おじさん酒場 山田真由美・文 なかむらるみ・絵

2015.10.7

10抱擁するおじさん

 きゃべ玉と男梅サワー[まるよし・赤羽]

 

 

 生まれ変わっても女がいいと思うけれど、男を羨ましく思うこともある。心底認め合った男たちは、多くを語らずとも精神的につながっているようで、女には立ち入れない神聖な領域という気もして。
 以前、ある男友だちが誤解からあらぬ噂を立てられたとき、サッパリしたつきあいに見えていた別の男友だちが全力で彼をかばい、火消しに回っていた。その様子を見て、これが男の友情というものかと感心した。言葉を通じて価値観や気持ちの共有をしていたい女同士と違って、男たちは、こいつと決めた相手とは黙っていても、信頼関係で結ばれているのだな、と。
 ちなみに、私的男の友情作品ナンバーワンは映画「昭和残侠伝」シリーズの第7作「死んで貰います」(1970年、マキノ雅弘監督)。高倉健と池部良の師弟関係を超えた男と男の契りは、惚れた者同士だけが放つ濃密で張り詰めた空気に満ちていて、ふたりが見つめ合うシーンなど、これは友情というより恋愛映画だ! と痺れまくってしまうのであります。

 いま、私の目の前で健さんと池部良が肩を寄せ合って何やら話し込んでいる。
「おぅ姐さん、酒1本つけてもらおうか」
 兄貴分の池部良がお銚子の首を持って店の女性に声をかけ……っていうのはもちろん妄想。でも、そんなイマジネーションが膨らんでしまうくらいにラブラブのおじさんふたりがコの字カウンターの向こう岸で親密な酒を酌み交わしている。ひとりは麦わら帽子に銀縁眼鏡。明るい色のボタンダウンが若々しいが70代かな。もうひとりは、相手より年若く見える。スキンヘッドに薄いモスグリーンシャツ、バッグは斜めがけにしたままだ。酒場の喧噪に紛れて会話は聞こえないが、ときおり、スキンヘッドおじさんが麦わらおじさんの肩をぐっと抱くように組んでいる。健さんと池部良は言い過ぎだが、信頼し合っている様子が、ふたりの距離感から伝わってくる。
 ここは北区赤羽。奇っ怪な人物やシュールな物体が次から次に登場する痛快マンガ『東京都北区赤羽』(清野とおる著)の舞台でもあり、昼酒、いや朝っぱらから堂々と酒が呑める左党たちの聖地でもある。
「まるます家」「いこい」「丸健水産」など有名店も多いが、いくらメディアで注目されても辺境の空気が漂っていて、私はそのサブカル感を愛している。
 東口駅前の「大衆酒場まるよし」は、流儀やこだわりなど“型”のある居酒屋とは真逆の気楽さ。褒め言葉として「ざっかけない酒場」と言いたい店だ。ざっくばらんで、何の気構えもいらないということだ。
 すきっとした白い暖簾をくぐれば、20人以上は座れるコの字カウンターと小上がりの座敷。酒場劇場を鑑賞したい私は、いつもカウンター席に混ぜてもらう。入って左手側は壁が近い。おなかの突き出たおじさん連中は通るのに難儀しながら、先客たちに「すみませんね」と断りながらようやく席についている。多少ぶつかってしまってもご愛敬。笑顔でどうぞどうぞとやれるのは、「コの字」の小宇宙によって生まれる共同体意識のおかげに違いない。
 両壁には80円から始まり値段ごとに並んでいてわかりやすい品書きがずらり。2時半の開店とともに、年金暮らしと思われる初老のおじさんたちがふらっとやってきて、テレビやスポーツ新聞を眺めながらぼんやり呑んでいる。早い時間は、たいていひとり客だ。が、寡黙に酒と向き合う孤高なタイプではない。コの字内側の化粧上手なエプロン姐さんにちょっかい出したり、注文に迷っている一見客に「ここはきゃべ玉だ」などとお節介を焼いてくれるおじさんが多い。これも赤羽の土地柄か。
 壁側のカウンターからは、コの字の対岸のおじさんたちが丸見えだ。ピンおじさんばかりのなかで、スキンシップ多めの健さん良さんコンビはカップルにしか見えない。
「いや違いますね。おじさんってよく肩たたいたり、手を握ったりするんですよ」
 瓶ビールをつぎ合い、一緒にきゃべ玉をつついていたるみ画伯が教えてくれる。大学生のときからおじさん観察を続けている彼女の見立てだ。間違いなかろう。なるほどなあと、うなずいてきゃべ玉を頬張る。たしかに酒場のおじさんたちはよくじゃれあったり、ちどり足で肩を組んで帰っていったりしてるもんな。

「ホッピー もつ焼きの店まるよし きゃべ玉 煮込み」
 看板に堂々書かれているように、きゃべ玉はこの店の名物。ザク切りのキャベツと卵を炒め塩コショウで味つけした、朝ごはんのような一品。好みで、醤油やソースをかけてどうぞ、という配慮からだろう、まことに控えめでやわらかな味わいだ。ひとり客向けに「きゃべ玉小」があるのもニクイ。

 瓶ビールと串かつを追加する。きゃべ玉が西の横綱なら、東の横綱には串かつを挙げたい。春の陽気のようなふんわり心地のきゃべ玉とは真逆。囓ると痛いくらいの衣に、包まれているのは分厚い肉塊。きゃべ玉でホッと癒やされたのち、串かつの衣と肉脂で口角を汚しながら、ビールやホッピーをぐびぐびと流し込む。これぞ、まるよしの愉しみ方なのである。

