言葉ことはじめ 池内紀

2018.1.13

22ゾッキ本 バッタ屋

 

  

 古書店街で知られる東京・神田神保町にゾッキ本屋があったのは、いつごろまでのことだろう。少なくとも一九六〇年代から七〇年代にかけて、古書巡りの道筋に私は必ず立ち寄った。『悪徳の栄え』といったサドの訳本はゾッキ本屋で手に入れた。澁澤龍彦の訳で桃源社から出たもの。同じ桃源社の澁澤龍彦のエッセイ集が横に並んでいた。私にはこの博学の文筆家は、まずゾッキ本の作者として現われた。
 ほかの古書店とちがって本は平台に積み上げてあり、大きく「新本」とあって、横に「五割引」などとうたっている。「七割引」なんて気前のいいのもあった。たしかに新本で、奥付を見ると出たばかり。書店の新刊の棚に並ぶはずが、そこをすっとばして古書店にくる。たしかに古書店ではあるが、新刊を扱っていて、そういえばほかの古書店とちがっていた。奥にひと癖ありげな店主が、つまらなそうにすわっている。ゴム印を捺した売価の紙片がはさんであって、本を渡すと、紙を引き抜いた。それで売買は終了。
 若さがとりえの貧しい読書人は、どういう仕組みで新刊が古書になるのか首をひねりながら、小出版の珍しい本屋や画集を手に入れた。難点があったとすれば、読み終わり、古本として売りにいくとゾッキ本を見破られ、買ってもらえなかったことである。

 ぞっき (十把一からげで売買する意)きわめて格安で仕入れた品
 を、見切り品として売ること。
                       (新明解国語辞典)

  商品として作ってみたが一個単位では買い手がつかず、まとめていくらで売りとばす。買い手はおそろしく格安で仕入れたわけだがら、五割引、七割引でも売れさえすれば利益になる。
 本の場合は、それだけではなかったようだ。あとで知ったことだが、金ぐりの苦しい出版社は、新刊書の一部をゾッキ専門業者にまとめ売りをした。取次を通すと何ヶ月も先の決済になるのが、ゾッキに渡すと即金売買ができる。本は定価と思いこんでいる読者の知らないところで、商品としての本が、まるきり別のシステムで取引されていた。
 よく似た商法にバッタ屋があった。

 ばったや〔バッタ屋〕 倒産した店の雑貨や余剰品を安く大規模に買
 い集めて、大量に安売りする店の称。
                       (新明解国語辞典)

 浅草でこの手の店を見かけたが、並べているだけでなく、商品をかざして宣伝をする。少しずつ値引きするところは、昔のたたき売りと似ていた。「倒産した店」がクセモノで、本当に倒産したのか、そういう立て前で作られた商品なのか、神のみぞ知るである。カバンやハンドバックや靴が多い気がしたが、たまたまそんな商品の日にめぐりあわせたのかもしれない。ブランドものと称する格安商品は今も健在であって、売り方が模様替えされただけのようでもある。どうしてこの商法をバッタ屋というのか、ごぞんじの方がおられたら教えてほしい。
 ゾッキ本にもどると、少なからず恩恵を受けた反面、はからずも奉仕もした。一九八〇年代のはじめ、意欲的な小出版社がヨーロッパの珍しい文学を刊行していた。そこにたのまれ、フリッツ・フォン・ヘルツマノヴスキイ=オルランドの『皇帝に捧げる乳歯』を訳した。奇想の画家・作家であって、この上なくたのしい彩色ペン画がどっさりついている。函入り、二百数十ページ。ゲラのやりとり、挿絵の色校正も終わって、あとは公刊を待つばかり。ところがその日になっても、さっぱり音さたがない。
 しびれを切らして、住所をたよりに小さなマンションの一室の出版事務所を訪ねていくと、ガラス戸に貼り紙がしてあって、当分連絡がつかない由がしるされていた。
 ひと足先に訳書を出した人が教えてくれたが、出版者は金ぐりに困り、町の金融業者から借りた。それがたちの悪いたぐいで、恐い人が押しかけてくる。急遽身を隠したという。
 それから何日かしてその人から、わが訳書がゾッキ本屋にあるという連絡を受けた。金融業者が新刊として出るはずの本を借金のカタにおさえ、そっくり超格安で売り払ったのだろう。それがゾッキ本として神保町に出たらしい。
 駆けつけると十冊ばかりが五割引で積んであった。懐かしい表紙、ペン画、そして訳文、解説、まぎれもなくわが手になるものである。しばらくしげしげと眺めてから、五冊買った。おやじはジャマくさげにゴム印の紙片を引っこ抜いた。
 そんなわけで、いまも手元に残っている一冊きりが、この訳書とのつながりのすべてということになる。

(第22回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2018年1月22日(月)掲載