ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ニホン、ワカモノ 神里雄大

2018.7.5

07パラグアイ(4) 峯本直記

 

 インタビュー中、犬が甲高い声でずっと吠えていた。カゴに入れられていた鳥も時たま激しく鳴いた。「将来的に結婚はしたいですか」と聞くと、「それはしたいですよ」と語気を強めて直記さんは言った。

「相手は日系人かパラグアイ人か関係なく?」
「そうですね、ぼくの理想では日系人とかパラグアイ人とかあんまり関係なく結婚したいんですけど、やっぱり自分が一番話しやすい日本語っていうのを理解できる相手だったら誰でもいいっていうのはあります」
「それは日本語で生活したいってことかな」
「はい。パラグアイ人とかでも日本語しゃべれる人いますよね。そういう人とだったら」
「じゃあ子どもができたら、子どもにも日本語をしゃべってほしいってことだよね」
「そうですね」
「それは住むところがパラグアイであっても、アメリカとかヨーロッパとかであってもっていうこと?」
「自分は日本で生まれた日系人なんで日本語を受け継ぐし、そういうのを失くしたくないって思います。母国の言葉、日本人の言語というのを失くしたくないっていうか。日本人なのに日本語しゃべれないっていうのはなんかおかしい気がするっていうのがあるんで」
「うんうん。じゃあ直記くんは自分のことは日本人だと思ってるの?」
「日本人だと思ってる」
「でも日本に住むかどうかはわからない? あんま住むところは関係ないってことかな」
「うん」
「なるほど。日本の、自分が日本人として日本のどんなとこが好きなの?」
「そうですね、社会っていうか日本のキッチリしたところというのは好きですね」
「パラグアイの好きなところは?」
「パラグアイの好きなところは、ここだともう、都会ってのが少なくてほとんどが自然。空気がおいしい。日本ではあんまり星とか見れなかったけど、ここでは夜になったらいつでも見れる」
「たしかに星はびっくりするほど綺麗だね」
「ぼくは田舎のほうが好きなんですよ」
「でも日本にもあるよ、田舎」
「自給自足は?」
「自給自足は難しいかもね」
「ぼく料理系に興味があるんですよ。そういうこと大学で勉強してみたいなって思ってて」
「料理の勉強っていうのは、シェフになりたいってこと?」
「シェフっていうのもありますし、居酒屋だったりカフェだったりとか、飲食店にちょっと憧れるっていうか」
「それは自分でお店を持ってみたいってこと?」
「いや、自分が店長みたいなのは向いてないと思うので、単に働くってことですけど」
「飲食店に興味を持つようになったきっかけはあるの?」
「親の料理の手伝いやってたし、この前飲み会でもちょっとしたおつまみ出したじゃないですか。あんな感じでよく作ってて、おいしいってそういうことを言われるのがすごいうれしいっていうか。ワクワクするんですよね。みんなも喜んでくれるから」
「わかる。料理作っておいしいって言われるのうれしいよね」
「最高ですね」
「なんかもう、自分は食べなくてもいいやってぐらいじゃない?」
「そう。みんなが食べて、おいしいおいしいって言ってくれるだけでこっちはもう満足っていう感じ」
「好きな料理は何なの?」
「食べるのは、カレーですかね。いつ食べても飽きないから」
「具は?」
「肉、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ。あと、うちの弟はナスが嫌いなんですけど、いま弟は学校の寮に入ってるから、いないときはナスを入れて作ったりとかしますね」
「ナスいいね」
「それでちょっと話はずれたんですけど、ほかに学びたいのは農業だったり家畜飼ったり、そういうのがやりたい。自分でも自給自足できたらいいなと思う。親がやってるみたいに畑を作ったり、うずらも飼ってるし、いろんなものを見て、自分のできることを増やしたい」
「ご両親はなんの仕事をしてるの?」
「基本畑作りですね」
「作物は何?」
「いまはキャベツだったり白菜だったり、いろんなもの作ってますね。キュウリも作ってるしナスもある。ジャガイモもかぼちゃもある。あと果物ではメロン、パイナップル、バナナとかスイカとか」
「果物すごいね。それは売るの?」
「いや、自分たちで食べます」
「売ってるものもあるの?」
「売るのはキャベツとか白菜とか、ナス。で、母親が収穫したキュウリなどを漬物にしたり、白菜を使ってキムチを作って、それを売りに出してる」