 それにしても、ラブラブおじさんたちはよく呑むこと! ひたすら燗酒を差しつ差されつ。時間がたつごとに、「お〜い、もう1本」と頼むペースが上がっている。つまみはほとんど食べていないようだ。
「うへぇ。おじさんたちすごい呑みますね。見てるだけで酔っ払いそう」
 頬を染めて目をぱちくりさせているるみ画伯(見た目年齢12歳)に、「あらぁ。お嬢ちゃん未成年じゃないわよね?」おかっぱ髪にミニスカートの看板姐さんがジャブを繰り出す。「えー、もう30過ぎですよぉ」正直に答えるところが彼女の初々しさだ。
 酒の追加を逡巡していると、「バイス、おすすめよ。シソ梅の甘酸っぱい味。色もカワイイからお嬢ちゃんにぴったりね」、看板姐さんが娘に注ぐようなまなざしで教えてくれる。そうだった。この姐さんはどんくさい店員にキレたり、泥酔客を叱ったりする一方で、ひとりで来たとき、「おひとりさまでも大丈夫」とウインクしてくれちゃうような、ツンデレ姐さんだった。
「男梅サワーって甘くないですか?」
「甘くないわよ〜。梅干しのすっぱさが効いていて人気よ」
 甘さに怯え、酸味に安心する私にはもってこいだ。
「はい、バイスイチ〜。俺梅イチ〜」
 元気いっぱいに注文を繰り返すツンデレ姐。「俺梅」って呼ぶのね。
 やってきたバイスと俺梅はおじさんたちもよく呑むらしいが、薄い赤紫色は乙女カラー。恐る恐る口に含むと、姐さんの言うとおり甘くない。梅干し、それも塩を吹いてシワのある梅干しの渋さがある。うまい。バイスを選んだお嬢ちゃんも「体によさそう」と満足げだ。

 店内は空席ができたと思ったら、いつの間にか別のおじさんで埋まる、の繰り返し。まるで各駅停車列車で長旅をしているような気分になってきた。まだ1時間ちょっとの滞在だけれども、ほかの客の引けが早いのだ。
 最初からずっと居るのは私たちと、トイメンの健さん良さんコンビだけになった。ふたりは周囲などおかまいなしに、ガラケーで何かを見せ合いっこして目尻を下げている。
「孫かペットの写真ですね」
 るみ画伯、別名おじさん博士がつぶやく。なんでも、おじさんと仲良くなるには、犬とか猫とか飼ってませんか? とペットの話から入るといいのだそうだ。写真を見せてもらったりするうちに、仲よくなったら「お孫さんは?」と切り出す。お孫さんがいないひともいるからペット話が無難なのだと。ペットも孫もいなかったら? と後から思ったが、とにかく会話の糸口をつくれれば話題はなんでもいいということだろう。バイスと俺梅をそれぞれ追加し、しばし、おじさんキラーのるみ氏から仲良くなる秘訣を教わる。
「あらぁ、○○さん、お帰り? 久しぶりだったわよねえ」
 看板姐の声でハッとすると、仲良し二人組が席を立って帰るところだった。スキンヘッドのおじさんは焼き方の兄さんに「からだに気ぃつけてな」と手を差し出し、握手をしながら相手の手の甲をポンポンとたたいている。
 彼らはこのあとどうするのだろうか。外はまだ明るい。もう一軒行くのなら、この先も見届けたい。私たちも急いで勘定を済ませ、ふたりを追うことに。慌てて店を出ると、西日で影が延び、街が夕焼け色に染まりはじめていた。
 おじさんたちは店からすぐのところで立ち話をしていた。久しぶりの再会だったのだろうか。話し込んでいていつまでたっても別れない。が、もう一軒、の気配もない。一度、じゃあと手を振るものの、どちらともなくふたたび話が始まり、抱擁と肩組みのエンドレスループ。長い単調なシーンにジリジリしていると、果たして30分は経っただろう。ようやくふたりは別々の方向へ歩き出した。スキンヘッドは駅のほうへ。麦わら帽は商店街のほうへ。

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 それぞれ独りになったふたりは、すっと自分の世界に戻っていった。あんなに親密にしていたのに、幕切れは意外にもあっけなかった。これが男同士の酒、ということか。
 二軒めに行こうか。さっぱりとはいかない私たちは歩き出す。
 どこからともなく心地よい夕風が吹いてきた。

大衆酒場まるよし

東京都北区赤羽1-2-4
電話:03(3901)8859
営業:14:30〜23:30 日曜休

東京屈指のせんべろ酒場の聖地、赤羽のなかでもトップを争う安さ。JR赤羽駅東口至近にありながら、有名な「まるます家」などに比べるとマイナーな存在。某有名酒場番組に取り上げられても変わらぬ空気と価格帯を守ってくれているおかげで、安心して毎日通いつづける常連も多数。瓶ビール大600円、サワー各種350円(種類がめっちゃ豊富!)、日本酒大300円〜。もつ焼き各80円、きゃべ玉330円(小180円)、串かつ1本210円、にら・ほうれん草おひたし210円、カレールー310円(酒のつまみでイケます)、まぐろ山かけ410円など、ご覧のとおりのせんべろ天国!

 

 

(第10回・了)

 

この連載は月1でお届けします。
次回2015年11月20日(金)掲載