犬(きみ)がいるから 村井理子

2018.10.30

30褒めすぎ?

 

 いくらなんでも自慢が過ぎているのではないか……

 ここ数ヶ月、自分がこれっぽっちの逡巡もなく愛犬ハリーを褒めちぎっていることについて、ふと不安になった。私としては、自然に溢れてきてしまう言葉を、ただ素直に、なんの計算もなく書いただけのことなのだが、冷静に考えてみれば、相当変な人である。もし自分の周りに自分のような人がいたら……? 病気をしてちょっと調子が悪いのかしら、早くよくなれ~と心の中で魔法のステッキをくるんと回し、そして少し気の毒に思うだろう。
 読者のみなさんは楽しんで下さっているものと考えてはいたが、「そろそろやりすぎじゃね?」と思っている方も、当然いるのではないか。いや、「もういい加減うんざりしてんだよ!」と、若干の苛立ちを覚えている場合だってあるのではないか。そう考えはじめたら、自信がなくなってきた。賛美も過ぎればただのタワゴト。私はこのエッセイで誰も怒らせたくはない。そろそろ自制が必要な時なのかもしれないと、ソファに座るハリーを抱きしめて反省した。ハリー、これからはお前にだけ、直接言うことにするね……。
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 ハリーは確かにイケワンで、類い希なる名犬であるが(失礼)、そんなハリーにも弱点はある。えっ、そんなまさか、あのハリーに弱点なんてあるわけがない!(失礼)と思われる方も多いだろう。しかし、ご存じの通り、ハリーは今現在も分離不安が完全には解消できていないし、どうしたってクレートには入らない。わがままなうえに、臆病だ。性格の弱さは天下一品である(褒めてません)。これはすべて、飼い主である私が悪い。私自身が弱いのだ。ハリーに厳しく接することができない、その性格の弱さが、見事、飼い犬の性格に反映されてしまっている。彼に対して毅然とした態度で臨まなければならないというのに、やっていることは逆であるのだから、何をか言わんやである。
 とりあえず、私はハリーに甘い。ベッドを占領されても、愛されているのだと勘違いしている。前脚で押されても、意思の疎通が完璧だと喜んでいる。袖を食いちぎられて、笑っている。これらはすべて問題行動であるのは明らかで、飼い主である私がハリーに舐められているという、明確な証拠である。それがわかっているというのに、やはり私はどうしたってハリーを叱ることができない。いや、正確に言えば、叱ることはできるのだが、ハリーが近づいてくると、彼を拒絶することができない。すべて許してしまう。それを動物の勘のようなもので理解しているハリーは、焼きたてのカステラみたいに柔らかい顔を、むぎゅっと私に押しつけてくる。ホカホカだ。これを拒否できる人がこの世にいるだろうか。特大サイズの焼きたてカステラを拒否できる人っている?
 彼は大きな体に似合わず、かなり臆病だ。私が少しでも動けば、ソファから飛び起きてついてこようとする。私が車のキーを手にすれば、おいていかれてなるものかと必死の形相である。これは、実際のところ、ハリーにとっては気の毒な状態であると思う。私が克服させてやらなければならない課題である。家族が家を出ても、いつかは戻ってくると理解して、リラックスして留守番をすることが出来るようになるのが理想なのだから。ということで、ここのところ数ヶ月にわたって、私とハリーは訓練を重ねている。短時間であってもハリーを留守番させて家を出るのだ。ハリーは階段の下で私が戻るのを待ち、私はハリーを待たせて用事を済ませるために徒歩で外出する。これは私自身のリハビリも兼ねていて、私にも必要であるし、彼にも必要な時間であると思っている。ゆっくりとではあるけれど、ハリーは待つことが苦にならなくなったようで、一時間ほど家を空けても、階段の下で居眠りをして待てるようになってきた。家の前まで戻り、家を出た時と同じ場所でハリーがじっと私を待っている姿が玄関横の窓から見えると、涙がじわりと滲んでくる。私も、彼も、一歩一歩、ゆっくりと前に進んでいる。
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 誰かとか、何かを思いっきり褒めちぎるのは、気分がいいものだ。素晴らしい、美しい、奇跡のようだ! と、声の限りに叫べば、なぜだか人生のすべてを祝福したくなってくる。私自身は褒められると少々居心地が悪くて、心拍数を意識しつつ全力で走って逃げるタイプだが、それでも、ある時誰かに優しく褒められ、気持ちを立て直した経験は幾度となくある。誰かのひと言が人生まで変えることだってあるではないか。だから、これからも惜しまずハリーを褒めていこうと思う。さあみなさんも、ペットを、友人を、恋人を、家族を、褒め称えようではありませんか。ハレルヤ!


この連載は月2更新でお届けします。
次回は11月15日(木)掲載です。