 なるほど、自給自足の話が出てくるのもわかる気がする。将来は結婚して自給自足。そんなことができる環境なのだ。


 食べ物の話をしているとお互いの関係がほぐれてくる。ということで、もうちょっと赤裸々な話を聞いてみることにした。

「直記くんが一番最初に好きになった女の子は?」
「(小学)6年ぐらいかな」
「それは日系人だったの?」
「いや、パラグアイ人で。でも、好きだったっていうより、そのときはほんとに無邪気に、告白されたら好きになるみたいな感じだったんですけど。あんまり考えないで『いいよ』みたいに返事して。それからだんだん相手のことを考えるようになって、それでパラグアイ人と付き合うのはちょっとやめよっかなって思いました」
「え、なんで?」
「なんでっていうか、日本語でなら言えるのにスペイン語だったらどうやって表現したらいいのかわかんないっていう、そういうのがあって、ちょっと」
「ストレスになったってことかな」
「うん、ストレスにもなるし。言いたいことあるのに言えないってすごい自分もイライラするし、相手も気にしちゃうから。『言いたいことあったら言って』って言ってくれるんだけど、日本語だったら言えるのにスペイン語でなんて言うんだってなってしまって。自分に腹立った。パラグアイ人でもいいけど日本語を完璧に理解できる人だったらいいなって思った」
「そういう人、なかなかいないでしょ」
「そう、いないんですよね。でも、スペイン語の幼稚園の話なんですけど、そこにも日系人とかいっぱいいるわけですよ。でも、幼稚園のころは日本語しかしゃべってないから、(自分も含めて)スペイン語あんまりしゃべれない子ばっかりだった。でもそこに、日本語ちょっと理解できて話せる(パラグアイ人の)子がいて、あの子のことはほんと好きだったなっていまになって思いますね。高校1年になってまた話し始めて『この子結構いいじゃん』って思って」
「そうなんだ。最近はなにかないの?」
「最近だと、去年初めて日系人の彼女が出来たけど、なんかうまくいかなかったな」
「そういう関係って、すぐに親に紹介したりするの?」
「いやー、できないんだよね。恥ずかしいというか度胸がないっていうかで」
「でもさ、どこで遊んだりデートしたりするの? 付き合うってことはデートするよね?」
「そうですね。パラグアイ人にもアニメ好きな、日本でいうオタクみたいな人がいるんですけどね、そういうオタクのイベントが4月の始まりぐらいにエンカル(ナシオン)であって、アニメのグッズなどをいろいろ展示してるんですよ、エキスポ。そういうところ行かない? とかって誘った」
「それってさ、どうやって行くの?」
「彼女はちょっと離れた学校に通ってて、アパートに住んでたんですよ。で、週末になったらこっちにバスで帰ってくるから、じゃあ、バスで行こうよってなりますね」
「彼女はアパートはひとりで住んでたの?」
「ひとりですね」
「じゃあそっちに遊びに行ったり?」
「それはなかったですね、なかなか行けなくて。度胸がなくて」
「どれぐらい付き合ってたの」
「3ヶ月ですね。……バスがある時間じゃないと会えなかった。1時にこのあたりバス通るから、それまでに準備しておこうとか、そんな感じで」
「それ、お父さんお母さんにも内緒で?」
「うん、いっさい言ってない」
「それでエンカルナシオンに行くんだ」
「そういうときは『友だちとエキスポ行く』って言って」
「ラパスで遊ぶことはなかったの?」
「ラパスだと、日会(移住地中心部にある日本人会館)のまわりにちょっとした、歩道があって、ベンチもあるんですけど、ああいうところを散歩してるみたいな感じかな」
「でもさ、それってみんなすぐ知るところになるんじゃない?」
「そう。だからあんまりそういう歩き回るところないんですよね、このへんは」
「ばればれでしょ、『あれ、あのふたり何だ?』みたいな」
「そうそうそう。最初『あんまり誰にも付き合ってること言わないで』って彼女に言われて、『内緒だよ』みたいな。でもすぐバレたよね」
「そうするとみんな冷やかしたりするのかな」
「うん。冷やかしてくる。やっぱそうなるよね」
「やっぱり車がないと、このあたりは難しいよね?」
「あと、うちにバイクあるんですけど、あれでよく裏道から行ってた」
「あ、バイク乗るんだ」
「うん。免許もってないけど警察にバレなかったら大丈夫じゃないですか。バレなかったら罪じゃないっていうか。パラグアイはそんな感じで、そういうところはゆるいから」
「じゃあバイクの後ろに彼女乗せたりもあったのかな」
「いやそれはしないです。もしものこと考えてあんまり乗せたくなかったんですよ」
「そうなんだ。相手は同級生?」
「はい」
「ラパス来てから知り合ったの?」
「いや、もっと前にピラポに住んでたときに。ピラポの13区っていう地域で新年踊りがあったんですよ。彼女はそこに来てて、それで、うちの和太鼓保存会の先輩が『あの子、ラパスにいる子だよ、可愛いだろ?』みたいに言われて。そのときはあんまり興味なくて、『ふーん』って感じだったんですけどね。それで、そのあとラパスに引っ越してきて『あ、ほんとだ、ラパスの人だったんだ』ってなって。ラパスに来てからバレーボールをし始めたんですけど、うちらの年代は男子バレー部がなかったんです。女子バレー部はあった。そこのコーチが『男子も学びたかったらおいで』みたいなこと言って。それで、そんな感じで行ってたんですよね」
「それで仲良くなったんだ」
「うん」
「甘酸っぱいね」
「甘酸っぱいですよ、ほんとに!」

