言葉ことはじめ 池内紀

2018.3.6

26おためごかし

 

 「おためごかし」には、幼いころのちょっとした記憶がまといついていて、言葉とともに、ある人物が浮かんでくる。一人の人間というよりも、一つの人物類型であって、その後もおりおり出くわした。
 地方都市の旧家に生まれた。父は教師のかたわら、地区の役員をしていた。そんな家には、いろんな人が出入りする。地区の行事やモメごとの相談のときは、座敷に夜ふけまで明かりがともっていた。ドヤドヤと人が帰ったあと、居間で父や母の呟きのような声がした。
 ときたま、「ブンケ」とよばれる人たちがやってきた。いつのころか家を出た兄弟姉妹であって、そちらからいうと、こちらは「ホンケ」である。本家、分家が主従のようなかたちでつながっていた。
 私が七歳のことだが、父が心臓病で死んだ。とたんにパタリと人の出入りがなくなった。古い家を維持して五人の子どもをどう育てていくか、母には途方もない難題が待ち受けていた。こんなとき「教師の妻」は弱いものである。これまで「センセイの奥さん」として、何かにつけてたてまつられ、世の荒波から守られてきた。世間知らずで、生活力がない。
 同じく父親が教師で、その父を早くに亡くした開高健が述べている。家の中がみるまに「空洞」になっていったというのだ。生活力のない女は、さしあたり売り食いするしか生きるすべがない。なけなしの書画骨董、衣服や家具を処分する。そこにあったものがなくなるわけで、部屋がガランとしてくる。壁や畳の色あせていない部分があらわれて、何かが移動したことをつたえていた。
 そんなときである、急にある人がしげしげと出入りするようになった。髪をポマードでかため、パリッとした背広にネクタイ、細身の靴がピカピカに磨いてある。書類のようなものをかかえ、早口で、弁説さわやかにしゃべる。子どもにもペコペコして愛想がいい。座敷に通されると、ひとしきり庭をながめ、松や庭石や燈籠を誉めたりした。
 何かを母にすすめ、母が渋っているらしかった。「先祖様からあずかったもの」といった言い方で断ろうとする。その人は「ごもっとも、ごもっとも」と同意しつつ、押し返してその「先祖様が助けてくれる」といった言い方をした。子どもながら何となく不安で、庭木ごしにそっと座敷をうかがうと、その人と視線が合った瞬間、笑い顔がキツイ目つきになった。
 母がその人に売った土地一帯は、しばらくして市の住宅開発の用地になり、計画が発表されるやいなや土地値が何倍かに高騰した。母は自分で自分の愚かさを責めて、畳をたたいて泣いていた。私は無力な女が泣くときは、畳をたたくことを初めて知った。

 おためごかし(御為ごかし) 相手のためにするようにみせながら、
 実は自分自身の 利益をはかること。
                       (新明解国語辞典)

 言葉として知ったのは、このときではなかっただろうが、もしかすると、母の唯一の相談相手だった兄に話しているのを聞いたのかもしれない。小学校の校長をしていた叔父は、妹を慰めながら「おためごかしなやつ」と言った。意味はわからなかったが、即座に私は、いっとき、しげしげとわが家に出入りして、それからピタリと来なくなった早口男を思い出した。
 同じ意味合いで「親切ごかし」とも言うから、「ごかし」といった、日常に珍しい言葉に由来するのだろう。

 ごかし(接尾) 表面では、いかにも相手の立場を考えてやっている
 ように見せかけながら、実は自分自身の利益をはかっていること。

 それはそうと、当節、「おためごかし」はほとんど聞かれない。もはや死語にひとしいのだろう。もとよりおためごかしがなくなったからではなく、まさしく反対の理由からである。政治家の言説、マスメディアの仕組み、経済の原理……ことごとくが、つまるところ「実は自分自身の利益をはかること」にほかならない。社会全体がおためごかしから成り立っているとすれば、何もわざわざいうこともないからだ。

(第26回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2018年3月20日(火)掲載