末井昭のダイナマイト人生相談 末井昭

2017.3.27

12人生相談(最終回)

 

 みなさま、春がやってきましたね。日差しも暖かくなるにつれて、心もポカポカしてきませんか? え、悩み事が多くて春どころではない? 心がぜんぜん暖かくならない? そんなあなたは、ぜひ末井さんの人生相談室をノックしてみてください。

 さて、「末井昭のダイナマイト人生相談」は今回で最終回です。これまでの連載をまとめた単行本が、この5月に発売されます! みなさま、長い間ご愛読どうもありがとうございました。単行本の発売をどうぞお楽しみに!

 それでは、最後のお悩みのご紹介です。

 

【相談1】

 ここ最近、自分のやらなくてはいけないことを後回しにして、自堕落な生活を送ってしまっています。早急に終わらせなくてはならないものごとであっても、あとでいいやと考えてしまい、夜になるとそのことで自己嫌悪に陥り、眠れないこともあります。どうにかしてこの状況から脱したいのですが、何かよいアドバイスをいただけないでしょうか。

(もけらけらさん/20代/男性/学生)

 

【回答】

名称未設定 1 ここしばらく、あなたの質問にどう答えたらいいのかあれこれ考えているのですが、なかなかうまくまとまりません。だいたいあなたの質問自体に、なんだかよくわからないところがあるのですが、そのあやふやなところがあなたの悩みの特徴を表しているような気もします。そしてそれは、あなただけでなく、多くの若い人たちが抱えている共通の悩みでもあるのではないかと思うのです。
 たとえば、やらないといけないことがあるけどやる気が起こらないとか、やりたいことがなんなのかわからないとか、心を閉ざしているわけでもないのに、すべてが自分とは関係ないように思えるとか、なんとなく漫然とした日々が流れていくとか……。あなたは、そういうことに漠然と不安がある、ということではないでしょうか。それは、生きがいのない社会がもたらす空虚感と言えるかもしれません。
 空虚感は虚無につながります。聖書には「死」という言葉がよく出てきます。たとえば、「ローマの信徒への手紙」6章23節には「罪が支払う報酬は死です」と書かれているのですが、この「死」を単に死ぬことだと捉えると意味がわからなくなるので、ぼくは「虚無」と捉えるようにしています。つまり、生き生きしていない状態、いつもぼんやりしていて大事なことに気付けず、刺激的なものばかりに目を奪われているような状態を言っているのではないかと思います。その状態から抜け出す方法は、聖書だと罪からの脱却ということになります。言葉を変えて言えば、真面目にものごとを見つめ直し、何が真実かということを極めることです。
 ぼくは子どものころから虚無感のようなものがあり、世の中がぶっ壊れてしまえばいいと思うようなことがありました。ぼくが聖書に関心を持つようになったのも、自分の中の虚無を払拭したいという気持ちがあったからだと思います。
 聖書との出会いは、「イエスの方舟」(1980年にマスコミが大騒ぎした「イエスの方舟事件」で有名)の主宰者・千石剛賢さんの本(『父とは誰か、母とは誰か』春秋社)を読んだことがきっかけでした。それまで、聖書はただの神話だと思っていて関心がなかったのですが、その本に書かれている千石さんの聖書解釈は、イエスとは何か、人間とは何か、命とは何かを、現実に照らし合わせて解き明かしてくれるものでした。
 この本を読んで聖書に強く惹かれるようになり、千石さんに会いに行き、イエスの方舟の集会にも参加するようになりました。世の中がぶっ壊れてしまえばいいと思ったりするのは、自分がやけっぱちになっているからだと思っていたのですが、聖書の側から見れば、世の中は最初からぶっ壊れているということがわかってきました。つまり、世の中の人が自分のためになる正しいことだと思っていることは、逆に人間を苦しめる罪だということがわかったのです。価値観がひっくりかえったわけです。そのことがわかって、気持ちがすごく楽になりました。
 いまも考えが行き詰まったときには、聖書を参考にしているのですが、聖書を宗教書と捉えないで、虚無から脱出できる法則が書かれている参考書と思って読めば、かなり役に立つのではないかと思います。
 誰でも一番関心があるのは、「自分がどういう人間なのか」ということについてだと思います。自堕落な生活を送ってしまうあなたには、そうなる原因というものがあるはずです。自堕落な生活を改めたいという気持ちを持っているわけですから、これを機に深く自分を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

