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3話 若き実業家たちの肖像

 漫画家としてなんとかやっていけるようになって、まあ人生いろいろ過ぎるほどいろいろあって、吉祥寺南町から東町に引っ越し、その後、中道通りに仕事場を構えた。
 うろ覚えだが、たぶん、’78年か’79年頃だったんじゃないかと思う。

 

 中道通りというのは、吉祥寺という街を知ってる人ならわかるだろうが、パルコの横の、ずーっとどこまでも真っ直ぐ三鷹方面に向かって続く細めの道だ。
 最近は、洒落た雑貨屋やらカフェやらご飯屋やらがたくさんできて、平日でも若いカップルや家族連れで溢れる通りになってしまったが、当時はまだ静かなところだった。駅から5分くらいなのだが、夜は酔っ払いの歌声が時折聞こえるくらいで、実に静かな一帯だった。

 

 仕事場を構えたのは新築マンションの3階だった。ここには、つい何年か前の学生時代には、荒れ果てたアパートが建っていた。窓ガラスが割れ、ほとんどメンテナンスもしていない大きい木造アパートが建っていたのだ。何部屋かには洗濯ものが下がっていたので、住んでいる人も少しはいたんだろうが、ほぼ廃屋といってもいい建物だった。それがいつの間にか建て直され、T字型の低層マンションになっていたのだ。
 すかさずその最上階、3階角部屋を押さえてそこにアシスタントと籠もり始めたのだが、普通の若い家族向けのマンションなのでいかんせん狭くて、編集者がきても打ち合わせする場所がない。
 そのマンションは下駄履きで、1階はすべて店舗になっていた。T字の縦棒に当たる側に、2軒の喫茶店があった。今ならカフェというところだが、当時は喫茶店だった。

 

 1軒は、絵描きのやっている店だった。当時50年配のご婦人で、近所の女子大に通う美人の娘がいた。オーナーは三鷹台駅前でもう1軒小さい喫茶店をやっていて、そこの2階には彼女の母親が住んでいた。女三代で2軒の店を仕切っていたわけだ。
 彼女は後に、息子と共に吉祥寺に店舗をいくつか展開し、有名店となるのだが、それはまた別の話だ。

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