犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.5.30

21バニラをめぐる戦い

 

 今、真面目な顔をしてこれを書いているのだが、ハリーは天才なのではないかと思う。「なのではないかと思う」と、一応控えめに表現してはいるが、私の中ではほぼ確信していることだ。ハリーは天才である。その証拠はいくらでもある。
 親バカならぬ犬バカと呼んでくれてかまわない。ただのペット自慢かよと罵られても甘んじて受け入れるつもりだ。確かに、(自分としては)控えめではあるが自慢しているわけだし、最近、ハリーのことを褒めすぎて家族からも呆れられている私である。自分自身が変わってしまったのではないかと疑ってもいる。病気をしたせいだろうか、心のタガが思いっきり外れている。ハリーのことを、褒めて褒めて、褒めちぎったうえに、自慢までして平気な顔をしているのだ。本当にすいません。
 なにせハリーは、くわえた枝に砂がついていることを嫌って、その枝を湖でジャブジャブ洗うような犬だ。私が指さした方向を見て(人間が指さした方向を見る犬なんて、めったにいないと思うのだ!)、次の指示を待つことができる犬だ。フリスビーで遊び、最後にフリスビーについた泥を小川で洗い落とし、ついでに顔も洗って戻ってくるような犬だ。自分でもこの強い思いをコントロールすることができない。我慢してはいるのだが、どうしても口から出てしまう。ハリーは天才であると。
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 もしかするとが確信に変わったのは最近のことだ。バニラアイスクリームである。何を言っているのだ、この人は……と思われる読者もいるだろうが、もう少しだけお付き合いいただきたい。
 私はバニラアイスクリームが好きで、最近気温が上がってきたこともあり、よく食べるようになった。実はハリーもバニラアイスクリームが大好きで、私が知らないところで夫から頻繁に分け与えられているようだ(私はハリーの食べ物には厳しい)。この日も、私は冷凍庫を開けて、バニラアイスクリームを取り出し、デスクに座って食べはじめた。すると、遠くでガーガーといびきをかいて寝ていたハリーがムクリと起き上がり、私の足元に走って来たのだ。「え?」と、不思議に思った。私が今食べているのは確かにハリーの大好物のバニラアイスクリームだけれど、なんでわかったんだろう? ガーガー寝ていたくせに? ハリーは私の足元にビシッと座って背筋を伸ばし、私の反応を待ち始めた。まるで、「オレも準備できました」とでも言いたげだった。
 いやいや、これ、人間用だし……と言いつつ、どうしようかなあと躊躇しながら座っていると、ハリーは大きな顔をドサッと私の膝の上に置いてきた。そして、上目遣いでじっと私を見る。オレのこの目線で飼い主を落としてみせると言わんばかりの態度だ。いやいや、これは人間用だし……と、それでも考えていると、今度は自分の胸のあたりを私の足にぐいぐい押しつけ、体重をかけてきた。仕方なく、アイスクリームのフタに一口分のアイスを乗せ、ハリーに分け与えた。ハリーは0.5秒ぐらいですべてを食べ終わると(アイスクリームのフタは噛んで破壊)、再び私の膝の上に大きな顔をドサリと置いて、今度は延々とよだれを垂らして次のアイスを待ったのだ。あからさまな要求に根負けして、私はもう一口だけアイスクリームをハリーに分け与えると、急いで残りを食べてしまった。ゆっくり食べたかったのになあと残念に思った私は、次はハリーにバレないように食べようと堅く心に誓った。
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 しかし、その後も、ハリーはバニラアイスに反応し続けた。それもバニラアイスにだけ激しい反応を見せる。どうやってハリーはバニラアイスを識別するのだろう。冷凍庫にはバニラアイスの他にも小学生男児が大好きなソーダ系アイスや、私が好きなストロベリーアイスなど数種が常に入っているが、ハリーが激しく反応するのはバニラアイスのみである。カップの色を覚えているのだろうか。それとも、出した瞬間にバニラの匂いがするのだろうか。バニラアイスの何に反応しているのだろう。不思議でたまらなかったが、先日、ようやくその謎が解けた。ハリーは、カップのフタが開く音を聞き分けていたのだ。アイスクリームを出しただけでは反応が薄いが、ハリーが気に入っている特定のアイスクリームのカップのフタが「パカッ…」と開く音を聞き漏らさないのである。このパカッという音をさせて何度か実験を重ねた結果、確実にハリーはフタの音に反応していることがわかった。
 天才だ、ハリー。お前というやつは、世界トップレベルのかわいさに加えて、なんと天才犬だったのか! まいったなぁ~!
 ……ということで、人間の食べ物はあまりあげたくはないし、ラブラドールの太りやすさも考慮して、最近では、ハリーの大好きなバニラアイスクリームを人間が(私が)食べたい時は、風呂場に入ってドアに鍵をして、フタを開ける音は極力出さないようにして食べるようになった。考えれば考えるほどおかしな話であるし、異様な光景であると思う。なぜ飼い主が風呂場にこもってアイスを食べなければならないのか。意味がわからない。それでも、膝の上に顔を乗せられ、じっと見つめられるよりはいい。そこまでしてアイスクリームを食べている私も私であるが、風呂場でアイスクリームのフタが開いた音をやっぱり聞きつけて、ドアに突進するハリーもハリーだ。
 本当に意味不明の、レベルの低いハリーとの駆け引きが続いている。

 
 

この連載は月2更新でお届けします。

次回2018年6月15日(金)掲載