 ぼくはやさしくにやにやし、直記さんの口調は彼女の話になってから勢いが増した。

「でも別れるっていうときの理由が言い訳くさくて、ほんと自分でも納得いかなかったです」
「あっちから『イヤだ』って言われたの?」
「うん。自分は好きなのに、あっちからなんか急に言われた。いきなりすぎて『は!?』ってなった」
「なんて言われたの?」
「なんか『最近余裕がなくて』って。『何の余裕がないの?』って聞いたら、『いろいろと余裕がなくて』っていう感じ。だから何それってなって。まあ、簡単に言えば、ぼくに冷めたって感じだったんですけど。冷める理由がないのに。『なんで冷めたん?』って訊いたら『冷める理由なんてない』って言ってて。『なんでなん?』って聞いたら『わかんない』って。『全然自分もわかんない』って。そう言われたらもう何も言い返せなかった。だから仕方なく……」
「ドンマイ」
「ふふふ」
「それはもうしょうがないね。ヨリ戻したいとかあるの?」
「そりゃあある、でも今アスンシオンのほうに引っ越したんですよ」
「それは遠いね」
「かなり遠いじゃないですか」
「アスンシオンのほうに行こうとかは思わないの? そういう恋愛とは関係なくても。つまり、日本だったら、東京に行こうっていうふうに、若い子は思う人多いと思うんだけど。例えば、アスンシオンの大学へ行こう、とか。仕事はアスンシオンで、とか」
「ああ、それもあるっちゃあるけど、できたら家の近くがいいなって思ってますね」
「そうか」
「でもなー、告ったタイミングもあんまり良くなかった気がする」
「ナオキくんから言ったの?」
「あっちが誰かにフラれたってわけじゃないけど、なんかけっこう落ち込んでるタイミングで仲良くなって、それで告った。なんかちょっと凹んでるような感じだったんですよ」
「何かあったのかな?」
「そうそう。で、ぼくはそこを突いた、みたいな感じ。言い方悪いですけど。ノリで告って、相手もOKしてくれたけど、相手は現実逃避したいとかそういう感じだったんじゃないかな」

 

 直記さんは照れながら、苦虫を噛みつぶしたような顔になっていて、ぼくは相変わらずにやにや聞いていた。

 ところで、直記さんは「日本人」と「日系人」という言葉を同列に語ったり、違いのある存在として扱ったりしているなと思った。どの場面で、どちらの言い回しを使うのかということについては、規則性がはっきりとあるわけではなかった。いや、細かく見ていけば、きっと規則性はあるのだろうと思う。けれどその規則を見つけることよりも、直記さんの内面で「日本人」と「日系人」とが混ざり合いながら揺れているということに集中するほうがおもしろい。日系のコミュニティに住み、パラグアイの教育を受け、2つの言葉を使うとき、○○人という括りは意味のあるものなのだろうか。

 一方、日本という国のなかにいて、自分が日本人であると意識することは何の意味があるのだろうか。最近の日本のテレビやインターネットを見ていると、日本人であるということを強調する場面によく遭遇するが、はたしてそれはどういう意味なのだろう。

 ラパスでほかにも何人かに話を聞くことができたので、その人たちとの会話を通じて、このことも考えてみたいと思う。

 

 

(07・了)

 

この連載は隔週でお届けします。
次回:2018年7月19日(木)掲載