ゆるやかな性 来生優

2021.4.20

16生業、専業、不定業:定まれなさと、無名的に働くこと

 

 営業、編集者、ウェブディレクター、プロデューサー、もの書き、フリーランス、書店員……。これまでの自分を形容できそうな肩書のようなものを、ざっとあげてみた。現在はというと、思い当たるような、それといってふさわしい肩書もとくになく、アンケートやイベント申し込みの際の職業記入欄には、ひとまず「フリーランス(自営)」を選択している。「○○になりたい!」。20数年前、「将来の夢は?」と聞かれ、ものわかりよく「なりたい職業」にランクインするような、響きがよさそうな肩書を順にあげていた幼少期のわたしに「実は世の中にはそれ以外にももっとたくさんあるし、ひとつじゃなくてもいいんだよ」と教えてやりたい。このコロナ禍で増えたという「会社員」とこたえる子どもたちにも、そう伝えてみたい。

 かつての同期も今年で社会人7年目を迎え、間もなく役職研修などもはじまるという。会社を辞めていなければ、わたしも同じように、肩書がつくかどうか、昇給できるかどうか、瀬戸際の試験を受けていただろう。そんな29歳のわたしはというと、大学院進学を決めた。現時点では、厳密にはまだ学生でもなければ、いままでのような会社員でもないので、なんとも宙ぶらりんな、空白期間を過ごしている。昇進したり、結婚したり、親になったり、名前も変わったり……。いわゆるライフステージをかけあがる友人やかつての同期がそうじゃなかった側の選択をし続けてきたいち証人”として立ち現れる。生き方や働き方は人それぞれで簡単に比べようもないのだけれど、「かたやこの歳で学生だなんて、なんだか逆再生みたいな人生だよなあ」と、のんきにも笑ってしまったりもする。これまで転職を3回重ね、どの職場にいても、いつだって借りもののような自分である感覚はぬぐいきれない。旅先の空港で、一時的な、トランジットのような場所に身を委ねているような、そんな肌感覚に近い。いま思えば、いままでの仕事が適職だったのか、天職だったのかすらわからないし、誰にもわかりようもないものなのかもしれない。

 新卒で総合職として入社した出版社では、新入社員特有の無双感にあふれ、貪欲に学び、成長しようと無我夢中の日々を過ごした。書店営業で全国を飛び回り、専業編集者のようになってからは、さらに始発と終電の常連と化し、タクシーで帰宅する日もざらだった。週末には「ワークライフバランス」「女性活躍」と題するようなイベントや、大学の先輩や業界関係者が主催する飲み会に参加してみたり。いま思えば、“れっきとした何者か”になりたくて、はやく駆け上がりたくて、必死だったのだと思う。一時期からはスケジュールの空白をいかに埋めていけるか、なかばゲームをこなすかのようになっていた。いま思えば、滑稽で、小恥ずかしい気もする。

 会社員生活をかれこれ丸6年続け、大学院進学を機に退職届を出した2ヶ月後、新型コロナウイルスのニュースが世界を駆け巡った。職種別採用で入社していた転職先の上司からは「新型コロナウイルスの件もあるし、もうちょっと考えなおしてみたら?」と引き止められ、時系列を知らない仕事関係者からは「もしかして新型コロナウイルスの影響でなにかあったんじゃ……」と心配されたようで、それはもうよからぬ噂もいろいろと飛び交った。「まずは、半年間ほどは、ちょっと人生をひとやすみしてみよう」。そう思い立ち、大学院進学へ向けて試験勉強をしながら、大家さんからの紹介で、近所にある家族経営の飲食店でアルバイトをしたり、フリーランスのような感じで、在宅ワークと称して、添削や校正、コピーライティングなどの仕事もぽつぽつとしたりしていた。最近では、ご縁あって、かつての営業先でもあった店舗で書店員をはじめた。こうして、いわゆる“会社”という組織体に属さず、「○○社の来生さん」でもなく、会社員としての名をなさず、いままでより小さめな経済圏で何足ものわらじを履いてみることで、かえって窮屈な身体がほどけ、縮こまっていた感覚が解き放たれていくような、不思議な感覚を得ている。

