数年が経った。
 店は、なんと創業50周年を迎えたらしい。そして、廃業が決まったらしい。

 

 吉祥寺北口は、もうずいぶん前に整理され、広場ができてスッキリした。しかし南口はまだ小さな建物が建て込んで、そこにバスがやってきて大混乱だ。それが何十年も続いている。ここを整理して広場を作って人と車の流れをよくするのは、歴代市長の悲願であった。余計なお世話である。北口もせっかくごちゃごちゃと居心地がよかったのに、すっきりして若者が集まってきてしまった。この上南口まですっきりしたら、どれだけの人が集まるのだ。
 北口には、ハモニカ横丁という戦後のバラックが残った一帯があり、バブルのころから再開発が声高に何度も叫ばれてきた。火をつけられて燃えたこともあった。そこを綺麗に更地にして近代的なビルを建てれば、新しい吉祥寺の姿が描けると、歴代市長は考えたようだ。
 しかし、それは違う。そこが吉祥寺なのだ。パルコもありデパートもあり井の頭公園もあり、ハモニカ横丁もある。それが吉祥寺という街なのだ。北口が整理される時に、ハモニカ横丁も取り壊されるんではないかと危惧したが、なんとか残ってくれてホッとした。南口も、このカオスを整理してくれなくても特に構わない。これはこれで吉祥寺の秩序なのだ。

 

 しかし、再開発計画はどんどん進んでいるらしく、その店の回りのビルもいくつか取り壊されたり、テナントが出ていったりした。
 ついに、その店も取り壊すことになった。増改築とか立て直しとかも考えたらしいが、駅前広場ができることが決まっていて許可が下りなかったとか聞いた。
 廃業することになったら俄に話題になり、新聞や雑誌に取り上げられて客が増え始めた。ぼくはいかなかった。今いかなくても、思い出は既に充分にある。オバサン2人組には少し不義理をしてしまうが、急に常連みたいな顔で通い始めた客と一緒に顔を出さなくても、怒りはしないだろう。
 廃業が話題になって少し営業期間が延びたりはしたが、結局、その店は営業を止めた。窓には板が貼られ、挨拶の張り紙が出た。
 駅前広場は、いつまで経ってもできなかった。そのうち、古いビルが建て直しを始めた。許可が出るとは思えないが、とにかく駅前の古いラーメン屋が消え、真新しいビルになった。これで、もう駅前広場は無理だ。ではあの店はどうなるのだ。

 

 あれからまた数年が経った。
 今もあの店はドアを閉めたまま同じ場所にある。使わなくなったので傷むのも早くなり、レトロというには古すぎる外観にますます磨きをかけている。
 南口再開発は、失敗に終わったようだ。今ではそんな計画があったことも忘れたように、取り壊されるはずだったほかの店もみな普通に営業している。
 あのオバサンウェイトレス2人は、どこでどうしているだろうか。経験だけは豊富だが、ちょっと特殊な店だったからな。
 どこかの店に入った時に、厨房の奥から漏れる「じゅんちゃんきてるわよ」という声を、いつか聞きたいものだ。

いしかわじゅん

漫画家。大学3年のときから吉祥寺に暮らし、2004年からは那覇にも事務所を開設。2つの町を往復しながら仕事をしている。現在『コミック・ビーム』で「吉祥寺キャットウォーク」を連載中。漫画以外に、漫画評論、小説、テレビのコメンテーターなど、マルチな活動を続けている。
著書は『ファイアーキング・カフェ』『秘密の本棚―漫画と漫画の周辺』『漫画ノート』など多数がある。

12345