大胆仮説! ケンミン食のなぜ 阿古真理

2021.11.12

16神戸っ子のハード系パン好き

 

ここ20年でぐんと美味しく、多彩になってきた東京のパン。
日本のハードパンの歴史を辿ってみよう。

 

 22年前、東京で暮らすようになって驚いたのが、バゲットなどのハード系パンを置く店が少ないことだった。町のパン屋自体が、ない地域も珍しくない。その少なさは、ここ数年パン屋を取材すると、「この町はパン屋がなかったから」、と開業のいきさつを語る人が目立つことからも裏付けられた。
 私は中学に入った1981年から、学校の最寄り駅にあるローカルベーカリーチェーンのカスカードで、よく昼食用のパンを買っていた。必ず選ぶのがハード系のプチパン。高校に入ると、ハムとチーズをバゲットに挟んだカスクート(今はカスクルートと呼ぶ店が多い)が店頭に並び始め、好んで買うようになる。神戸文化圏では当時から、ハード系パンを扱うパン屋が珍しくなかった。だから私にとってパンといえばプレーンな食事パンであり、特にハード系パンが好きという嗜好が育った。
 関西人はパン好きが多い。総務省家計調査の2018年~2020年の都道府県庁所在市および政令指定都市別ランキングでパン購入金額のトップ10は、1位が神戸市、2位が岡山市、3位が京都市、4位が東京都区部、5位が大阪市、6位が大津市、7位が金沢市、8位が堺市、9位が奈良市、10位が横浜市となっていて、関西から6市もトップ10入りしている。
 少し前の2013~2015年は、関西が7市で東京都区部は13位だった。10年余り続くパンブームのおかげか、東京では数年のうちにずいぶんパンの消費金額が増えたようだ。ハード系パンを扱う「ブーランジェリー」を名乗るパン屋も増えている。しかし、東京より関西のほうがパン文化が発展してきたのは、なぜだろうか? 特に神戸っ子がハード系パンを愛する理由を考えていきたい。
 一つは、もともとの生活パターンの違いだ。かまどでご飯を炊いていた時代、東京の人は朝にご飯を炊き、味噌汁などをつける朝食を用意していた。一方、関西では昼にご飯を炊き、朝は残りご飯をいただく家庭が一般的だった。パンが手軽に手に入るようになると、残りご飯を食べるよりは、とパンを朝食に選ぶ家庭が関西で増えた。一方、朝に炊き立てご飯を食べていた東京人は、ご飯食の朝食を続けた。
 炊飯器が普及した今の時代、朝食にパンを選ぶ人はどのぐらいいるのだろうか。ウェブ版『Domani』が2018年8月25日に、同年メディプラス研究所・オフラボが行ったインターネット調査を紹介していた。全都道府県のうち、最もご飯派が多いエリアは米どころの東北で、各県半数前後がご飯を朝食にしていた。最もご飯派が少ないエリアはやはり関西で、2~3割しかいない。大阪府は21・6%、兵庫県は23・8%だった。関東は北関東が4割台、首都圏が3割台で東京都は30・5%である。時代が変わってパンが人気になっても、関西と関東では、関東のほうがご飯朝食が多い傾向がある。
 とはいえ、パンを朝食にしている人の割合は全国平均で50・6%と、平均34・4%のご飯よりかなり多い。関西は6割前後で、兵庫県は64・6%の全国1位。2位が奈良県、3位が和歌山県、4位が大阪府。いずれも6割台。東京は48・5%で首都圏は5割前後、とこちらも1割ほど関西より比率が低い。やはり、関西のほうが関東より、パンを食事としてよく食べている。
 農村が多い地方はご飯派が多い。地方では、地元ならではの人気の菓子パン・総菜パンが発達しているところが多い。それはパンが戦後、農作業の合間に食べるおやつとして広まったからかもしれない。農家では昔から体力仕事ゆえに、午前と午後に間食の時間を設け、女性たちがおにぎりなどを用意していた。しかし、戦後にパン屋が普及すると、手軽に食べられ農作業の働き手を減らさずに済む、とパンが間食に選ばれるようになったのだ。だから、パンは食事というよりおやつという意識が強くなったのではないか。
 ハード系パンは主に食事パンである。神戸っ子が好むのは、食事としてパンを取り入れてきた歴史も影響していると考えられる。しかし、神戸と同様にパンを朝食にする人が多い大阪では、ハード系パンはそれほど人気がない。以前、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)でフランス発のベーカリーチェーン「PAUL 」を運営する敷島製パンへ取材に行ったところ、大阪・本町に進出した当時、「パンの皮が固い」と苦情を言われることが多かったと聞いた。同じようにパンが好きでも、好みが異なるのである。
 神戸っ子がハード系パンを好むのは、本場仕込みのフランスパンを最初に導入した、ドンクのおひざ元だからかもしれない。そして、ドンクに雇われてフランスパンの製造を伝えたフィリップ・ビゴさんは、芦屋で開業した。カスカードやローゲンマイヤーなど、ハード系パンを得意とするベーカリーチェーンも多い。神戸は、横浜と並ぶ貿易港として栄えてきた歴史がある。開港は明治直前の1868年1月。神戸は天皇の住まいがある京都に近かったことから、幕府と外国の政治的な思惑が対立して開港の準備が遅れ、外国人居留地の建設が間に合わなかった。日本人と外国人が入り混じって暮らす雑居地ができた結果、横浜と異なり両者の距離が縮まって開放的で流行に敏感な気質が育ったと言われている。西洋人の暮らしぶりを身近で見てきた神戸っ子は、パンをどのように食事に取り入れるかも、ほかの地域の人より早く知ったのだろう。だから、やがてハード系パンも好むようになったのではないかと思われる。
 東京に来てから、私は出先でハード系パンを扱っていそうなパン屋を見つけると喜んで買うようになった。この20年でハード系パンを扱う店は確かに増えた、と肌感覚で思う。また、菓子パン・総菜パンの具材の魅力よりもパン生地自体のおいしさに注目を、という声もあちこちで高まっている。東京もやがて、パンそのものを味わうハード系パン好きが珍しくない町に発展しないか、と密かに期待している。

 

(第16回・了)

 

本連載は、隔月で更新します。
次回、2022年1月に更新予定