言葉ことはじめ 池内紀

2017.6.25

09クダを巻く

 

 ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ウィスキー、毎夜どれかをたしなんでいる。ほかのことはわりと気まぐれなのに、アルコールとなるとリチギそのもので、何がなくともこればかりは欠かさない。たえずストックに目くばりして、おりをみていそいそと買い出しにいく。
 酒好きの人はごぞんじだろうが、空腹のときに飲むと、一段とうまい。だから夕食までは、なるたけものを食べない。何かのかかわりでケーキのお相伴にあずからなくてはならないなどのときはナサケナイ。涙をのんで腹に収めるが、うまくもなんともない。相手しだいで理由をかまえて断る。これすべて夜のお酒をおいしく飲みたい一心からである。
 酒好きの方は、これまたご承知だろうが、酒は少し過ぎるころあいがいちばんうまい。体と酒とが一体となり、両者の区別がつかないといった感じ。やや飲み過ぎはわかっているのに、まさにその峠を越したあたりが、とくに味わい深く、楽しくてしかたがない。おのずとクダを巻く状態に移行する。われ知らず、つまらない話をくどくどとくり返す例のやつ。はるか大昔に生まれた言い廻しとみて、糸車で糸をつむいでいたころにさかのぼる。細長い筒状の管(くだ)を糸車の「つむ」に挿(さ)して、糸を巻き取るのだが、糸車をまわすと、管が単調な音を立てる。酔っぱらいのくどくど話になぞらえた。やがて目がトロンとして、口つきが怪しくなり、舌がもつれて、ロレツがまわらない。

  ろれつ [「呂律(ろりつ)」の変化という]「調音」意の口語的
  表現(『新明解国語辞典』)

 これだけでは何のことだかわからない。漢語辞典などにあたってみたところ、音楽の基準とされる十二音階のうち、陰の六音を呂、陽の六音を律という。音階がメチャメチャであって、いかにも酔っぱらいのものの言い方である。やがては、首を振ったり、上半身がかしいだり、うっかり手の容器を落っことしたり。パーティなどのときは進行係が先手を打っておなじみのセリフで割って入る。

 「宴もたけなわではございますが――」

 このたび初めて知ったのだが、「たけなわ」の漢字は「酣」であって、酒を飲んで楽しむからきており、酒が甘い状態である。うまい盛りながら、長くはつづかない。ピークはほんのいっとき。それが「たけなわ」で、宴以外にも「春たけなわ」と言って、言外に短い春をつたえている。「齢(よわい)たけなわ」とすると、少し盛りを過ぎたタイプをいうようだ。
 酔ってクダを巻く飲み助は閉口だが、といって、いつもキチンと切りあげ時をあやまたないタイプも好きになれない。ほどよく飲み過ぎて、多少とも前後を忘れるぐらいが適度の飲み方ではあるまいか。
 呑ん兵衛、大酒くらい、酔いつぶれ、グデングデン、千鳥足……。地球上どこででも出くわす。だからどの国の言葉にも、これらに応じた表現があるはずで、ドイツ語にも多くあって、ほぼすべて日本語と対応する。
 親しい仲間なら面と向かって「酔っぱらい」といってもいいが、個人のパーティなどのときは厄介である。御老体がみこしを据えて、クダを巻いている。主人はドアのうしろで腕組みし、渋い顔。奥方はふくれっつら。そんなとき、酔っぱらいを酔っぱらいといわずに酔っぱらいというときのドイツ語の言い方がある。奥方がことさらにこやかに笑顔をつくって近づいてくる。

 「後光がさしてますよ」
 「おや、ま、モーゼの目をなさってる」
 「いいことどっさりなさいましたね」

 謎かけのような言葉を聞いたら、即座に退散すべきである。
 どこで見つけたのか、漢詩の片ワレを切りとって手帳に貼りつけている。

  漠漫愁枯酒
  嚢中自有銭

 漫(ミダ)リニ酒ヲ枯(カ)ウコトヲ愁(ウレ)ウル莫(ナカ)レ、財布にはそのための銭がおのずとあるものだ、といった意味。

(第9回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年7月12日(水)掲載