言葉ことはじめ 池内紀

2017.4.10

04いなせ あだ

 ここは千葉県木更津(きさらづ)東京から快速で一時間と少し。少し遠出の散歩にいい。町を出て、夜は居酒屋、ビジネスホテル一泊して朝帰りの予定。
 駅前の商店街は「与三郎通り」といって、標識に白塗りのいなせな男のポートレートがついている。「切られ与三郎の町」ともある。切られとはおだやかでないが、芝居の話であって、正確には「よはなさけ、うきなのよこぐし(与話情浮名横櫛)」。江戸の色男与三郎が、遊びがすぎて親戚預けとなり、木更津にやってきた。昔の親は、そんなふうにわが子をおっぽり出したらしい。
 与三郎通りをブラブラ行くと港に出た。木更津港内港といって、新しく整備されたエリアである。旧港は少し北に突き出た出島のわきで、コンピラさまの常夜燈が立っている。船着き場は「北河岸(かし)」とよばれていた。
 与三郎とお富このことは芝居ではなく、はるか以前に流行歌で知った。春日八郎の「お富さん」が大ヒットしたのは、たしかこちらが中学二年のときである。


(いき)な(くろべい) 見越しの松に
(あだ)な姿の 洗い髪


 つづいては「死んだはずだよ お富さん」。中学生は歌うとき、「おッとみッさんの」と、ヘンなアクセントをつけた。「生きていたとは お釈迦さまでも 知らぬ仏(ほとけ)の お富さん」――。
 ずっとのちに知ったことだが、春日八郎の歌は、ほぼ正確に芝居のストーリーをとらえていた。与三郎は港の顔役の女房お富と知りそめ、いつしかわりない仲となり、密会が見つかって、親分の手下にメッタ切りにされる。お富は海へ身を投げた。
 両名とも命は助かったが、与三郎の顔に三筋の疵(きず)がのこった。やくざ者コウモリ安の弟分になってユスリに出かけた先で、はからずもかつての女とバッタリ出くわした。まったく生きていたとは「お釈迦さまでも 知らぬ仏の お富さん」なのだ。そのとき口にした恨みごとが、有名な「しらねェ恋の(なさけ)が(あだ)――」
 いなせな男とあだな女の恋の情は中学生には難解すぎたが、いまとなればよくわかる。

いなせ (若い男が)いきで、勇み肌な様子。(『新明解国語辞典』以下同じ)

「勇み肌」というのがよくわからないので、こちらにもあたってみた。

  勇み肌 男気があって、威勢のいい気風(きっぷ)(の男)

「男気」というのがまた、わかるようでわからない。

男気 弱い者が苦しんでいることを知って、黙って見のがせない気持。

 やっとのみこめた。港町の中年親分の囲い者お富に同情して、勇み肌の与三郎が男気を出したばかりに、顔に疵もちのアウトローになった。お富については「あだな姿」しかわからないが、それで十分である。

あだ (女性が)性的魅力をからだ全体から発散する様子。

 ふつう「あだっぽい」といった使い方をする。そんな女が湯上りの洗い髪で迎えてくれたのだもの、どうころんでも、わりない仲になろうというもの。

わりない 理屈をこえてそうなった。(男女が)他人でない仲となる。

 木更津散歩のおかげで、中二以来の難問が解決した。
 浜手の海浜公園では、松林の中に着物姿の女性のブロンズ像が三体。手振りよろしく踊っていた。木更津(じんく)を記念したもので、おはやしことばがヤッサイ、モッサイ、ヤレコラ、ドッコイ。「木更津照るとも お江戸は曇る」。そんな歌い出しで、「可愛い男」をめぐり、ヤッサイ、モッサイとなるらしい。
 甚句というものにウトいのでよくわからないが、かつて旦那といわれた方々が花街でたしなまれたリート&ダンスだったのだろう。木更津はいまも千葉県で唯一検番(けんばん)がある町だそうだ。芸者衆をコーディネートするところで、そこでは木更津甚句をはじめ、(かぶおんぎょく)がきびしく伝授されている。
 町の氏神さま、八剣八幡神社の案内板によると、木更津は単なる内港の一つではなく、徳川幕府お墨つきの特権をもっていた。ことは遠く大坂夏の陣にさかのぼる。大坂攻めの徳川方の軍団物資の運搬を、木更津の水夫が受けもち、命を落とした者もいる、家康は恩誼を忘れず、木更津衆の船が江戸・日本橋の河岸に入るとき、まわりの船を押し分けてもいい特権を与えた。「ヤッサイ、モッサイ」は「ヤレ通せ、ソレ通せ」であって、木更津の船が権現さまの旗じるしを揚げて押し通った。そうやって木更津は相模・上総の船運を独占して、物流の富が流れこんだ。おのずと当地を舞台とする芝居のヒロインは「お富」と名づけられた。
 この夜は、花街の面影をのこす小路の居酒屋にした。川崎・木更津を結ぶ「東京湾アクアライン」のせいで、客を川崎にとられると、店の主人がボヤいていた。アクアラインは「あだ花」で、「ヤッサイ、モッサイ」とはならなかったらしい。こちらのあだは「徒」と書いて、ムダの意味。

 

(第4回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年4月25日(火)掲載