 かく言うわたしも、そう実感できるようになったのも、つい最近のことだ。当初、退職翌日から1ヶ月ほどは、とくに働かなかった。はじめのうちは、みんなが働いている時間帯に街を歩いたり、ひとりの時間がもてたりして充足感を覚えたのも束の間、日々朝から晩まで働いていた身体は物足りなさを感じていた。むしょうに働きたくなったのだ。現実的に大学院生をしながらいままでのようなフルタイムでの正社員は難しいし、まずは入学までの約半年間となると、短期間勤務でいままでの経験が活かせそうな仕事……。そう考え、試しに派遣会社に登録してみた。職務経歴、保有資格、使用可能ソフト、OSなどを入力する。

 すると、日々編集やライティング、校正にまつわる案件紹介のメール、電話が連日連夜入り続け、早速めぼしい案件に応募して選考結果を待つ。しばらくすると、マイページの画面上に「あなたで選考中」のアイコンが表示されている。これはこれはと舞い上がったのも束の間、翌日にはなぜか「他決」表示に切り替わっていた。不思議に思って問い合わせてみると、「すみません〜。タイムラグというのか、何名ものご応募があるので、必ずしもあなた様で選考が進んでいることにはなりませんで。また別の案件へのご応募をお待ちしております。あ、来生様、女性人気が高く、ほかにもご案内したい案件がございまして……」。

 女性人気の高い案件って、なんなのだろう。一概に“女性”といえど、内実はさまざまである。わたしが女性であれば、女性人気の高い案件に飛びつくとでも思ったのだろうか。短絡的にもほどがあるんじゃ……。こんなやり取りが何度も続くと、ひとは軽く人間不信のように、ささくれだってくる。たいてい、失礼な物言いだけれど、売れ残りというのか、不人気でなかなか人が集まらないような案件について、複数の担当者から個別に重複して紹介される日々が続く。なんだか担当者のノルマのために、誰でもいいような仕事を取り急ぎ、矢継ぎ早にあてがわれるような日々に、嫌気がさしてきた。会社員時代には、在籍しているだけである程度の仕事が割り振られ、役割を引き受ける日々が常だった。一方、派遣はそんなに甘くはない。飄々とした斡旋担当者からは、履歴書に雛形として書けるようなスキルばかりをなぜか電話でも再三聞き取られ、わたしが担当してきた案件など、パーソナルな点については一切ご不要とばかりに、たずねられることもなかった。何者かになりたかったわたしも、この世界では、代替可能ななにか、でしかないのだ。よりスキル的に適任と思しき候補者がいれば、自分は不採用となるまで。いかにも、シンプルかつ合理的である。

 最近、巷では、ビジネスエスノグラフィーという言葉も聞かれるようになった。文化人類学的な調査手法をビジネスの現場で活かそうとする動きも盛んで、文化人類学を学んだひとが在籍する企業内専門チームのようなものもあるらしい。社会人経験を経て、これから文化人類学を学んでいこうとするわたし自身、文化人類学が疑義をとなえてきた向きもある資本主義的なビジネスの現場で、人類学的知見がどのような結節点になりうるのかどうかも現時点では未知数だ。会社員時代、クライアントが主導する同様のプロジェクトが度々頓挫する局面を見聞きしていたこともあり、少々懐疑的でもある。

 文化人類学では、食料や生活資源を獲得する活動は生業(subsistence)と呼ばれ、しばしば研究テーマの対象ともなる。狩猟採集社会は、現在でも世界各地に存在しているものの、20世紀初頭の時点で狩猟採集だけで生計を立てている社会は存在しないという。農耕や牧畜、交易、土産品の製作販売、その他の賃金労働などとの組合せで生計を立ているケースが多く、賃金労働者のなかには、どちらかというと娯楽として仕事に行っているひともいれば、中南米の狩猟採集社会では生活苦を理由に都市部へ移住する人たちも増加しているのだそうだ。(※1)「狩猟採集社会」と聞くと、食料獲得のために季節移動を繰り返しながら生活するため、定住度が低いと思いがちだが、必ずしもそうではない。北アメリカの北西海岸の先住民や日本の縄文人などは定住度が高い一方、イヌイットなどは頻繁な移動が多く、定住度が低いとされている。

