大胆仮説! ケンミン食のなぜ 阿古真理

2020.9.15

06東京と紅茶は相性が悪いのか?

 

東京で紅茶を飲もうとすると、なかなか美味しい店に出会えない。コーヒーショップはたくさんあるのに、なぜ紅茶は根付かないのだろう?

 

 子どもの頃から紅茶が好きだ。しかし、一般的にはコーヒーが主流。コーヒーを覚えようと大学生の頃、こだわりの喫茶店に通って産地による特徴の違いを学んだ。社会人になると、打ち合わせで必ずコーヒーを頼み世の中に合わせようとした。しかし、後味がどうも苦手で、同調しなくていいフリーランスになってからは、紅茶を選ぶ生活に戻った。それで長年、滅多にコーヒーを注文しないできたら、ますますその後味が気になるようになってしまった。
 そうなると困るのは、東京で紅茶がおいしい店に当たる確率が非常に低いこと。関西では、カフェ英國屋やにしむら珈琲など、紅茶をおいしく淹れるチェーン店があり、個人店の喫茶店では、ティーコゼーや砂時計を添えるポットサービスがある喫茶店も、ちょこちょこあった。
 ところが東京では、紅茶をていねいに淹れる店に出合うことが少なく、あっても高い。普及したばかりのインターネットで検索して見つけた紅茶専門店は、店主がうんちくを語るマニアの店で、客がほとんどいないと思ったら、しばらく後に閉店した。近所においしいファンシーなインテリアの紅茶専門店を見つけて通っていたら、やっぱり閉店。引っ越した先で紅茶とランチのパスタがおいしい店ができたと喜んでいたら、マダム御用達になって賑わっていたのになくなった。コロナ禍の影響か、つい最近も知っている店が2店もクローズした。
 そういうことをくり返し体験するうちに、東京で紅茶の店が成り立ちにくいのは、店の回転率の悪さに耐えられないからではないかと気がついた。コーヒーの店では、すぐ席を立つ人が少なくない。1人の利用者も多い。しかし、東京の紅茶の店は、女性たちが延々話に花を咲かせている。その効率の悪さが高い家賃に見合わせないのだ、きっと。
 コーヒーは何度も社会現象的なブームが来るが、お茶や紅茶のブームは、いつも地味にやってくる。派手な動きがあったのは、2000年代初めの中国茶ブームと、去年のタピオカミルクティーブームぐらい。
 東京で、コーヒーの淹れ方にこだわる人は多いのに、お茶をていねいに淹れる人たちがそんなに多くないように感じるのは、なぜだろう。紅色をした「お湯」を淹れてくる紅茶専門店のウエイターに、淹れ直しをお願いしたことがあるが、やっぱり紅いお湯を淹れてくる。ぬるいときもある。ホテルのアフタヌーンティーのサービスですら、味があまりしないお茶を淹れてくることがある。
 しかし、中国系ホテルのお茶はおいしい。台湾系のタピオカミルクティーのスタンドのお茶もおいしい。中国系の店のお茶の淹れ方が上手なのは、背景に多様なお茶文化があるからか。
 日本もお茶を産する国で、世界に誇る高度な茶道文化が発達している。関西には、日本文化の中心地、京都があるし、紅茶を最初に輸入した外国文化の入り口、神戸では庶民文化として紅茶が定着している。大阪や奈良にもおいしい紅茶を淹れる店はある。京都の宇治や奈良の月ヶ瀬などの産地があり、茶道文化が発達していて和菓子の名店も多い。
 東京にも和菓子の名店はある。東京の周辺でも狭山茶などの産地はあるし、日本最大の産地の静岡も近い。そして文化やグルメの集積地は東京だ。お茶文化自体はあるのだ。しいて言えば、都としての歴史は浅いが、すでに400年余りの蓄積はある。
 東京で紅茶文化が発達しない要因で、もう一つ思い当たるのは、東京の水が関西に比べて硬度が高いことだ。京都が誇る昆布出汁が、東京ではあまりしっかり出ない。だから東京ではカツオ出汁が発達した。お茶も、やはり味が出にくい。私が赤いお湯を飲まされてきたのも、沸騰したてのお湯を使い、茶葉をたっぷりしっかりお湯の中で泳がせないと味が出ないことを知らない人が多いからだろう。味がしっかり出るまで待つ暇がない店も、多いかもしれない。
 あるとき、出張で京都に行き、泊ったビジネスホテルの部屋で日本茶を飲んだ。すると、ポットのお湯を注いで、お湯の中で備え付けのティーバッグを軽く泳がせただけなのに、何とも味わい深い味になっていてびっくりした。「京都、これはずるい」と思った。京都には地下に大きな水の層があって、水道水でおいしい水が使える。だから出汁がおいしく、豆腐もうどんもそうめんもおいしいのである。技術以前のアドバンテージがあるのだ。その味が東京で簡単に出せないのは、ヘタだからでも心がけが悪いからでもない。水の条件が違っているからだ。
 私は紅茶の味にうるさいクセに、日本茶を淹れるのが下手だ。煎茶は沸騰したお湯を少し冷まして80度ぐらいにしないとうま味が出ないが、その温度に下げる余裕がない日が多いので、ふだんは沸騰したお茶が使えるほうじ茶を使う。でも、来客にほうじ茶はないだろうと、人が来たときに無理して煎茶を使い、待たせないように焦って結局緑のお湯を出してしまうことがある。それは東京の水のせいもあるかもしれない。
 というわけで、お茶文化が発達しにくい条件が揃った東京。それでも、たまに出合う紅茶をおいしく淹れる店の人は、もしかするとすごいのかもしれない。その人は、きっと繊細な心遣いができる達人なのだ。

(第6回・了)

 

本連載は、隔月で更新します。
次回、2020年11月16日(月)ごろ更新予定