犬(きみ)がいるから 村井理子

2021.4.1

70幸福という仕事

 

 

 私とハリーが住んでいる琵琶湖の北部地域は、積雪量も多く、冬がとても長い。京都で桜が咲いても、わが家の近所の桜並木は灰色のどんよりとした空の下で、寒そうに枝を伸ばしているだけという場合が多い。毎年、四月の下旬までストーブの燃料は欠かせないし、街が春を迎え、パステルカラーで溢れても、この田舎では朝晩の冷え込みが強く、冬用のコートをしまうことさえできない。
 冬が長いと面倒なことが多いけれど(雪かきはとてもつらいし、車に積もった雪を払うのはいつも私)、家の中で過ごす時間を充実させることができれば、楽しい季節だとも言える。なにせ大手を振って、朝から晩まで何もせず部屋で過ごしたっていいのだ。だって外は雪だもの。パジャマの上にカーデガンを羽織り、ふわふわのスリッパを履いてマグカップ片手に映画を観て何が悪いというのか。特に去年から今年にかけてはコロナ禍という事情もあって、家に籠もることに対して罪悪感を抱く必要さえない。最近ではさすがに籠もることにも飽きてきたが、寒い時期には暖かい部屋でゴロゴロしているのが健康にはいいような気もしてきた。なんでもかんでも、自分にいいように考えてもいいじゃないか。そもそもいい加減な性格だし、今は生きてるだけで合格だ。
 そんな私の相棒ハリーはご存じの通り、凍り付く湖でも平気で泳ぐような犬だが、実は暖かい場所も大好きだ。今年は長い冬を予想して新しいストーブを購入したが、到着した巨大ストーブを見たハリーは、興味津々で尻尾を振っていた。天板が熱を持たないタイプの業務用ストーブで、ハリーにとっても子どもたちにとっても安全設計だ。ハリーや息子たちが激突しようとも、壊れる気配がない。大変パワーのあるストーブのため、子ども部屋のある一階全体を一台でカバーできる。ハリーが普段寝ている二階の部屋には、天板が熱くなる(つまり料理ができるタイプで朝からおでんを煮込むのに最適な)、長年愛用の石油ストーブを設置した。ハリーはこの石油ストーブも大好きで、寒い日はそこから離れようとしない。もしかしたらおでんを狙っているのかもしれない。
 お気に入りのストーブの前で寝転んでは、手脚を伸ばしたり、あくびをしたり、ゆらゆらと揺れる炎を見つめたり、おもちゃを破壊したりして過ごしているハリーは、なんだかとても幸せそうだ。朝からストーブの前に陣取り、昼になると庭で3分ほど遊び、そして再びストーブの前に戻る。しっかり温められたハリーの体からは、えもいわれぬにおいが漂いはじめる。正直、犬が苦手な人からしたら、つらいにおいだと思うのだが、ハリーを溺愛してしまっている私は、ハリーをストーブから引き離すことが残酷なように思え、好きなようにさせている。2時間に一回は部屋の空気を入れ換え、自分の服もなんとなくにおいを嗅いで確かめ、「ま、いっか」などと言って、ハリーの頭を撫でている。いろいろとエスカレートしてきている自分に気づいているが、気づかないふりをしている。愛犬家とはこういう生きものなのかもしれない。
 ハリーがあまりにも欲望のままに過ごしているため、自分も仕事をするのが馬鹿らしくなってくるときもある。朝から晩まで、うとうと、あるいはガサゴソ、やりたい放題だ。去年購入したばかりの私の毛布は、もうすでにビリビリに破られている。破っただけならまだしも、丁寧に、長時間かけてしっかりと奥歯で噛まれ、もうなんだかわからない布の塊になっている。それでも私はハリーを叱ることができなくて、結局一冬、その汚いボールみたいな塊になった毛布を使って過ごした。
 最近は午後になると暖かく、私がベッドの横の窓を開けて、春の風を部屋に入れてくつろいでいると、ハリーは待ってましたとばかりにお気に入りの「ぴちぴちまぐろ」という動くおもちゃを持ってやってくる。ベッドに飛び乗り、私の足の上にどかっと座って、上機嫌で、ぴちぴちまぐろを振り回す。私が見ていないと腹が立つようで、鉄球のように黒くて重い前脚でドガッと私を押してくる。仕方ないなあと見てやると、満足そうに表情を和らげ、そしてやがてガーガーと昼寝をしてしまう。すごく重い。
 冬でも春でも、どんな季節でもハリーはマイペースで生きている。かわいい存在として元気で暮らすことが彼の仕事だ。うらやましいことこのうえないけれど、ハリーが話すことができたらきっと「あんたのお世話も大変だよ」と言うのではないだろうか。そんな顔をしているときがある。

 

 

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うっかり食べ過ぎて近江牛みたいに太った「イケワン」ハリー。
丸くなって眠るさまは、まさに恵方巻。
愛されバディを取り戻すその日まで、理子さんは今日も奮闘!

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本連載は、毎月第1、第3週木曜日に更新します。
次回は4月22日(木)掲載を予定しています。