あんぱん ジャムパン クリームパン 青山ゆみこ・牟田都子・村井理子

2020.6.3

15当たり前を取り戻す(最終回)

 

突然コロナがやってきた。
いろんな不便と、不安と、怒りを抱えながら、毎日を過ごす。
私たち、これからどうなっちゃうんだろう。

でも、みんなでおしゃべりすれば、少しは気が晴れるかも。
女三人による交換日記。(今回の筆者:クリームパンこと村井理子)


牟田さん、青山さん、こんにちは。早いもので、これが五通目。最後のお便りになります。

わが家の双子の息子たちの登校が、なんと89日ぶりに再開いたしました。新型コロナウイルス感染拡大を防止するための休校がはじまったのは、3月の下旬でした。それから、夏休み2回分という、子どもたちにとっては多分、とてつもなく長い期間、休校が継続されていました。私にとっても、息子たちが毎日家にいることがすっかり日常の風景となり、最後の数週間は、彼らが学校に戻ることを想像するのが難しくなってきたほどでした。毎日顔をつきあわせ、共に食事し、散歩に出かけ、夜は一緒に映画を観る生活。こんなことが、きっちり三ヶ月にわたってわが家で繰り返されていました。もうこのまま、こんな生活でいいのかもしれない……と、根っからの怠け者の私の心がぶつぶつ言いはじめたあたりで、休校が終わるというお知らせが届いたというわけです。再び、忙しい日々がスタートしています。

私の住む町も、徐々に以前の姿を取り戻しつつあります。まるで何ごともなかったかのように、すべてが、以前のリズムで、緩やかに前進しはじめました。それぞれが様々な思いを抱えながらも、進まねばならない状況になっているようにも見えます。私はといえば、この三ヶ月間、どうしたって邪魔が入り(息子たちの連日の「腹へった!」)、なかなか進まなかった仕事を本格的にスタートさせています。息子たちがいるわが家と、いないわが家に大きな差はないのですが、彼らが学校に行っているという当たり前の状況があるだけで、私自身の心が安定しています。若干の寂しさはあるとしても。

正直なところ、喉元過ぎれば熱さを忘れる、そのものだなと思います。それでも、少しの間は忘れたい、忘れさせて欲しいという気持ちもあるのです。こんなこと、もううんざりだと腹を立て、思い切り羽を広げてやるぞと意気込む自分の気持ちにも気づいています。美しい夜の灯りが懐かしい。あの、黄金色の輝きをもう一度見たい! なんてことばかり考えてしまう日々です。

コロナ禍以降、様々なものごとを目撃しました。もちろんよいことばかりではなく、信じられないこと、腹がたつこと、悲しいこと、本当にいろいろとありました。学校がはじまり、夫も出社して一人きり(と、犬一匹)になった部屋で、そんなことを考えていたとき、学校から配布されたプリントを読む機会があったのです。そこには、「当たり前を取り戻そう」と書かれていました。学校も、教師も頑張るから、みんなで協力しあっていこうと生徒たちに呼びかけるものでした。そのときにふと、「当たり前」という漠然とした、形のない、あやふやな概念であっても、それを取り戻さなければ、前に進むことが難しい人たちがたくさんいるのではと気づいたのです。例えば子どもたちであり、お年寄りであり、生活に困難を抱えている人たちなのではないでしょうか。

コロナを経験したいま、世界はものすごいスピードで変わっているように私には思えます。そしてこれから先も、このウイルスの感染が広がるたびに、私たちは歩みを止めることを余儀なくされ、頭を低くしてじっとしていることしかできなくなるのでしょう。そのたびに私たちは悩み、怖れ、悲しみ、怒り、そして再び、緩やかに前に進む力を蓄えるのではないでしょうか。誰かにとって大切な、当たり前を取り戻すために。次の困難に備えるために。

人間の強さはもしかしたら、あやふやで壊れやすいものを信じ込むことができる部分に宿っているのかもしれません。

お二人のますますのご活躍を祈っています。そして、再び笑顔で会える日が来ますように。

 

クリームパンの村井より、親愛なるパンシスターズへ

 

(写真)静岡から届いた冷凍イチゴ。激ウマ。

 本連載はこれで終了です。ご愛読ありがとうございますした。
 7月に、書き下ろしを加え、書籍を刊行します。ご期待ください。