言葉ことはじめ 池内紀

2017.5.25

07忖度

 先ごろの国会で奇妙な言葉がやりとりされていた。「忖度」である。「そんたく」と読む。漢字で出されたら、おおかたの人が読めなかっただろう。委員会の審議は口頭なので「そんたく、そんたく」と聞いてソンタク某の固有名詞と思った人がいたかもしれない。
 正確にいうと、やりとりにはもう一語あって、二語がコンビで使われた。「便宜や忖度がなされたのではないか」。これに対する政府答弁、「便宜や忖度がなされたことはたえてない」
 「便宜」はわりとおなじみだろう。「便宜的」「便宜上」といって、本来願っていたものではないが、さしあたりそれにつぐか、現にあるものでまにあわせるときのごく日常的な言い方である。ただ「便宜を図る」「便宜を与える」となると、やや不穏なにおいがしてくる。「特別のはからい」であって、そのときの都合で応分の処置をしたことを含んでいる。

 

忖度

「他人の気持をおしはかる」意の漢語的表現(『新明解国語辞典』)

「先方の気持をおしはかる」(『岩波漢語辞典』)

 

 国会審議では二語がコンビで使われたが、意味はずいぶんちがう。便宜は特別のはからいをするわけだから、それが露見するとマズイ場合は口裏を合わせる必要がある。前もって打ち合わせて、話の中身がくいちがわないように手を打っておく。便宜を図るにあたり、口きき役がいたかもしれず、それとなく口添えした人物も想定される。口裏、口きき、口添え。それに余計な口を封じるための口止め。口尽くしで口頭のやりとりは虚空に消えて証拠がのこらない。
 その点では忖度も同じだが、これはもっと微妙な事態に応じている。「他人の気持」「先方の気持」を当事者がおしはかる。おしはかるだけだから、ことさら口ききや口添えを必要とせず、口裏を合わせるまでもない。おしはかってコトをすすめるのであれば便宜を図ったのだから、その「特別のはからい」が問題になるとしても、便宜を図って特別のはからいをしたのではなく、コトをすすめるにあたり、「先方の気持」をおしはかったまでで、厳密にいうと、おしはかったのかもしれないが、他人の気持ちをおしはかるといった微妙な心理的経過は誰にも立証されず、当人にすらはっきりしない。そんな「忖度」疑惑であって、いくら審議をしても、何が判明するとも思えない。
 ただし、歴然と判明したことが二つある。
 一つ。ふつう一国の総理夫人といえばとびきりのファーストレディであり、教育、福祉、公共のイベントなどに晴れやかに登場して花をそえる役まわりだが、現内閣総理大臣夫人は、はなはだセコイ現場がお気に入りで、誰がみてもアヤシゲな人物にチヤホヤされるのがお好きとみえる。
 もう一つ。
 いっさい証拠がのこらない口尽くしによるはからいごとであって、おのずとこともなく進行するはずが、なぜか、どこからともなく人の「口の端(は)」にのぼり、うわさになる。世人は自由に忖度して、ひそかにありえた経過を思いえがく。

 

(第7回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年6月12日(月)掲載