第8回 阿佐ヶ谷篇
「くさやオーレ!イカ墨オーレ!うわばみな夜」の巻

肉より魚のほうが贅沢な食べ物と再認識しました。

 

まいどおおきに、ちどり姐です。

今宵、酒場をこよなく愛好するみなさまをお連れするのは、阿佐ヶ谷。

とうとうチーム胸キュン、中央線進出です。

 

JR阿佐ヶ谷駅改札、17時きっかりに揃う女子3人。ようし定刻どおり。

今宵のちどり妹は、阿佐ヶ谷在住のうわばみ絵描きユッキー。しかしながら、ユッキーはめでたく妊婦になられてアルコール厳禁の身。シラフ相手にちどれるか! と急遽招集したのは、「エコからエロまで」手がけるライター、黒髪のアサちゃん。るみっくす画伯も処女作『おじさん図鑑』(小学館にて絶賛発売中!)が無事に完成し、若草物語よろしく四姉妹でお届けして参ります。

 

地元女子2人に連れられ迷わず向かうのは、「安くて昭和の香りがして、気楽。酒呑みがグッとくるものが揃ってる。まさに胸キュンでしょ!」と、ユッキー大推薦の「大衆酒場 つきのや」。南口パールセンターの賑やかな商店街を抜けた裏通り、隠れ家的なエリアにひときわぴかりと明るい構え。入口には発泡スチロールの中で出番を待つ魚介たちがどっちゃり。その様子に、一瞬でも最近増殖中の安いけど味はイマイチの「水産系居酒屋」を連想してしまった私をああお許しください。中央線うわばみガールご推薦にハズレなし、そして、おじさまが憩う居酒屋にハズレなし、でありました。

 

そんじょそこらの海鮮居酒屋とはわけが違います。

 

からから。サッシの扉を開けて驚いた。まだ17時台だというのに、すでにカウンターにはひとり客のおじさまでびっちり。サラリーマンのお兄さんもネクタイを緩めて袖をまくってジョッキビールをあおっている。壁には短冊ラヴァーの心をくすぐる品書きの列。席につくなり、「いいね、この店」言えば、瞳をキランと光らせて「でしょー?」と誇らしげなユッキー。妊婦だというのに、ちどり姐のために尽力していただき頭が下がります。「もとは高円寺にあって、わたしはそんときから気に入って通ってるわよ」とアサちゃん。あなたもここのご贔屓さんだったのね。

 

サッポロラガー「赤星」(中瓶550円)があるのも嬉しい。「ホッキ貝刺し(650円)はひもの部分を焼いてくれるんだよ」「へえ、イカしてる。それいただこう」「あたし、生シラス(250円)食べたい」「いいね」「づけ(500円)って何のかな?」「気になるね。聞いてみよう」

白い上っ張りが清楚な店員のお姉さんに尋ねると、「伊豆諸島の郷土料理で、醤油に島とうがらしの辛味を移したタレにつけたお刺身です。今日はブリのづけになります」とのこと。伊豆出身の私も知らないそんな食べ方。一同うなずきながら「づけもお願いします」。

 

 

ホッキ貝刺し、生シラス、づけ。こんな品質と鮮度を出されたからには、女は黙って日本酒です。

 

「赤くない!」

出されたホッキ貝刺しを見て驚愕するるみっくす。あ、もしかして茹でたやつのこと言ってる?

「ナマだと黒っぽいんですね、知らなかった」

ビールに頰染めて、目をぱちくりしている初々しいあなたが私は好きだよ、ええ。

「旨い」。酒場歴重ねている3人は、ホッキも生シラスも旬をとらえた新鮮な味に、合格とばかりに、ビールを飲み干す(若干1名ウーロン茶)。ブリの脂をピリリと引き締めてくれる島とうがらしのアクセントに、たまらなくなってアサちゃんと目配せ、「これは日本酒だよ、日本酒」。私は燗酒にと広島の竹鶴を。贔屓のアサちゃんはアレもコレも呑んだからな、どうしようかなと逡巡。お姉さんに「辛口がいいんだけど、スッキリしすぎるのは物足りないのよね」と預けると、「高知の南はいかがでしょうか。辛口でキレがあるんですが、高知のお酒らしく力強いコクも感じられます」。おや、シロウトではないコメント。「うん、じゃ南にしよ。それとビールをもう1本」。ははん、アサちゃん、モノホンの酒呑み。ビールはチェイサーにしようってわけね。

 

日本酒を注ぐ店員の手元をじっと見つめるそのワケは…

 