『女の町フチタン』(藤原書店)で描かれる、メキシコのフチタン・サポテコ社会でみられる働き方も興味深い。「マリマチャ」(一般的に自身を男と思い、女を愛する女)と呼ばれる人々が、いわゆる性別分業的で、明確に棲み分けられた「男の仕事」と「女の仕事」を往来するなど、流動的な働き方が描かれている。男の仕事をしてると思ったら、はたまた女の仕事をしているときもあるというように、必ずしも固定的ではない生業が垣間見える。(※2)わたしが通うフィールド、タイでも、そのようなひとは少なくない。10年来の親交がある、東北部に暮らすペーやチェリーもそのひとりだ。「カトゥーイ」(当初は男性と思しきひと)を自称する彼女たちは、現地NGOのスタッフとして働いていたかと思えば、再訪した際にはオフィスにおらず、それぞれヘア・メイクの仕事をしたり、伝統的なタイ衣装の要素を取り入れた衣服や小物雑貨などをオンライン販売したりと、その仕事は実に流動的だ。あくまでも、そのときに自身の気持ちが向かう方に沿った仕事を選び、生計を立てているようだった。

 ペーは実家暮らしで、姪っ子の世話をかいがいしくしている。チェリーは男性パートナーと事実婚のような形をとり、夫方の家族や親戚と同居をはじめ、もう数年になるそうだ。ファッション好きのペーは、タイ衣装の着付けやヘアメイクの腕をかわれ、コロナ前には出張でバンコクへも頻繁に足を運び、著名俳優のコーディネートを担当するまでになった。タイ政府や自治体主催のイベントでは、参加者が伝統的なタイ衣装を身につける機会も多く、需要はけっこうあるのだという。東北のとある村で生まれ育ち、現在もそこで暮らす彼女は、SNSでの発信に精力的だ。次第にファンを獲得するにつれ、関係者の目にとまったことが仕事につながったそうだ。なかなか都市部への往来が難しい現在は、自宅から物販のライブ配信をおこなっているという。

 ほかにも、彼女たちの友人でもあるカトゥーイのなかには、親から引き継いだ農業を続けながら市場で店番をしたり、屋台で働きながら週末にはボランティアに参加するようなひともいる。直接話を聞いてみると、日本でよく目にする職業選択項目「会社員」「公務員」などと形容しうるような返答はほとんどなく、あんなことをしたり、はたまたこんなことも……と、複数回答が続く。なかには、話を聞いていても本業が定かではなく、結局のところ何を生業に生計を立てているのかすらよくわからないひともいる。ながらく終身雇用制度が色濃い日本で、一社に身を置き、定年まで勤めあげるおとなたちに囲まれ育ってきたわたしには、カルチャーショックそのものでもあり、なんだか肩すかしをくらったような気がして、ずいぶん気が楽になったのをいまでも覚えている。いままでわたしが思い描いていた「定職」「専業」なんて、形があってないようなものなのかもしれないと、一種の幻のようにすら思えた。

 先日発表された、「ジェンダーギャップ指数2021」(※3)。男女格差を国別に比較した、世界経済フォーラム(WEF)によるもので、日本は調査対象となった世界156カ国のうち、120位。G7のなかでは最下位だった。(ちなみに、タイは79位だった)。一応は女性として生きるひとりとして、どうにもむずがゆさを感じずにはいられない。数値的な、SDGsのような開発目標などはあくまでもひとつの手段や座標軸として、うまく活用できればそれに越したことはない。上位にランクインするのであれば、女性も働きやすい国としての見立てにもなり得るし、必ずしも悪い話ではないとも思う。けれど、その大前提には、欧米的な「男/女」「是/非」のような、二項対立が見え隠れしている。もちろん、ジェンダーギャップに起因する問題や課題は数多くある一方で、世界各国、それぞれの働きづらさや生きづらさは、必ずしも同一でも、同質でもない。それぞれ安易にはわかり得ぬ、完全には共有し得ぬ大前提のうえに、対話や改善を重ねていけるといいのかもしれない。右往左往したり、振り回されたりしすぎず、あくまでも調査結果を手がかりのひとつとして。

