ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ニホン、ワカモノ 神里雄大

2018.11.29

14ブラジル(4) 世界を知るためのリサーチ

 

 ピザ屋でぼくらはビールかワインを飲んでいて、ほかの客はまばらなまま、夜は徐々に更けていった。でもラーメンでお腹いっぱいになったぼくたちのテーブルには、ピザやほかに食べるものはなかった。青くちょっと薄暗い店内ではサルサかなにかノリのよい音楽が流れていて、でも、ぼくはヨシオさんの話に集中していたのか、音楽のことは気にならなかった。ボランティアをしている話はヨシオさんの人生観が透けてみえるような感じがしておもしろく、ついでにアルコールの力で、初対面の緊張もこのころには薄れてきていた。この勢いでもっといろいろ話してもらおう。このインタビューも彼とぼくの新しい体験になると信じて。

 「最近はサンパウロに来てから、いろんな人と知り合ってその人と一緒に変わったことをするのが好き。たとえばこのまえは、ちょっと変わった宗教の女の子と知り合って、彼女が『私はこういうところに通ってます。もし良かったら来てみてください』って言うから話を聞きに実際そこに行ってみたんですよ。それで『ああ、こういうのもあるんだなぁ』って世界を知る。いろんな、自分も知らないブラジルのことを知るのが好きです」

 変わった宗教と聞くと敬遠してしまいそうなものだが、ヨシオさんにとっては自分の住んでいる世界を知るためのリサーチ対象なのだ。ぼくは彼がどこまでも客観的でいることに驚いたし、自分もそういう態度を持っていたいと思った。ぼくはわりと宗教のことに関しては、保守的というか、いわゆるマイナーな宗教や新興宗教といったものにたいして脊髄反射的に偏見やその存在への疑問を持ってしまう。だが、そのマイナーな宗教の良し悪しはともかくとして、存在そのものを否定することはできないし、それが存在することは社会のひとつの側面であるのだ。ヨシオさんがどうやってこういう客観性を持てるようになったのかはぼくにはわからないが、それは決して、自分のルーツに少なくともふたつの文化──ブラジルと日本の文化を持つことが理由ではないだろう。育った環境や誰かとの出会い、教育や自身の勉強などを通じて彼自身が獲得してきたものだ。

 「最近、手相を見る女性に会って、実際に見てもらって」

 彼はそんなぼくの反芻などたいした問題でないかのように、続けて手相の話に向かった。これも正直に言って、ぼくには少々の偏見があると言わなければいけないようなトピックだった。それはおそらく、誰かの持つ偏見に影響されて形成された、根拠に乏しい偏見のことなんだと思う。

 「それで、見てもらうだけじゃなくて、どうやって手相を見るのかも教えてもらった」

 というわけで、ぼくの手相も見てもらうことにした。ヨシオさんによるとぼくはお金に困らないらしい。

 「え、ほんとですか。ぼく困ってばかりいますよ!」

 「いや、最初は困ってるんです。でも、いずれは困らなくなる。それがいつかはわからないんだけど」

 ぜひそれは実現してほしい。ほかにもいろいろ読めると言うので、ちょっと教えてもらいましたっていうレベルではないのがわかった。彼にとって新しいことを知るということは、深いところまで興味を持つということなのだろうか。彼の手相占いでは、同性愛者についてどう考えているのかということもわかるそうで、びっくりした。

 「ここの線が分かれているかどうかで、同性愛者を差別するかどうかがわかります。ぼくの場合はそういう人が隣にいても気にしない。それで、あなたもちょっとは気にしない。でもなにかは気にします」

 なるほど……。ぼくは手相は感情線とか運命線とかいった初歩的なことしか知らないが、手のひらをなぞられて、自分のことを語られると、なるほど確か自分はそうなんじゃないかと思ってしまう。悪い気はしない。

 「ここの線に違う線が重なっていくとたとえばよく落ち込んだり、よく悲しんだりします。逆に重ならなければあなたの人生はOK。人生っていうかあなたのメンタルは迷いがないっていう意味ですね。あなたの場合、いまはまあOKOKなんだけど、まだ何かに迷ってる」

 でも、迷いは一つだけらしい。人によっては迷いまくっている手相もあると言って、ヨシオさんは楽しそうに話していた。このところ、友人たちの手相を見ることも多いと言う。ブラジルの社会で手相占いというのは、そこまで浸透していないと思うが、皆の反応はどうなのだろうか。

 「だいたい二つのタイプに分かれますね。驚いて信じないタイプと、興味を持ってもっといろいろ見てほしいっていうタイプ。それで『あ、ホントだ、当たってる』ってなる。特によく当たるのがけっこう歳上の人で、『子どもが二人いますね』って言ったら、当たっててビックリしていて、そして信じる」

 それこそ変わった宗教でもやってるんじゃないかと勘繰られないのだろうか。

 「なんか、魔法使いのなんかに入ってるんじゃないか? っていうことを言う人はたまにいるんだけど、急に知らない人に手相見せてくれ、みたいなことはやらないから。その話題を話して、興味を持った人だけにやってます」

 そういえば、ぼくもブエノスアイレスで、足裏マッサージの話をしたら、ぜひやってみてくれと言われて、指圧して、ここが痛いってことは胃腸が疲れているね、みたいにやったら同じような反応をもらったのを思い出した。ぼくは自分が足裏マッサージをされるのが好きなので、自然と足裏のツボ位置を覚えていたのだった。