ついーーーっ。

8勺の角グラスに注がれるお酒をじーっと見つめるアサちゃん。受け皿になみなみこぼしてくれたのを確認してご満悦の様子。「見てればさ、なみなみ注いでもらいやすいのよ」だって。いやはや、その酒にかける貪欲さ、一枚上手だね。

 

酒のことなら利き酒師のかよちゃんにお任せあれ。

 

ところでお姉さん、お名前は?(←得意の女子ナン)

「小川です」

「みんなになんて呼ばれてるんですか?」

「かよちゃん、ですかね」

照れくさそうに笑うかよちゃんに、日本酒くわしいですね。言うと、

「一応、利き酒師の資格はもってるんですが、お客様のほうがお詳しい方が多くて」

謙遜されるけど、やっぱりそうか。利き酒師のいる大衆酒場。これまたプラス評価ではありませぬか。加えて雰囲気。店全体に陽気な空気が弾んでいて、思い思いにお酒とこの時間を楽しんでいる。

酒の味をぐいっと底上げしてくれる酒肴の数々に、酒はどんどん進む。あら。メガネを鼻頭までずり落として、満面の笑みで酒の追加を注文しているおじさま発見。なじみのお客さんらしく、イケメンの若大将と陽気に話している。ああ、これもまた良き大衆酒場の幸せな光景。万歳、大衆酒場。

 

とはいえ、大衆酒場なら何でもいいってモンじゃない。同じ大衆酒場でも、選択を間違えると腰を落ち着けたそばから後悔がなだれのように押し寄せてくる。全体的におざなりな空気が漂っていて、酒に口をつけるも荒んだ気持ちがひろがって逃げるようにお勘定を済ませてしまう。外観で、相性のいい店かどうか判断ができれば訳はないのだけど、佇まいが気に入ってもがっかりすることもあるし、何の期待も寄せずに入った店がピカイチだったりして。店選びはこれだからムズカシイ。でも、それも酒場の愉しみのひとつと懐広く構え、場数をこなすほかないのであろう、というのが私の胸キュン酒場道の途中経過です。

 

酒→アテ→酒、酒、酒→アテ…のスパイラル

 

「ここにきたらやっぱ、いっとこうよ、くさや」

呑めない妊婦ユッキー、酔っ払いのあたしらをよそにメニューをしっかりチェック。

そう、「つきのや」さんはくさやの種類が豊富。くさやといったら、むろあじかとびうおがポピュラーだけど、いわしや秋刀魚、サメのくさやなんてのもある。

「むろあじの生干しがおすすめですよ。日持ちがしないからなかなか手に入らないんですが、新島から特別に直送してもらってるんです」大将のおすすめにのっかって、ソレ、お願いします! 臭いから敬遠されるくさやを喜んで注文するちどり妹たち。見込んだだけあるわね。

 

くさやは手でほぐすに限る。伊豆の血を受け継いだ人間のメンツにかけて、焼きたての熱々をヤセがまんしながらワシワシとほぐしていく。「やわらかい!」「旨味がすんごい!」「酒が進む!」コーフンの若草ちどり四姉妹。一軒目だというのに、わんさか呑んでわんさか食べてしまった。旨い酒がアテを呼び、旨いアテがこれまた酒を誘うのだ。そのスパイラルにはまって、いかんいかん。次、行かねば、次。お会計は1人、約2000円。あんだけ飲み食いして! いやはやゴキゲンな酒場でありんした。

 

夜な夜なフラメンコ好きが吸い込まれていくスペイン酒場

 

すっかりスイッチが入り、ドライブがかった姐。前のめりに向かったのは、阿佐ヶ谷の最終酒場ロード(byユッキー)、一番街の路地裏に深夜ともなれば「オーレ!」のかけ声が響きわたるスペイン居酒屋「QEQUE(ケクー) BAR」。ここはフラメンコ好き、スペイン好きには知られた酒場。ときに本国スペインからカンテ(歌い手)の大御所がやってきたり、毎週土曜は深い時間になると、ライブが始まる。哀愁と侘び寂びたっぷりに歌い上げるカンテはマスターの門脇さん。となりでギターをかき鳴らすのは、近くの老舗居酒屋「だいこんや」のマスター。「フラメンコギターの名手としてその世界では有名なんだよ」とフラメンコ好き、自分も踊り子になるユッキーが教えてくれた。

 

一番街の路地裏にSPAIN×JAPANな酒場あり。

 

ちょっと待って。胸キュン酒場に、スペインバル? と違和感覚えた方。いえいえ。私のなかではケクーさんは立派な胸キュン酒場! 佇まいも料理も酒もスペインバルに違いないのだけど、マスターとママのサチさんがつくる雰囲気が昭和風味たっぷりの「和製バル」だからだ。