 

【相談2】

 潔癖性を治したいです。 人の触ったパソコンや電話を触るのがつらくてしかたありません。職場で自分のスペースの中のものを他の人が触ると気になって気になって我慢できずに、すぐ除菌シートで拭いてしまいます。 感じの悪いことは自分でもわかっています。しかしそんなことよりも、人が触ったものが触れないです。 潔癖性ってなおるんでしょうか。年をとるごとにひどくなってきています。

(みたらしだんごさん/38歳/女性/会社員)

 

【回答】

AKICHI_COLUMNLOGO_SUEI08-150x240 (2) あなたの「人が触ったものが触れない」という相談で、小学校3年生のときいじめられたことを思い出しました。疫痢になって何ヵ月か休んだ学校にしばらくぶりで行くと、ぼくが触ったものに誰も触ろうとしないのです。ソフトボールをやっていると、ぼくが触ったバットに誰も触らないし、給食のとき、ぼくが触った食器に誰も触りません。誰もぼくに話しかけないので、その理由がわかりません。
 ぼくはソフトボールをしなくなり、給食も食べなくなり、体育でソフトボールやドッチボールをするときは、休んで教室にいました。だいぶあとになって、ダイナマイトで心中したぼくの母親が肺結核だったので、ぼくも結核に罹っていると思われたらしく、結核がうつるからぼくが触ったものに誰も触らなかったということがわかりました。
 もう1つ思い出したことは、高田馬場でファッションヘルスを経営していた渡辺さんという人のことです。渡辺さんは女の子を募集するとき、ファッションヘルスと言わないで医療関係の仕事だと言っていました。当然そのほうが女の子が集まるのですが、中には騙されたと言って怒る人もいます。そういうとき渡辺さんは、「男は週に一度射精しないとストレスが溜まってしまうんです。そのストレスを解消させてあげるわけですから医療なんです」と言っていたそうですが、「だったらやります」と言う女の子もいたそうです。
 渡辺さんのもう1つの口説き文句は、「あなたは、私の指とオチンチンのどちらが舐められますか?」と女の子に訊くことです。女の子は当然指だと言います。渡辺さんは「指はいろんなものを触るでしょう。だからバイキンもいっぱい付いてます。しかしオチンチンはパンツしか触ってないでしょう。きれいなものですよ」と言うと、「だったらやります」と言う女の子がやはりいたとか。本人談ですから、嘘か本当かは知りませんが。
 なんにも相談の答えになっていないのですが、いろんなものにバイキンが付いていて触ることができないと思うことはある種の脅迫観念ですから、その脅迫観念をいかにして取り除くかということになります。潔癖性の人は意外と多いらしいのですが、治すにはやはり専門のお医者さんに相談するのがいいのではないかと思います。。

 

【相談3】

 お酒が飲めなくて人生の半分くらい損している気がします。体質なのか、がんばってお酒を飲んでみても気持ちが悪くなるばかりで、全然楽しくならず、お酒に強くもなりません。友人や会社の同僚たちが「ちょっと一杯いく?」などと言っているのを見ると、なんだかとても羨ましくなってしまいます。
 私は生来生真面目なのですが、みんな飲み会の席で羽目を外していて、すごく自由に見えます。私も一度お酒の席で羽目を外してみたり、酔っ払って男女の仲になどになってみたりしたいものだ、と思うのですが……。友人に訊いてみても、「お酒なんてお金がかかるばかりでいいことないよ」と言われるのですが、どうしても私には自慢話にしか聞こえません。気持ちが悪くなる、とか軟弱なことを言っていないで、吐くまで飲み続ければ楽しくなるのでしょうか?