 宗教の話が何度か出てきたということもあって、ヨシオさんの信仰について聞いてみた。ブラジルではカトリック教徒が多く、ヨシオさんの家庭もカトリックだそうだ。だが、彼は敬虔な信者というわけではなかった。ヨシオさんがおもしろいのは、彼は人々が信じている神(々)は存在するかもしれないと考えていて、けれども自分は神に祈ったり何かを願ったりはしないということだった。父方はの祖父母は日本出身者らしく仏教(と神道)で、家にも仏壇があったが、その子どもたち(つまりヨシオさんの父親や叔父)はカトリック。「おばあちゃんは670代までは仏壇に毎日ご飯を置いてたけど、いまはもうそういうの全然やってない」

 ペルーのぼくの祖母のことを思い出した。祖父や叔父はカトリックだったが、祖母は毎日仏壇に線香をあげていた。祖母の家には信頼できるお手伝いさんが平日来ていて、年をとってからはそのペルー人のお手伝いさんが、掃除をしたり水を変えたりといった、基本的な仏壇のお世話をしていた。ちなみに彼女は敬虔なカトリック信者である。いっぽうで、ぼくの父親は無宗教者だったし、叔父も仏壇に興味がない。ちなみにぼくは父親の影響もあって、やや無宗教的な考えを持っている。また、日系人が日本語をあまり話さなくなったペルーやブラジルのみならず、パラグアイの移住地のような歴史が比較的浅く、日本語で生活ができるところであってもカトリック信者が増えていっているという。いっぽうで、移住地やサンパウロのリベルダージには鳥居があったりお坊さんがいたりするので、宗教というのは日本にいたときにぼくが考えていた以上に「遊び」があって、必ずしも二つの宗教が矛盾するものではないのかもしれない。けれど、実際には現地の宗教と移住者の宗教が融合していったというのが正しいのだろう。ブラジルやペルーのように移住の歴史が古くなり、45世と世代を経ていくにつれ、その融合された宗教感が現地の宗教に回収されていくということはできないだろうか? だから、移住地にある鳥居とリベルダージにある鳥居は、そこに暮らす人にとって、意味合いがちょっと違う気がする。まだそこに宗教的な意味を持っているような移住地の鳥居と、もはやランドマーク的な要素として、あるいはかつての名残としての印象を受けるリベルダージのそれ、といった感じに。

 ヨシオさんは本人が言っていたが、日本人であるという意識はまったくないそうだ。それは宗教と同じようにやっぱりブラジルの日系社会の歴史の長さや現地社会との融合によって、日系の人たちのなかで徐々に薄れていったものなのかもしれない。ラパス移住地で「パラグアイの日系社会もブラジルや周辺の国と同じような道をたどるんじゃないかと思ってる」と安藤さんが言っていたことを思い出した。

 そんなヨシオさんに日本という場所や日本に住む日本人についてどう思うか聞いてみた。もちろんこういう質問自体がナンセンスであるし、日本や日本人と一括りにすることが極端なので、どうしてもその回答も極端になってしまう。だが、ヨシオさんの回答はおもしろいと思ったので、あくまで「印象」という前提を強調しつつ、紹介する。

 「お金には困らないし、欲しいものは買えるという意味で暮らしやすいという印象。でも、全員じゃないんですけど、日本人は冷たいと思う。特に日本にずっと留まっている人たちはそんな感じがしてしまう。けっこうシャイというか。冷たいというか恥ずかしがり屋かな。あまり自分を出さないという感じ。思っていることを言わないというのもあるけど、困ってても助けは求めない。おもてなしがいいって言われると思うんですけど、フレンドリーではないというか。すごくもてなしはいいんですだけど、それをもうほんと仕事としてやってる。それは他人に迷惑かけたくないからそうしてるっていう印象がありますね。自分の本心で他の人と接触するのがあまりないですね。それから『友だち』っていう言葉も、ブラジルと日本での意味がちょっと違うと思う。ブラジルでは、『友だち』っていったらなんでも言えるし、いつでも頼れるっていうことなんです。たとえば、わざわざ電話して、『今日あなたの家に泊まってもいいですか?』『あ、いいよ』ってわけじゃなく、連絡なしに直接家に行って『来たぞー』って感じ。ほんとは今日は、あなたと会うつもりはなかったんだけど、でみあなたが来たからもうなんかやってたことを忘れて遊ぼうっていう関係があって。日本だとそういうのはあんまりないんじゃないかな。もしそんなことしたら、たぶん相手が帰ったときに『あの人が来てから予定がぐちゃぐちゃになった』とか、なんか『仕事やれなくて明日上司に怒られる』とか、そういう心配があるじゃないですか。ブラジルはもう友だちと飲んで『明日はもうどうでもいいや』って感じだと思う」

 どうだろうか。もちろん個人差はあるだろうし、いや日本人だってそういう人もいると思うが、ヨシオさんの言っていることは、ブラジルと日本では社会として人と人との距離感の違いがあるということなんだと思う。ぼくも個人的な経験だが、ペルーでちょっとした金銭的かつ法律的トラブルがあったときに、ものすごく親身になってくれた友人たちがいた。スペイン語でうまくやりとりができないぼくのかわりに通訳を買ってでてくれて、根気強く相手と交渉してくれたのだ。一方で、日本社会では金銭的トラブルといったようなシビアな問題については、友人間であっても距離を取ることがよしとされているように思う。これはどちらがいいのかとは一概に言えないが、ブラジルの文化にいるヨシオさんにとって、日本社会での友人関係はそのようにやや冷たく見えてしまうのかもしれないと思った。

 ヨシオさんとの会話はまだまだ続きます。

 

 

(14・了)

 

この連載は隔週でお届けします。
次回:2018年12月13日(木)掲載