犬(きみ)がいるから 村井理子

2020.7.31

61ギルティ・ドッグ

 

 Youtubeの人気動画のジャンルにGuilty dogs(やましい表情をした犬)というものがある。飼い主が留守中にいたずらをして、その痕跡が見つかった時の、犬たちの反応を撮影した動画だ。山ほどあるので見かけたことがある人も多いだろう。最も有名なものは、ゴールデン・レトリバーのメイシーと、ラブラドール・レトリバーのデンバーによるものではないだろうか。猫用おやつを食べてしまった二匹の犬たちに、帰宅した飼い主がカメラを向け、問いかけるのだ。

 「誰かが猫用のおやつを食べてしまったらしい。容疑者ナンバーワンのメイシー。君がやったのかい?」と、メイシーに尋ねる飼い主。穏やかそうな老犬のメイシーは、あまり反応しないものの、明らかに何かを知っている顔だ。「……君じゃないみたいだな」 
 飼い主は続ける。
 「容疑者ナンバーツー……」と飼い主が言った瞬間、カメラに映ったラブラドール・レトリバーのデンバーは、すでに自らの犯行だと自白したような姿だ。両耳を下げ、目を閉じ、尻尾を小さくパタパタと振りながら、いかにも反省した表情なのだ。
 「デンバー、まさか君か? 君がやったのか?」と問いただす飼い主に、デンバーは完全に降参しているようにも見える。前歯をムキッっと出して、まるで何かを取り繕っているようだ。まるで人間のような表情に驚いてしまう。いつもの反省部屋へ行くことを怒った飼い主に促されたデンバーは、とぼとぼと歩いていく。その後ろ姿には哀愁が漂っている。
https://www.youtube.com/user/foodplot

 これが有名になった動画の内容なのだが、デンバーだけではなく、犬はよくこの表情をするなあと思う。飼い主が怒って自分に何かを言っていることを理解した犬は、ほとんどの場合、耳を下げ、上目遣いに飼い主を見て、尻尾を細かく振ってみせる。あるいは視線を逸らしたりする。明らかに、「私は反省している」と示しているようにも見えるのだが、多くの場合、犬は怖がっているだけなのかもしれないと私は思っている。だから、ハリーが何か悪いことをしたとしても、Guilty dogs動画の真似をして、何度も何度もハリーを叱ることはしないようにしている。もちろん、叱るときはあるけれど、一度だけ、なるべく短く叱ることを心がけている。
 しかし、時には私も我を失うことがある。例えば、生ゴミの入ったゴミ箱をひっくり返して部屋中にゴミをまき散らした先日などは、ハリーに対してあまりにも甘いために菩薩と呼ばれる私も激怒した。思わず大きな声を出したのだ。「コラーッ!! ハリー、なんてことをしたんや!」と怒り散らす私に対してハリーが、Guilty dogsのように反省するそぶりを見せるかというと、全くのゼロである。フリでもいいからやったらいいのに。
 怒りまくる私をじーっと見つめるハリーは、置物かなと思うほど無表情だ。しばらくすると私からめんどくさそうに目をそらし、窓の外をしばし眺めて、フーッとため息をついたかと思うと、おもむろにドタリと横になって寝はじめる。アレッ? 反省は一切なしですか??
 あまりに無反応なのでこちらもムキになって、「ハリー、だめでしょ、ゴミ箱をひっくり返したら! こんないたずらしたら、家中が汚れてしまうじゃないか!」と大騒ぎする。しかし私がいくら必死に訴えても、米俵のように横になったハリーは大きな目をわずかに開き、ちらっと私を見て、「だから?」という表情をするだけだ。一分後には再び眠りに戻ってしまう。顔色ひとつ変えない。真っ黒だ。
 ハリーのいたずらの回数は極端に減ったものの、最近はそのスケールがアップしているように思う。ゴミ箱をひっくり返すときは、完全にひっくり返し、部屋中にまき散らす。食べものを盗むときは、盗んだうえで茶碗を割りまくる。大型犬はいろいろと大胆だし、肝も据わっているので番犬としては頼りになるのだが、飼い主としてはまったく苦労が絶えない。

 

 

 

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この連載は基本的に月2更新でお届けします。
次回は8月15日(土)掲載を予定しています。