犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.9.15

27ハリーのために



  私には今、やる気がみなぎっている。前代未聞レベルと言っていい。暑い夏がようやく終わりを迎えつつあり、徐々に気温が下がったことで、突如として活動量が急上昇しているのだ。なんだかまるで、犬のようであるなと自分でも思う。
 今までできなかったことが、ほとんどなんでも出来るようになったこの喜びを、どう表現したらいいのだろう。犬は喜び庭駆け回りという童謡があるが、まさに私は今、庭を駆け回っている。毎日、少しでも時間を見つけては、せっせと庭の掃除をしている……買ったばかりの草刈り機を担ぎながら。
 最近の草刈り機は有能だ。なんと充電式であり(充電池は3個あります)、軽量かつコンパクトである。その上、静音設計だ。さらっと「軽量かつコンパクト」と書いたが、本当に軽くて、取り扱いが簡単である。これは驚くばかりだ。つい先日、胸骨をパッカリ割って手術を受けたはずの私が、鼻歌を歌いながら何時間でも振り回して作業できるほどである。これを画期的設計生産技術と呼ばずして、何をそう呼ぶのか。機械の先端に接続できるアタッチメントの数も豊富で、ありとあらゆる庭仕事に適応している。これは夢か? いや、現実だ。そして私は今、この草刈り機を駆使した作業にどっぷりハマっている。
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 例年、春先から夏にかけてのわが家の庭は、悲惨だとしか言いようがなかった。悲惨と簡単に表現することも憚られる。あれは、まさにジャングルであった。大量の雑草をここまで堂々と生やしている家庭も珍しいのではないかと思えるほど、その背丈は膝のあたりを遙かに超えていた。それだけではない。田舎だからだとは思うが、雑草だかなんだかよくわからない植物もたくさん生えていた。それらは、放置したらそのうち木になるんじゃないかと不安になるほどの背丈に伸びていた。時々、野生の生きものもいたように思う。とにかく、酷い状態であった。私はと言えば、そのことを気に病んではいたのだが、どうにもこうにも体が動かなかった。今となっては堂々と、「動かないのは当たり前ではないか、なぜなら私は病気だったのだ!」と言えるが、当時は震える声で「雑草が野菜にならないかな~」と言うことぐらいしかできなかったのである。
 しかし! いままでできなかった作業を、すべて自分でやることに意欲を燃やしている私を誰も止められやしない! 草刈りはその筆頭である。退院が言い渡された直後、ヒマに任せて病室から充電式草刈り機とアタッチメント各種、そして高圧洗浄機とスチーマーを購入した私は、家に戻るやいなや、すべての道具を箱から引っ張り出し、並べ、片っ端から使い始めた。スチーマーで、レンジフードにこびりついた油を落とす快感。高圧洗浄機で外壁がピカピカになる喜び。そしてなにより、私を悩ませていた雑草のジャングルを根こそぎ倒す幸福感。
 思い描いていたすべての作業は済み、家の中も庭も片付いたものの、今度はクオリティーを追求するようになった。庭の雑草はすべて刈ったが、もっと高いレベルを目指したい。少しでも雑草が伸びると、また、徹底的に刈り込んだ。1本残らず刈り込んだ。美しく刈り込み、悦にいった。息子も夫もあまりの私のこだわりに、「ゴルフ場みたい……」と唖然として言うばかりだ。
 ハリーは、そんな私を玄関に座って不安そうに見ている。私が草刈り機を担いで動くと、真っ黒い大きな目をぎょろぎょろと動かして、一体この人は何をしているのだろうと不安そうにしている。そんなハリーに私は言ってあげたい。すべては愛するお前のためであるのだよ、と。
 そう、私は、ハリーのために、ハリーのためだけに、ドッグランを作ろうとしている。大きなものを作ることはできないが、それでも、ハリーがゆったりとくつろぐことができる、彼だけの居心地の良いスペースを確保することはできるだろう。ようやく気温が下がり、これから犬にとっては楽しい季節がはじまる。家の中にいるだけではなく、日中も自由に庭に出て、心地よい風を感じて欲しい。ドッグランが完成したら、一緒にぼんやりと山を眺めよう。枯れ葉が落ちはじめたら、一緒に掃除をしよう。天気がいい日は、ランチを食べてもいいね。
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 雑草を一心不乱に刈り込んでいると、時にハリーの落とし物を高速回転の刃がまき散らすことがある。土に擬態しているかのようなそれは、いつの間にやら、ハリーが私の目を盗んで庭に落としたものである。当然、私は全身にハリーのそれを浴びることになるが、しかしそんなときでも、私は、新しいことに挑戦する喜びと、ハリーへの愛情で心が満たされ、幸福である。家族は全身汚れた私がドスドスと家に戻ると迷惑そうにしているが、私は一向にかまわない。ただただ、ハリーのために、ハリーのためだけに、庭を整地する毎日である。
 自分が行き着く先がどこかはわからない。しかし、そこはきっと、私にとってもハリーにとっても楽しい場所だろう。

(この連載が公開される頃、私は東京にいて、ハリーと私の一年を綴った『犬(きみ)がいるから』出版記念イベント『犬まみれ猫まみれ』に参加しているはずである。読者の皆様にお会いできることを楽しみにしています。)

※本連載刊行記念イベント第二弾を、大阪スタンダードブックストア心斎橋店で開催いたいします。こちらは、猫をこよなく愛するライター・編集者の青山ゆみこさんとのトークイベントです。会場限定のプレゼントもあります、ぜひ遊びに来てください!
イベントの詳細、チケットお申し込みはこちらから。
【日時】2018年10月28日 12:00~14:00(開場11:15~)
【会場】スタンダードブックストア心斎橋カフェ
【出演】村井理子、青山ゆみこ