犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.7.30

25ただそこにいるだけで

 

 子どもたちの夏休みがはじまり、わが家は随分賑やかだ。子ども部屋には常に息子たちの友達がいて、楽しげな声が聞こえてくる。狭い部屋に子どもたちがわいわいと集まり、ああだこうだ、これがアレだからソレなんやで! と大騒ぎしている。……平和で素晴らしいですね。
 よく気がつく次男は、「仕事中に玄関のピンポンを鳴らすと、かあさんがキレる可能性があるから、静かにドアをノックしてくれ」と友達に伝えているそうで、恐れをなした子どもたちは、遠慮がちに、本当に静かにドアをノックする技を身につけた(ちなみに、キレたことなど一度もありません)。その音にいち早く気づき、長男、あるいは次男がすっとドアを開け、友達を招き入れる。この行動には、常にハリーも参加している。まるで三兄弟のように、二人と一匹は、私に感づかれまいと、密かに友達を家の中に招き入れ、そして子ども部屋にすっと入って行く。もちろん、ハリーも入って行く。時々、玄関をすっ飛ばして窓から侵入してくる子もいる。誤差の範囲だとして許している。

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 最近、わが家に遊びにくる小学生たちがハリーのことをまったく怖がらなくなり、むしろとても仲良く遊んでくれるようになったことがうれしい。遊びに来る子は、必ず何か手土産を携えてやって来るのだが(ポテチ、せんべ、農作物)、時にはハリーのために、小さなビニール袋に犬用ジャーキーを入れて持ってきてくれる犬好きの子もいる。子どもたちが帰った後の荒れた果てた部屋を片付けるとき、犬用ジャーキーが入った袋を見つけたりすると、感動して手が止まってしまう。動物に対する子どもの無垢な愛情に、心が揺さぶられる。
 子どもたちの部屋でハリーが何をしているかというと、特に何もしていないそうだ。ただ単に、大きな体を床に横たえて、グーグー寝ているだけらしい。私が一番心配しているのは、何かがきっかけで興奮したハリーが、万が一にも子どもに歯を当てたり、あの屈強な前脚で押したりしないかということなのだが、ハリーは一切そんなことはせず、ただただ、「大きい動物です」という存在感のみ、その巨体から醸し出し、そして、寝ているだけ。子どもがハリーを撫でれば腹を出し、呼べば尻尾を勢いよく振り、応える。子どもたちが食べているお菓子を奪おうともしない。よだれは盛大に垂らしていると聞く。
 ハリーが子ども部屋のベッドの上で用を足すようになってしまったのは、テリトリーを主張していたのだろうと思う。子ども部屋から締め出しを食っていた時期、ハリーは確かにイラついていた。その証拠に、子ども部屋のドアにはハリーの爪痕がはっきりと残っているし、ハリーの度重なる体当たりで、壁にはヒビが入っている。ここは僕の場所であると主張するための行動だったのだろうと思う。いやいやいや、そんなに主張しなくてもいいから。っていうか、主張強くない? 若干、強すぎじゃない? もしかしたら、他にも原因があったのかもしれない。本当のところはもうわからない。しかし、子どもたちに受け入れられ、子ども部屋で一緒にいることを許されて以来、ハリーがベッドの上で用を足すことはなくなった。
 ハリーはとにかく子どもが好きだ。子どもを見つめる視線がうっとりしているのがよくわかる。まさか食べ物と間違えているのか? いや、そんなことはないはずだ。だって、子どもに対するハリーの態度は、大人に対するそれとは全く違い、明らかに穏やかなものなのだ。息子たちに何かを伝えたい時、ハリーはすっと横に座って、体を預けたり、じっと見つめたり、そのやり方はとてもジェントルだ。私にフードやおやつを要求する時は、おもむろにデスクまでやってきて、私の左腕をドンっと前脚で押す。たぶん、「オイ」と言っている。

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 ハリーは子守がとても上手だ。子どもたちが集まる場所に自分も必ず参加しては、何もせずに、ただそこにいるという偉業を成し遂げている。それも毎日だ。人間では到底できない、いや、私には到底できないことをあっさりとやってのける。ただ、穏やかに子どもたちを見守る……? うわぁ、すごく退屈そう。私なんて想像しただけであくびを連発できるわ。それなのにハリーは、それを苦とも思わず、むしろ喜んでやっている。子どもの横に座って、何もせず、じっと寄り添うだけの仕事をこなしている。うそでしょ? ハリーにスマホでも与えてあげたい。イケワンなだけでなく子守も上手だなんて、ハリーは奇跡の名犬だな(犬バカここに極まれり)。



この連載は月2更新でお届けします。

2018年8月15日(水)は休載いたします。
次回は8月30日(木)掲載です。