ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ニホン、ワカモノ 神里雄大

2018.6.21

06パラグアイ(3) サッカーを遊ぶ

 

 ラパス移住地に滞在しているあいだ、エンカルナシオンで全パラグアイ日系人フットサル大会が開催されるというので、見に行った。紀代美さんに紹介してもらったシゲさんというぼくと同じくらいの歳の人の車に乗って。朝6時に起き、620分に出発。ぼくは風邪をひいていたこともあるが、とにかく朝が苦手でしゃべるのもしんどいくらいで、しかも早朝の寒さはこたえる。でも、シゲさんや車に乗り合わせたナオキくんという若者にとっては、当たり前に起きている時間という感じで、会場に着くまでふたりはずっと楽しそうに話していた。ぼくは開かない目で車窓を見ながら、農家の人たち(もしくは学生)の朝の早さへの驚嘆と、自分の生活の違いを感じた。

 車内ではJ-POPを中心とした音楽が流れていた。シゲさんとナオキくんの会話は日本語で、使われる単語も日本で聞く日本語とほとんど変わらないようだった。YouTubeNHKワールドなどを見ることによってそういうことが可能なのかもしれない。でもいっぽうで、彼らの会話を聞いていると、どうもぼくが知っている日本語とは違う感触があるように感じることもあった。

 ぼくはどうしてそのように感じてしまうのだろうということを考えることにした。車に乗せてくれた彼らの会話に参加せず、自分の頭のなかだけで……。しばらく聞き耳を立て観察していて感じたのは、彼らは、学校や仕事でスペイン語を使っているわけだからスペイン語の身体を持っていて、その身体で日本語をしゃべっている、と言えるかもしれないということだった。

 言うまでもないことだが、日本語とスペイン語とでは構造はもちろん、その表現方法も、そしてしゃべるときに使われる身体の有り様も異なっている。彼らのように、ふたつの言語に挟まれた環境で育つということは、ふたつの身体性が混ざっていくのかもしれない。

 ぼくはそんなふうに考えて、まず、嫉妬し、それと同時に、後ろめたい気持ちになった。つまり、ぼくはコンプレックスを感じた。ぼくもそうありたい、スペイン語の身体で日本語をしゃべったり、日本語の身体でスペイン語をしゃべったりしてみたいと思った。そういうことをするのは、下手な国際交流イベントよりもずっと価値のあることなのでは、などと考えた。

 

 フットサルの会場に着くと、パラグアイ各地に住む200人くらいの若者たちが、それぞれがピックアップトラックとかワゴンとかの車で会場に集まってきていて、選手の男たちはおそらくユニフォームを着て、運転してきたのだろう。ユニフォーム姿で、知り合い同士は握手をしたりマテ茶を飲んだりタバコを吸ったりしながら挨拶をしていた。妻や彼女と思しき若い女の子たちも来ていて、女の子同士でもおしゃべりしていた。それらの会話は日本語をベースとしながらも、言葉の端々にスペイン語が入る。

 

 日本語がベースということもあり、日本にあるどこかのコミュニティのキャンプイベントに参加したような感じだった。日本語だとぼくは相手の(とくにグループの)感情を深読みしてしまう。なかなか積極的に中に入っていけない……

 日本社会ではしゃべっている相手のことを、「あなた」とか「君」とか言わずにやり過ごそうとすることがよくあるとぼくは感じていて、つまり「あなた」とか「君」とかを相手に言うことに心理的ハードルがあると思う(相手の名前を呼べたらいいのだが、初対面や距離感を掴みきれていない相手と会話をする場合など、呼び捨てにしていいのか、さん付け、くん付けにしていいのか迷ってしまう)。「あなた」や「君」を使う身体というのを日本語では確立できていないのでは? とすら思う。英語であれば、こういうことはまったく気にならないから不思議だ。相手をYouと呼ぶことになんにも抵抗を持たない。

 フットサル会場で、彼らの日本語の会話を聞いていると、「あなた」や「君」の代わりに、「ウステ」(usted)が使われていた。スペイン語で、丁寧な「あなた」の意味。たとえば「ウステは日本から来たの?」とぼくに彼らは聞く。自分のことは、「ぼく」や「おれ」「わたし」ではなく、「ジョ」(yo/スペイン語の一人称)を使っていた。

 ところで、彼らの日本語の表現でおもしろいと感じたのは、「ウステはサッカー遊ばないの?」というフレーズ。みんな、この表現をしていた。これは、スペイン語で考えるとわかりやすいが、サッカーをするというのは、「jugar al fotbol」(英語で「play football」)となり、「jugar」は英語の「play」と同じく、「遊ぶ」という意味を含んでいる。そういうことから「サッカーを遊ぶ」という表現になるのだろう。

 日本語のみの環境で生きてきたぼくたちにとって、サッカーを遊ぶという感覚はないように思える。サッカーはやるものであって、遊ぶものではない。けれども、少なくとも英語圏スペイン語圏の環境に生きる人たちにとっては、サッカーを遊ぶという感覚があるにちがいない。こういう、日本語ではない言語をベースにした、日本語の表現をぼくもできるようになりたい。こういうのを「言葉が開いている」と思う。

 

 サッカー大会の何日かあと、一緒に車に乗った、ナオキくんこと峯本直記さんに改めて話を聞くことができた。彼の家は、ぼくが最初にバスを降りそびれたフジ地区のガソリンスタンドの近くにあった。道を挟んだ向かい側には、青々とした小麦畑が広がっている。その日は、寒さも落ち着いた気持ちのよい晴れの日で、彼が高校に行くまえの午前中に、家の外にあるテーブルに向かいあって座り、どこから話そうかななんて照れながら自分のことを話してくれた。

