犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.8.30

26忘れられない夏



 とても暑かった夏も終わりに近づき、なんだかとても寂しい気持ちだ。息子たちにとっては小学生として最後の夏休み。本人たちはどうってことないようだが、母は勝手に感傷的になってしまう。来年は中学生。背はすでに追い越されている。
 わが家では連日、宿題をやるのやらないので、小さなもめ事が起きている。ハリーはその真ん中にいて、あっちを見たり、こっち見たりしては、私と息子たちの間で一体何が起きているのか、心配しつつ探っている様子だ。私に「宿題はどんな感じなの?」と聞かれて焦りはじめた息子たちは、子ども部屋にハリーと一緒に籠城するようになった(ハリーは当然のような顔をして、二人の後ろにぴたりとついて、部屋に入って行く)。どうも、自分たちのペースで宿題を済ませようと試行錯誤しているらしい。そして「ほら、どんなもんだい!」と、私の鼻を明かしてやろうとの計画だ。
 息子たちがまず用意するのは、ズバリ、炭酸系の飲み物だ。そして、ポテチである。続いて、削った鉛筆に新しい消しゴム、ノートである。床にゴミが落ちていたらそれを拾い、掃除機をかけ、ベッドのシーツをきれいにして、クーラーのスイッチを入れる。ここまでは私が教えた通りの、子ども部屋の整え方である。そして、テーブルにデスクライトを設置すると、二人分の宿題のプリントをきちんと並べる。いいぞ、その調子だ。ここまで済んだらもう安心、あとは宿題をやるだけ。それなのに、クーラーがほどよく効き始めた部屋は快適で、まずは一杯と飲み始めたコーラがおいしくて、思わずポテチを口に放り込んでしまう。ぴしっと整えられたベッドにハリーと一緒にちょっとだけ寝ころんでみたら、ああ快適! 結局、そこからゲーム三昧なのである。宿題はどうしたんだよと母は疑問しかない。ハリーは落ちてくるポテチの粉を丁寧になめては、うれしそうにしている。
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 まあ、よいではないか。正直、六年生にもなった息子たちに、あれをしろ、これをしろとやかましく言いたくはない。なにせ、そういうのは面倒くさくて仕方がないのだ。そもそも、私自身が8月最後の週に泣きながら宿題を済ませるタイプの子どもだったではないか。誰の宿題であるか、冷静に考えてみればいいと思うのだ。学校の先生から出された宿題は、息子たちのものである。それに対して、母親である私が余計な介入をしたり、気を揉むこと自体、おかしな話であると思う(思いたい)。先生は私に宿題を出したわけではない。だから、私が焦る必要もない。十二歳なんだから、自分のやるべきことはきちんと済ませて欲しい。いわゆる、自主性というものである。来年は中学生だぞ、わかっているのか。君たちがやるべきことをしっかりやってくれるだけで、母は今日もゆっくりと大好きなマンガを読み、ゆったりとした気持ちで家事に勤しめる。頼んだぞ。
 なかなか進まない宿題以外の側面から言えば、今年の夏休みは忘れられないほど楽しい一ヶ月だった。まず、遠方から私の友人たちがやってきて、琵琶湖での湖水浴や観光を堪能した。友人の息子は随分成長し、ますます聡明な男の子に育っていた。双子もそんな彼のことが好きで、一週間、ほぼ毎日、遊んだり、夕食を共にしたり、ゲームを楽しんだ。私も、退院後はじめて会う友人たちと、ゆっくりと話をし、生きて再会できた喜びを語り合うことができた。
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 双子はとにかく、一日も休まず川へ湖へと繰り出した。当然、ハリーも彼らと一緒に遊びまくった。オレンジのライフジャケットを着込み、大きな枝をたくさん移動させ、ボールを追いかけ、泳ぎ、一日数時間を湖で運動して過ごし、家に戻ってたっぷり食べて、ぐっすり寝るという犬的には最高の夏だったと思う。人懐っこいハリーは、浜で出会う多くの人たちにかわいがってもらった。体はよりいっそう大きくなり、全身の筋肉はムキムキである。食べる量もぐっと増えて、成犬の力強さを全身からにじませている。双子とハリーが並んでいる姿を見ると、わが家は男児が三人(三匹?)になったのだなと思うし、今この時期に双子の側にいてくれるハリーは、宿題に気を揉む母親よりも、二人にとっては大事な存在のように思える。
  この連載を書き始めた頃、ハリーはまだ本当に小さな子犬だった。連載が進むにつれ、激しいいたずらがはじまり、家具が徐々に破壊され、あまりの怪力に家族が振り回されるようになった。トレーナーさんの助けを借り、やっと落ち着いた頃、今度は私が入院、そして手術を受けた。まさか、こんなに激動の日々を送ることになるなんて、夢にも思っていなかった。ハリーもきっと、寂しい思いをたくさん経験したことだろう。
 そんな私たちの、ハリーを中心とした山あり谷ありの一年を書いたこの連載が、一冊の本になりました。お読み頂ければ幸いです。
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