(下戸之助さん/36歳/男性/会社員)

 

【回答】

 楽しくなるわけないじゃないですか。気持ち悪くなるだけですよ
 ぼくもお酒が飲めない体質だったのですが、23歳のとき無理矢理編集者に誘われて飲みに行き、その人につがれるままビール1本飲みました。
 目が回るというのはこういうことを言うんだなと思いました。頭がクラクラして、足がふらついてまともに歩けません。なんとか電車に乗ったのですが、満員で座れません。両手で吊り革にぶらさがるようにして立っていたら、頭から血の気がなくなり気絶しそうになったので、次の駅で降りました。
 ベンチで座っていると少し楽になったので、次に来た電車に乗りました。そしたらまた同じ状態になって、また次の駅で降りました。これを各駅ごとに繰り返し、お茶の水から祐天寺まで2時間ほどかかって帰りました。途中乗り換えが2回あるのによく帰れたと思います。
 その後、ぼくもお酒が飲めるようになりたいと思い、誘われるまま飲んでいたら少しは飲めるようになりました。飲めるようになるとますます誘われるようになり、ある酒好きの編集者から毎晩のように電話が来るようになりました。仕事をもらっていたこともあって、断れなくて出かけようとすると、妻が「また飲みに行くの?」とあきれていました。そのことで妻と喧嘩になったこともありました。
 その編集者は、付き合い出してから1年ほど経ったころ、肝硬変で亡くなりました。正直言ってホッとしました。その人の奥さんから危篤だという電話があり、病院に駆けつけたときはすでに意識がありませんでした。体が真っ黄色でした。まだ30代だったと思います。
 27歳のとき編集者になり、交遊関係が急に広がり、飲む機会も増えました。仕事の打ち合わせの延長で飲むことも多く、そういうときは酔えません。編集者は飲んでも酔ったらいけないのです。酔ったらいけないと思いながら飲んでいると不思議と酔わなくなり、その代わり必ず吐くようになりました。そういう状態だったので、お酒を飲んで楽しいと思ったことがあまりありません。
 あなたは、自分のことを生真面目過ぎると思っているようですが、生真面目な人間はつまらないと言ったりするのは、たいてい馬鹿で破廉恥な人間です。真面目に「過ぎる」はありません。また、酒の力を借りて大胆なことをするのが男だ、無頼だ、などとほざくのも馬鹿で破廉恥な人間です。あなたは、お酒が飲めなくて本当によかったと思いますよ。もしあなたがお酒が飲めるようになっていたら、酔った勢いで羽目を外してみたり、女性にしつこく迫ったりして、人から軽蔑されていたかもしれませんよ。
 高田馬場の飲み屋街で、酔っ払って道端にひっくり返った女の子を4、5人の男たちが介抱するふりをしながら触りまくっているのを見たことがあります。たぶん大学生だと思いますが、なんだか情けなくなりました。女の子に無理矢理お酒を飲ませて、部屋に連れ込んで猥褻行為をしたとかいう事件がありますが、「そんな卑怯な手を使うんじゃない! やりたいんだったら死ぬ気で女を口説け!」なんて思ったりします。
 ぼくはお酒が好きじゃないということもありますが、とにかく酒飲みが嫌いです。酔ってだらしなくなったり、クダを巻いたり、暴れたりする人は大嫌いです。日本はドラッグの取り締まりは厳しいのに、酒は一切おとがめなしというのも腑に落ちません。ドラッグも酒も、ある一線を越えたら同じです。アル中で廃人になっている人もたくさんいます。
 そういうぼくも、最近はお酒を飲むことが多くなりました。一緒に飲むのは気心が知れた人たちだし、飲んで騒ぐわけでもないので、楽しく気持ちよく飲んでいます。
 酒飲みは嫌いですが、酒を飲むことが悪いとは思っていません。ほどよく飲めば人と仲よくなれるし、ストレス解消にもなります。しかし、度が過ぎるとカラダを壊し、精神を壊します。
 あなたも「吐くまで飲み続ければ…」なんてバカなことを考えないで、飲むんだったらほどよく飲むよう心がけてください。少しずつ飲んでいれば、たぶん飲めるようになると思いますよ。それでもダメなら、体質的に無理なのでやめたほうがいいでしょう。

 

 

「末井昭のダイナマイト人生相談」は、今回で一旦最終回となります。
5月に単行本が発売されますので、どうぞお楽しみに。