犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.1.15

15ハリーの世界

 

 年末年始はこれでもかというほど、ハリーとべったりと過ごしてしまった。朝から晩まで、まさにコンパニオンドッグとして私に完璧に付き合ってくれたハリーである。散歩では、私を引っ張り過ぎることなくどこまでも上機嫌で歩き、湖では寒さをものともせず豪快に泳ぎ、家の中ではまるで哲学者のように落ち着き払って過ごしている。
 体格は、もうこれ以上大きくはならないだろうと高をくくっていた数ヶ月前より、明らかに大きくなった。胸がより一層深くなり、手足の筋肉はこれまで以上に力強い。お手をさせるとあまりのパワーにこちらの手首が心配になるレベルだ。ハリーがその屈強な前足でドンと押すと、わが家の寝室の引き戸はいとも簡単にレールから外れて倒れてしまう。尻尾を振ったらイスが倒れる。吠えると鼓膜が震え、風が吹く。
 元々広めだった額はより一層広くなり、同時に、眉間のくぼみがますます深くなった。マズル(鼻口部)は大きく、真っ黒い鼻が異様な存在感を放っている。びっしりと生えたビロードのような被毛が額の骨格に沿ってなめらかな曲線を描く。見れば見るほど大自然が生み出した奇跡の風景のように見える。まるで月光に照らされた夜の渓谷のようではないか。そのダイナミックさはまさにアメリカのグランドキャニオン、いやいやペルーのコルカ渓谷も真っ青である(行ったことないけど)。26231406_10155007395901594_6504260503278412156_n
 しかし、ハリーの素晴らしさはその体格やパワーだけではなく、穏やかな性格にある。子犬の頃のやんちゃな気質は今もわずかに残るものの、とにかく大らかで優しく、どっしりと構え、何事にも動じない雄犬だ。相手によって臨機応変に対応を変えることにも長けている。例えば、私に対する接し方と、夫に対する接し方はまるで違う。私には思いきり甘え、そして、夫には忠犬としての顔を見せる。客人が現れれば体全体で歓迎して見せ、お腹を出してサービスすることも忘れない。まさにイケワンここにありといったところだ。
 こんな感じですっかりどうかしてしまっている飼い主の私だが、こんな私に冷たい視線を送っているのは、実は夫である。夫曰く、今のハリーの私に対するべったりとした態度は、あまり良いものではないというのだ。最近にはじまったことではないが、ハリーは私が視界から消えると明らかに落ち着きを失い、部屋の中でうろうろとしはじめる。外出すると、私が家に戻るまで玄関から離れようとしない。私が家から一歩でも出るそぶりをみせると(車のキーを手にする、コートを着るなど)、どんなにリラックスした状態でも飛び起きて、一緒に行こうと必死になる。夫は、ハリーは強い不安を感じているのではないかというのだ。何事にも動じないはずのハリーの、唯一の弱点が「私」になってしまっている状況だ。
 もちろん、私もそれには気づいている。いわゆる、「分離不安」という状態なのではないかと思うのだ。それほどひどいとは思えないが(私がいなくても家族の誰かが一緒にいれば、ある程度落ち着いているから)、思い返せば子犬の頃から、ハリーは家での留守番がどうにもこうにも苦手だった。ケージに入れて30分ほど家を出て帰宅すると、ケージだったものが床に散乱していることが何度かあった。
 先日、私が仕事で二日家を空けることがあり、三日目の朝に帰宅した時のこと。私が戻る時間まで待つことが出来ず、やむなく出社した夫は、ほんの一時間ほどしか一匹で留守番させていないと証言していたが、駅から家路を急ぐ私の耳にはっきりと、ハリーの悲しげな遠吠えが聞こえてきたのである。後日近所の奥さんから、「あの日の遠吠えは悲しかったわ」と声をかけられた。DTA4tZRVwAA0tMt
 「こんな状態は分離不安!」のような項目を調べれば、ざっと見ただけで「はい、アウト~!!」と言いたくなるほどハリーにぴったりなものばかりだ。原因は甘やかし過ぎる傾向の飼い主にあるとされる記述が多いが、本当だろうか。私の場合、心の中ではベタベタにかわいがってはいても、そこはやはり一線を引いているつもりではあるからだ(本当でしょうか)。とにかく、専門書をいくつか読み、専門家の意見も調べ、辿り着いた答えは、ハリーに社会性を持たせることと、ハリーだけの居場所を作ることだった。
 具体的に言えば、もっともっと飼い主以外の人間や犬と交流する時間を増やしてハリーの世界を広げてやること、そしてクレート(犬の運搬用のケージ)を購入することだ。去年通い始めたトレーニングセンターに今年もしっかりと通うことで、ハリーの世界は広がるのではないかと期待している。去年私がこの目で目撃した、トレーニング後のハリーの変化を見れば、それは大いに期待していいと思う。そして、クレートの中をハリー自身が自分の場所であり、快適な寝床と認識することで、留守番も安全に、楽しくできるようになるだろう。これは、トレーニングセンターのインストラクターKさんに助言していただいたことだ。
 何度も書いてきたことだけれど、大型犬の飼育は飼い主の生活スタイルを、人生を、がらりと変えてしまう。ここは腹をくくって、ハリーのよりよい生き方を共に模索してやらねばならない。かわいがるだけでは足りない。散歩をさせていればよいという話でもない。犬として、どのように生きるのか、生かしてやることができるのか。大型犬の飼育は、飼い主にこういった難題を突きつけるものであるとも感じている。

 

この連載は月2更新でお届けします。
次回2018年1月30日(火)掲載