 

時刻は21時。オレンジ色の温かな店内は、おお、ほぼ席が埋まっている。カウンターには英語圏の外人さんも。いいね、いいね。今宵は賑やかに陽気な酒が呑みたい。

 

文化系路線、中央ボーダレスウェイにふさわしい人が集う。

 

ワイン呑も。まずは白を、デカンタ(1880円)で。

「さっちゃん、塩辛ペースト(530円)と長芋のソテー(380円)ね。あと肉だんご(アルボンディガス780円)も。胸キュン的にはこんな感じかな」。勝手知ったるユッキー、メニューをほとんど見ずにささっと注文。その迷いのなさ、男前だわ、あなた。

 

塩辛? 肉だんご?

お客にわかりやすいネーミングにしているけど、これもれっきとしたタパス。塩辛は「自家製ジェノベーゼソースとイカの塩辛に、チーズを白ワインでのばして炒めたマスターのオリジナル」だって。アルボンディガス(スペインの肉だんご)は、スペインではポピュラーな一品。ミートボールを赤ワインで煮込んだもの。アサちゃんリクエストで目玉焼きをのっけてもらったら、これがコクが増してうまいのなんの。カリッと強めに焼いた長芋のソテーは、バターをしっかりまとってる。

もともとイタリア料理のシェフとして腕を振るっていたというマスターの料理は、豪快で、塩気と油の塩梅がまさに「酒の友」。タパスとか言っちゃうと胸キュン酒場には似合わない“小洒落感”が漂ってしまうけど、ケクーさんは違う。塩辛だの長芋だの肉だんごだの、ジャパニーズ・ソウルフードが絶妙に加わり、一気に隣近所のおじちゃん、おばちゃんの気さくさに変身する。この敷居の低さ、気安さに“心のふるさと”を感じてしまった私。胸襟を開くどころか、犬猫が飼い主に腹をさらし、あられもない姿で、なでて、なでてと喉を鳴らしているのと同じ心境である。

 

長芋のソテー。門脇さんのつくる「酒の友」タパスはどこか和が香る。

 

だいぶ酔っ払ってきた。取材なのにいいのか。いいのだ。酔うために呑んでいるのだもの。

デカンタ白から赤、赤、赤ときた。だったら最初からボトルにすればいいじゃん、という真っ当なツッコミは受けつけませぬ。「今日はこれで仕舞いにしよう」と思うからのデカンタ。されど、ぶんぶんと魂をゆさぶりまくるフラメンコの調べと、締めにと頼んだ裏メニューのイカ墨のパスタ(1280円)の、濃厚なトマトソースブレンドの厚みのある味わいに、これまたどうしましょ。さっきまでのそろそろ切り上げようという意識はフェードアウトし、赤も合うけど白にも合いそうだな、などと追加の算段を酔眼同士のアサちゃんとしている始末。

 

ケクーさんに寄ると、酔いどれ天使が舞い降りてきて終電を100%逃すのだけれど、今夜こそはと後ろ髪を断ち切って、なんとか終電に間に合った。お会計もあんなにワインがぶ呑みしてもりもり食べたというのに1人、2500円! アサちゃんと妊婦ユッキーは「もう少しゆっくりしていくわ」って。酒が呑めても呑めなくても、あんたたちは正真正銘のうわばみですよ! オーレ! うわばみアミーゴたちよ、アディオス!!

 

久しぶりの参加。ちどり姐さんがチョイスする店はもう絶対間違いなし!なので、わたしが言うまでもありません。注目したいのは妹達(わたしにとっては姐さん達)。街へ繰り出す前に、ちどり姐さんが胸キュンする店かどうか話し合う2人。そんな出だしから、途中の飲みっぷり、さりげなく見送ってくれた最後まで、阿佐ケ谷の姐さん達の男前っぷりを見せてもらいました。酒場の姐さんて素敵! イラストと文:なかむらるみ

 

  • 大衆酒場 つきのや
  • 住所:東京都杉並区阿佐ヶ谷南1-14-12
  • 電話:03-5378-8007
  • 営業:17:00-24:00 不定休


  • QEQUE BAR(ケクー・バー)
  • 住所:東京都杉並区阿佐ケ谷南2-19-11
  • 電話:03-3315-5772
  • 営業:19:00-24:00 日祝休

著者プロフィール

山田真由美

時々「どよう酒場」(http://doyou.jp/)店主。おもに編集者。伊豆・下田のワイルドな血を携えて、書籍や雑誌の企画から編集・執筆まで手がける。年季の入ったカウンターで、年季の入った店の主を眺めながら呑むのがいちばんの幸せになりつつある。とうとう四十路突入!