす。ふくろがまだふくろとして完全ではなく、隙間があるからで、そこから体内の水が洩れるわけだ。人体は七十パーセント強が水分というから、よだれ、おしっこその他として外に出てくる。以前は目ヤニや耳ダレなどをよく見かけたのは、当時は栄養状態が悪く、つまりはふくろのつくりが劣悪なため、目や耳など外に開いた器官のゴミといっしょになってにじみ出た。
 二十代から三十代は人体ぶくろの全盛期であり、つやつやしていて張りがある。若い女性など、中身をふっくらとつつみこんで、満開の花のように(にお)うばかり。それが四十代になると、たわみ始め、たるみが生じ、シワが忍び寄る。エステなどに通うのはこの歳頃からで、揉んだり引っぱったり刺激するのだが、洋服にアイロンをあてるのとはちがい、生身のふくろのシワやたるみはどうにもならないのではあるまいか
 男はサウナに通ったり、マッサージに精出す。エステの男性版であって、同じくもみほぐしたりひっぱったりしても、努力におかまいなしに腹部がセリ出してきて、使い古しのふくろの形が崩れ、へんに一方にふくらんだしろものになるのとそっくりである。
 さらに劣化はすすんでくる。中高年組が肩にサロンパスを張り、指先をバンソーコーでとめていたりする。使い古しのふくろの折り目をセロテープで補強するのと同じで、さしあたりは応急処置でしのいでいる。
 老人はよく、ちょっとしたことにも涙ぐむ。クシャミをした拍子におもらしをしたりする。ふくろものには、気づかないうちに針でつついたような穴があいていたりするものだが、それと同じで、人体全体が洩れやすくなっていて、何かのはずみで小量がこぼれ出る。
 老化した人体は未完成のふくろと同じと思えばよいのであって、幼児のときのように老人はよだれを垂らし、おしっこやウンチを洩らす。おしめの世話になる点でも瓜二つだ。そしていまや幼い者たちと同様に、生殖器はシモの用途だけの役まわり。
 この身がふくろだと思えば、最後の処置も簡単である。もはや用なしのふくろはクルクル丸めて屑箱にポイをする。まさにそのように処分するのが、人体ぶくろのあるべき姿というものである。

(第20回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年12月25日(月)掲載