犬(きみ)がいるから 村井理子

2019.4.15

40愛されバディーはどこ行った?


 息子たちが無事中学に進学し、わが家に本当の意味で春がやってきたような気がする。去年の年末から、制服の採寸、教科書を入れるバッグや文具購入、その他もろもろの死ぬほどめんどくさ……いや、重要な仕事が私の両肩にずっしりと重くのしかかっていた。今はネットがあるから必要なものを揃えるなんてクリックひとつで簡単でしょうなんて思う方も多いと想像するが、二人の(注文が多い)青年の嗜好に合わせて、ひとつひとつ揃えていく作業は、親としての根性を試されているような苦行であった。
 私は甘い母親であろうか。適当に買って文句など受け付けなければいいではないかと思われるだろう。そうかもしれないと思いつつ、希望に満ちた新しい生活のスタートには、気に入ったものを持たせてあげたいと考えるのは、悪いことではないはずだ。私のなかにも多少はある、これがまさに母心ではないか。それに罪はないでしょう?(誰に聞いているのだ) 私だって、息子たちのためにと必死になりながら、ふと、一体ここまで苦労して何があるというのだと疑問に感じる時もある。同時に、これが放蕩息子爆誕の契機であったらどうしようなどと悩んだりもする。いや、本気でどっちでもいい話だな……。


 とにかく、「疲れた」のひと言だ。大金が吹っ飛んでいったのも、その疲労感に拍車をかけている。式典嫌いの私が卒業式、入学式に出席したことで、そもそも弱体化していた生命力を余分に削られてしまったのではないかとも思う。病み上がりにはキツすぎるだろう。人生の荒波、ちょっと高めじゃない? こんなに心がざわついているのは、私だけなの? あまりの気持ちの落ち込みに、美しく咲いた桜を見ても、儚さだけが胸に迫ってくるようになってしまった。そして、息子たちが連日持ち帰る大量のプリントを前に、私の脳は動きを完全停止している。
 おまけにハリーが四十キロを軽く超えてあだ名が「恵方巻き」となってしまうほど丸くなった。顔はいままで通りのイケワンだが、胴体部分はくびれゼロだ。ドッグスクールに行けば「あんなにかっこよかったのに~」と残念そうに言われ、「ボクが太ったのはボクが悪いんじゃないでちゅ~」とハリーの心を代弁してくれる方が現れ、その通り、私が悪いんスよと反省するしかない。ハリーの場合、散歩は足りていると思われるので、原因は当然食べ過ぎである。そこは人間とまったく同じで、犬だけ別の理由があるなんてことはめったにないだろう。食べ過ぎだったら与えなければいいじゃないということなのはわかっているのだが、わかっているのに太らせてしまったのには理由がある(と、言い訳したい)。
 とにかくハリーの要求は激しい。頭突きにはじまり、トイレマットを引きちぎる、布団を振り回す(それも敷き布団)、イスをなぎ倒す……とにかく一粒でもいいからドッグフードを食べさせろと人間を煩わせる。座っている椅子ごと私を冷蔵庫まで運んで食べさせろと主張する。それでも無視を決め込むと、大声で吠えはじめ、部屋の中を走り回るのだ。あの巨体で走り回ると何が起きるかというと、空き巣に入られたかな? レベルで部屋がめちゃくちゃになる。そして最終的には、全力で吠えまくる。ハリーの吠え声は本当に大きくて、真横に雷が落ちたかと思うほどだ。耳がキーンと痛み、五分と耐えられない。
 今までは、蒸し野菜やフルーツを用意してそんなハリーの要求をなんとか満たしていたのだが、先に書いた通り、ここ数ヶ月は人間の息子たちのための作業に翻弄されていた。だから、それまで冷蔵庫に鎮座していたハリー用の蒸し野菜や果物が入った巨大タッパーが、市販の犬用ジャーキーやクッキーの袋に代わっていたのである。そりゃ太りますよ。ええ、わかります。わかっています。
 というわけで、息子たちの入学がつつがなく終了し、順調に通学がスタートした先日から、再びハリーの蒸し野菜ダイエットもスタートしている。朝一番にキャベツと鶏胸肉をフライパンでたっぷり蒸して、冷蔵庫に入れておく。ゆで卵や水切りヨーグルトも準備するようにしている。暖かくなってきたので、朝の散歩は琵琶湖での湖水浴をメインにし、再び近江の黒豹と呼ばれるその日まで、鍛えに鍛えて、愛されバディーを手に入れなくてはいけないハリーである。
 私も徐々に普段の元気を取り戻しつつある。生活の大きな変化に、いつも心が負けそうになる私だが、この春もなんとか乗り切ることができそうだ。
 新しい生活のスタートに心が揺れているみなさん、私でも大丈夫だから、きっとあなたも大丈夫。辛くなったらボクの大きな顔を思い出して下さいねと、さっきハリーが言っていました。



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この連載は月2更新でお届けします。
次回は4月30日(火)掲載です。