「“女性”らしい細やかさが〜」「“女性”らしからぬ気力と体力が〜」「女性初の○○としてこれからのロールモデルになってほしい」……。いままでお世話になった関係者のひとから、そう言われたことがある。おそらく悪気はなく、だからこそたちが悪くもあるのだが、その場は笑ってやり過ごし、ときには「女、だからじゃなくて、わたし、だからですよ〜」と冗談もそこそこにツッコめるほどには社会人経験を積んできた。昨今よく見聞きするような「ダイバーシティ推進」の名のもとに各人の個性や能力が過度に性別に回収されたり、依拠しすぎたりすることもなく、ただ、優秀なそのひとは、たまたま男だった、女だった、そのどちらでもなかった……。そんな文脈で語られるようなこれからを、わたしたちの世代から紡いでいきたい。コロナ禍でもその手腕が話題となった、オードリー・タン氏(台湾のデジタル担当政務委員で、「性別なし」との立場をとる)の活動やその立ち居振る舞いを見聞きしていても、なおさらそう実感せずにはいられない。

 わたしが新入社員時代に話題となったノマド的な働き方から、在宅・リモートワーク、ギグワークなどと、ここ数年で働き方も多層化、多様化している。数年前まで、想像しなかったような仕方や選択肢が馴染み、日常化している。一方、まだまだ職場という労働環境や、さまざまな働き方において、性別による差別や偏見、不遇などがあると、周囲からも聞く。LGBT市場をマーケットに特化した就職活動支援サービスなるものも年々増えている。いわゆるブラックな働き方をしてきたかもしれない者としても、福利厚生をはじめ、正社員以外はなかなか危うい側面もはらむ日本の労働環境が改善されることを願いながらも、来年の今頃、わたしはどこでどんな働き方をしているのか、さっぱりわからないでいる。世間はわかりやすいスキルや肩書、職業を規定したがるけれど、もしかしたら、職業や肩書もパッとでてこないような、曖昧な働き方をしていたっていいのかもしれないのだ。『逝きし世の面影』でも知られる渡辺京二さんが予備校で教鞭をとっていた際、学期最後の授業で生徒たちに送った言葉を、胸に刻む。

「しかしながら、人間というのは元々肩書のない存在だ。サルを見てみろ、サルに肩書がついているか? 職業人として肩書にふさわしい働き方をすることも大事だけど、その一方で、肩書のない自分が本当の自分であることを、いつも心の片隅に持っておいてほしい」。(※4

 肩書はたしかに居心地良く、たしかな居場所を与えてくれるような気もする。入社初日、手にした名刺を食い入るように見つめていた、わたし。一方で、わたし、は、ある意味において、代替可能ななにか、でもあるのだと気づかされた。それからの、わたし、は、そこまで自分が一手に引き受け、背負うものも、固執すべきものも、さほどないような気もしている。肩書執着、自己執着のようなものから解き放たれつつあるいまは清々しく、なんとも身軽だ。仕事に自身の性や生をあわせすぎるのではなく、自分の性や生に働き方をもそわせていくような、そんな感覚を携えて、まずは、楽しく、生きていければいいや。渡辺さんがいうような、地球に一時滞在を許された、無名の旅人のように。「当面のあいだは、無名に埋没してみよ」。そうも言われているようだ。必要とされる局面で、自分が役立てそうであれば、その時々で、できるかぎりを差し出していけばいい。この不確実性の高いご時世に、世間や物分かりのいい大人たちからはなんとも無責任でいい加減だ、楽観主義が過ぎる、とも言われるかもしれない。でも、石の上に三年ともいれない自身の定まれなさをも許容できつつある日々は、意外にもぐっと軽やかな世界へ連れて行ってくれた。ゆるかさと、しやなかさと、したたかさ。このコロナ禍に、タイや世界各地のグラデーション豊かな働き方に改めて触れてみると、二兎以上を追っても、何足ものわらじを履いてみても、案外なんとなかなりそうで、またどこか思ってもみなかった方へ連れて行ってくれそうな気もしているのだ。



タイ・チェンマイのマーケットへ続く道を。カトゥーイの友人・ペーとともに(2019年9月撮影)

 

(※1)桑山敬己・綾部真雄 編著『詳論 文化人類学:基本と最新のトピックを深く学ぶ』ミネルヴァ書房、2018年
(※2)V・ベンホルト=トムゼン編、加藤耀子・五十嵐蕗子・入谷幸江・浅岡泰子訳『女の町フチタン―メキシコの母系制社会』藤原書店、1996年
(※3)WORLD ECONOMIC FORUM“Global Gender Gap Report 2021-INSIGHT REPORT”, MARCH 2021
(※4)渡辺京二『無名の人生』文藝春秋、2014年

(第16回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回、2021年5月17
日(月)ごろ掲載