犬(きみ)がいるから 村井理子

2017.7.30

05二日間の別れ

 先日、仕事で二日だけ家を空けたことがきっかけとなり、ハリーの私に対する愛という名の執着がレベルアップしているので報告したい。

 登壇するイベントが行われる東京に向かう日、ハリーとは自宅の最寄り駅前で別れた。荷物も多く、朝早いこともあって、夫とハリーが車で駅まで送ってくれたのだ。ロータリーに車を停めてもらい、夫にハリーを頼むと、なるべく気づかれないように、さっと車を降りようとした。しかし、敏感なハリーを騙すことはできなかった。いつものようにすっと立ち上がり、自分も車を降りようと焦りだした。ハリーはとにかく、私が行く場所には自分も行きたいタイプの犬だ。人間にぴたりと寄り添うことが、なにより幸せなようなのだ。

 しかしこの日は、運転席に夫が座ったままであることに気づいて、少し混乱したようだった。夫にも大変なついているハリーは、当然、彼のことも警備しなくてはと考えている。あれ? 運転席にはこの人が座っている。でも、あの人は車を降りてどこかへ行こうとしている。僕はこの人とここにいるべきなのか、それともあの人と行くべきなのか!? ハリーの困惑した視線が、夫、私、夫、私と動いたところで、夫も私もハリーが気の毒になり、私は急いで車を降りて駅の改札へ、夫はハリーを乗せた車を発進して、その場を離れたのである。改札に向かいつつ、走り去る車を見ると、眉毛を八の字にして、悲壮な表情でこちらをじっと見ているハリーの姿が見えた。


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 新幹線に乗っても気になるのはハリーのことばかり。おっとりしているわが家の男子チーム(夫と双子の息子)が、例えば琵琶湖にハリーを連れて泳ぎに行き、目を離した隙にハリーがどこかへ行ってしまったら!? おっとりしているわが家の男子チームが、玄関を開けっ放しにし、ハリーが私を探して家を出てしまったら!? だって本当にやりかねないのだ。なにせハリーは、私がゴミを捨てに行くだけで、馬かというほどヒンヒンと大声で鳴くような犬なのだから。その声の大きさたるや、家の先の角を曲がっても、まだ聞こえてくるぐらいだ。

 さて、二日間の仕事を終えて家に戻る日、私は朝の4時に起きると、すぐに荷物を整え、新宿のホテルを後にした。急いで東京駅に向かい、新幹線に飛び乗った。すべては、一刻も早くハリーに会うためである。子ども? 夫? いや、ハリーだ! 新幹線の中で夫にメールし、ハリーも元気にしていることを確かめてはいたものの、寂しい思いをしていたのではないか、何か困ったことがあったのではないかと、もやもやした気持ちは晴れなかったし、あの八の字眉毛をした情けない顔を忘れることができなかった。しばらくはハリーと一緒に過ごすことにしよう、いつも以上に大事にするんだと、鼻息も荒く京都駅に到着した。

 京都駅から在来線に乗り換え、最寄り駅に到着。ホームを急いで歩いて改札に向かい、駅のロータリーに出ると、迎えの車が待っていた。夫とハリーだ。ハリーは助手席に座って、まっすぐ前を見ていた。私が車の横まで来ていることにすぐには気づかなかった。私がコンコンと窓を叩くと、勢いよくこちらを向いた。大きな両耳がふわんと浮いた。直後、「エッ!?」という顔をしたハリーは、立ち上がり、しっぽをブンブンと降り、「エッ!? エッ!?」と驚きと喜びが混ざったような表情をして、車内で大暴れしはじめた。私が暴れるハリーを押さえつつ、なんとか車内に入ってからの大騒ぎは、十分想像していただけると思う。自宅に到着するまでに、私の腕には立派なミミズ腫れが数本できていた。

 さて、私が戻ってしばらく経過した今も、ハリーの私に対する執着は続いている。最近のハリーからは、二度と行かすまいという気合いを感じる。「決して逃さぬ」という強い気持ちが垣間見える。夜中にふと目を覚ますと、真上から見下ろされていることさえある。口もとのモフモフが垂れ下がって、なんとも情けない表情だが、目は真剣そのものだ。デスクで仕事をすれば、真横にあるソファに座って、静かにこちらを見ている。本を読めば、相手にしてくれと鼻面をぐいぐい押しつけてくるし、無視をすれば前足で本をたたき落としてしまう。根負けして相手をすると、私に体を預け、安心したような表情ですぐに眠ってしまうというのに。そんなハリーはかわいいけれど、こちらはいろいろな意味で重くて、暑くて大変なのだ。


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 大きな体をした子犬は、全身で愛を表現してくる。真正面から、大好きだと伝えてくる。今まで何頭も犬を飼ったけれど、これほどまでに人間との関わりを求める犬ははじめてだ。ハリーのこの人間好きで甘ったれの性格は、老犬になってもそのままだろう。きっとこの先も、ハリーは私たち家族からの愛を求め続け、若干強めの愛を私たちに与え続けるに違いない。だから、このまっすぐで純粋なハリーの気持ちをすべて受け止めるのが、この犬を選んだ私の飼い主としての責任だと思うのだ。

 

 

この連載は月2更新でお届けします。
次回2017年8月15日(火)掲載