 彼は、前述の安藤雅さんと同じく日本生まれの18歳、高校3年生だった。5歳のときにパラグアイに越してきたという。つい最近まで、ラパスではなく近くのピラポ移住地という、パラグアイで最大規模の日本人移住地に住んでいた。

 ピラポでは、男の子たちは小学生から野球チームに入ることが暗黙の了解のようになっていて、夏休みなどはずっと野球の練習をしていたそうである。サッカーのイメージが強いパラグアイだが、野球といえば、90年代にヤクルトスワローズで活躍した岡林洋一投手がイグアス移住地出身ということで有名だと思う。でも、高校生の直記さんは岡林を知らないようでびっくりした。ぼくはあんまり熱心ではないけれど、いちおうヤクルトファンだ。いまごろになって書くけれども、じつはぼくは小学校4年生から6年生までパラグアイの首都であるアスンシオンに住んでいたことがある。ぼくも小学校1年生から野球をやっていたので、パラグアイでも日系人のチームに入っていた。だから、パラグアイの赤土のグラウンドで練習をした景色を覚えているのだが、どういうわけか、どんなチームメイトがいたのかも、試合をしたことですらも、覚えていない。ぼくは、「日本人学校」に通っていた。そこは、日本から赴任した商社マンや日本政府関係(JICA)の専門家、そして日本人学校の先生などの子どもたちが通う学校で、日本人移民の子どもたちが通う学校ではなかった。だからぼくにとっては、日系の人たちとの関わることがあったのは週末の野球の練習のときだけだった。日本人学校の友だちとのことはよく覚えているのに、野球チームのことはほとんど記憶がない。自分が彼らを異物だとしてあまり近づかないようにしてしまっていたのかもしれない、などというふうに考えてみると悲しい気持ちになった。

 直記さんは外野手だったらしい。ぼくもそうだった。このまま野球の話を続けていたい気持ちもあったが、話を変えてみることにした。

 

「野球ってでも日系の人しかやらないと思うんだけど、学校には日系じゃない友だちもいるでしょう?」

「いますね。うちの学校では9割が非日系のパラグアイ人」

「そういう友だちとはどんな話をするの?」

「やっぱり、サッカー友だちみたいな感じで、よく『昨日のサッカーの試合観た?』とか。『あの試合すごかったよな!』みたいな感じで話してますね」

「どこのクラブが好きなんですか?」

「ぼくはレアル・マドリードかな」

「ああ、スペインの。パラグアイは? リーガ・パラグアージャ」

「パラグアイはあんまり見ないですね。なんて言うか、パラグアイのサッカーはヨーロッパのサッカーのプレー・スタイルとくらべてなんかちょっとトロいというか、遅いようなところがあるから、あんまり。あとスペインのサッカーは、ボールのタッチ数とかもすごいし、素早い攻撃ができたりするのはすごいかっこいいと思う。パラグアイはそんなことないから」

「ちなみにJリーグは見ますか?」

「チラッと見るくらいですね」という感じで、野球のときより具体的な話が聞けて、サッカー好きなんだなと思った。

 パラグアイといえば、2010ワールドカップの決勝トーナメント一回戦で、日本代表と対戦して、PK戦の結果、パラグアイが勝ったというのがあって、日本でも覚えている人も多いのではないだろうか。直記さんは日本生まれのパラグアイ育ち、当時は11歳で、どっちのチームを応援したらいいかわからなかったそうだ。「正直どっちが勝ってもぼくはうれしかったですね。日本も好きだし、パラグアイに住んでいるというのもあるし」

 

 ワールドカップはナショナルチーム同士の戦いだ。自分の生まれた国や育った国、住んでいる国を誇りに思うことはいいことだと思う。その反面、あの状況は彼にとって板挟みだったようにも感じる。彼は自分のことを、パラグアイ人だとか日本人だとか切り分けて考えているのだろうか。学校で得意な教科が何かという話を聞いていたら、英語という回答が返ってきたので、では英語をしゃべるときに最初から英語で考えているのか、あるいは日本語かスペイン語で考えてからしゃべるのかを聞いてみた。

「まず日本語で考えてから英語にしますね。スペイン語をしゃべるときはスペイン語で考えてますけど、授業で集中して考えようとすると、まず日本語で考えることが多いかな。あとたとえば、熱い鍋に触ったときに反射的に出るのは、『熱っ!』って日本語です。でもケンカするときに、暴言を吐くとしたらスペイン語になりますね。あんまりケンカしないですけどね。言い合いになっても、自分で引いちゃうかな。キリがないからめんどくさいよもうってなって」

 家族とは基本的に日本語で会話しているというから、反射的に出てくる言葉が日本語だというのは予想がついたが、人を罵倒するときにはスペイン語になるというのはおもしろいと思った。人を罵倒する言葉というのは、どの言語でも(すくなくとも日本語、英語、スペイン語では)音がキリッとしていて、口に出しやすいものだとぼくは思うのだが、彼にとってはそういう怒りの感情を表すときの体に馴染むのがスペイン語の言葉なんだろう。家庭では日本語、学校に行けばスペイン語、という環境がそうさせているのかなと考えた。

 

 

(06・了)

 

この連載は隔週でお届けします。
次回:2018年7月5日(木)掲載