おじさん酒場 山田真由美・文 なかむらるみ・絵

2015.3.4

04ニット帽なおじさん

 トリ貝ぬたと貝の盛り合わせ[志婦や・浅草]

 

 

 年が改まった晴れやかさは、新年の数日だけのものだ。
 きっちりアイロンがけをした白シャツに袖を通し、浅草・浅草寺へ向かった。清々しい冬の冷気に包まれ、お詣りを済ませると、浅草観音通りの「志婦や」をめざす。
 藍の暖簾に染め抜かれた「魚」「貝」「鳥」の文字。昭和33年から家族で守りつづける、浅草になくてはならない宝のような酒場である。
 店の前まで来ると、煙出しの窓越しに手ぬぐい鉢巻きの兄さんが焼きものに集中している姿が見えた。いつもの風景に頬がゆるむ。

 木枠の引き戸を開けると、四時半の暖簾上げからたいして経っていないのに、満席状態。油断した。後悔したが、すぐに白髪の上品な女将さんに、
「おひとり?」
 訊ねられ、うなずくと、かろうじて一つあいていたカウンター席に案内された。

 相変わらずご繁盛ですね。腰を下ろして鉢巻きの兄さんに声をかけると、
「今日が初日なんですよ」
 正月から好きな店の営業初日に来られるとはめでたい。
 一点の曇りなく、ピカピカに磨き抜かれた厨房。もとは魚屋だったこちら。いつもなら、透き通るガラスのネタケースに、仕込みの丁寧さがひと目でわかる魚介や鶏肉などが大切そうに並んでいるが、河岸がまだ開いていないのだろう。数は少ない。でもいいのだ。なんでもあるより、限られているほうが、ひと品、ひと品、吟味する楽しみが増すというもの。
  ラベルに「慶祝」と入ったキリンラガーに、つきだしの昆布巻き(お正月だなあ)でひといきつく。
 げそ焼、焼きはまぐり、さざえ(刺、焼)、たら子、なす焼き、ぬた、手羽先、厚揚げ、つくね、やきとり(モツ、肉)、いたわさ、丸干、鯵塩焼き、小鯛塩焼き、みそ豆……。頭上に整然と掲げられた品書きを右から左へじっくりと眺める。刺身類は手元の板紙だ。
「ぬた、お願いします」
「マグロとトリ貝、どちらにしますか?」
 和えものを至高のアテとする酒飲みにとって、2種のぬたがあるとは贅沢だ。
「じゃあ、トリ貝で!」

 ワカメ、ごくごく薄い胡瓜、白ネギ、貝をまとめるぬたもとは、なんとも上品な白味噌風味。酢や辛子は控えめだ。さっさと瓶を空にして、菊正宗のぬる癇をお願いする。酒は、初代の息子さんの代になってから魚介を中心とした酒肴に寄り添う純米酒が各種揃うように。この日も、〆張鶴、酔右衛門、伯楽星、秋鹿、神亀など充実していた。でも、一月の厳しい寒さで冷えた体にはやはり燗酒がいい。
 冬といえば、の煮こごりをお願いし、しばし店内を眺めやる。
 カウンター奥の小上がりは座敷に4卓据えられており、以前、こちらに案内していただいたとき、靴を脱いで膝を曲げると、まるで実家に帰ってきたかのような居心地のよさを感じた。地元の常連さんだろうか。新年会の晴れやかな雰囲気で盛り上がっている。
 そういえば、区議会議員選挙が近い時期に訪れた際、候補者の人が挨拶まわりにやってきて、客ひとりひとりに「お願いします」と握手をする光景に出くわしたことがあった。
 別の日には、キャスケット帽が粋な永井荷風に似た紳士に、「俺は50年、通っているよ。お嬢さんが生まれるうんと前のことだ」と教えられ、80代の自分が同じ酒場で飲んでいる風景を想像してみようとしたが、うまく浮かばなかった。
 半世紀、通える店があること。店側にとってみれば、それだけ長い年月ついてくれる常連がいること。それは決してよくある情景ではない。ひとと店が築き上げてきた歴史の重みに、ため息が漏れた。

「よく来られるんですか?」
 ひとり感慨にふけっていると、ふいに右隣から声をかけられた。
 毛糸の帽子を被ったおばあちゃまだとばかり思っていたひとり客は、ごま塩風味のおじさんだった。
 よく、でもないのですが、浅草に来たら必ず寄りたくなります。
「こういうところに女のひとがひとりで来るなんてすごいなあ」
 以前、仕事の先輩に連れてきてもらってから気に入って、ひとりのときもありますが、だれかと一緒のことが多いですよ。でも最近は、女性で“ひとり酒場”、ってそれほど珍しくないかもしれません。私のような女性客をたまにですが見かけます。
「へぇ、時代は変わったものだな」。男より女のひとのほうが元気だもんな、とひとしきり感心していたおじさんは、この店に来たのは初めてだと言う。
 意外だった。なじみ客の多くが貝の盛り合わせを頼む志婦やで、このおじさんも同じものでビールを飲んでいたからだ。店のカウンター席にもしっくりなじんでいる。そう伝えると、「嬉しいな。貝が好きなんだよね」と笑顔になった。少年のような初々しさがのぞき、最初は70代かと思っていたが、意外とお若いのかもしれない。
 私も貝、好きです。お酒がすすみますよね。
 言いながら、女将さんに同じ貝の盛り合わせを1人前お願いした。
 トリ貝、赤貝、ホッキ貝。
 貝自体に塩気があるから、醤油はいらない。ワサビをちょんと乗せて口に入れると、凝縮した磯の香りがぷんと鼻に抜ける。「菊正」の銘が入った1合徳利はまたたく間に空になった。

 おじさんは、どうやら話好きのようだ。貿易の仕事を長く続け、オーストラリアに6年住んでいた。100円ライターを初めてつくった会社なんですよ。生まれは横須賀。今日は墓参りに来た帰りで、たまたま見つけたんです、ここを。と教えてくれる。定年退職して、いまは年金暮らしだとも。
「正月から、なんだか嬉しいな」
 華やいだ声でそう言うと、
「一杯、注がせてください」
 ニット帽をかぶったまま、追加した菊正宗を猪口についでくれた。私も、では、とビールをグラスに注ぎ返す。自然と乾杯。
「あなたにとって、いい一年でありますように」
 おじさんはそう言って皺のある手で持ったグラスを私の猪口と合わせた。優しい微笑みとともに。私は、一瞬、戸惑った。ほんの数十分、たまたま隣り合わせただけの相手に、そんな親しみのこもった言葉を、さらりと言えるって。社交辞令は感じなかった。いやらしさもない。
 不意打ちの、くすぐったい温かさだった。
 おおらかで無邪気。そしてロマンチスト。
 ニット帽のおじさんはそんなひとだった。
 考えてみると、これらは酒場で出会うおじさんの共通点かもしれない。
 組織や仕事や家庭から離れ、素の自分に戻ったおじさんたちは途端にイキイキと伸びやかになり、いい顔で酒を呑んでいる。かつて“おじさんの聖地”であった大衆酒場に女性がやってきても、おおらかに迎え入れてくれ、これを食べろ、あれを呑めと教えてくれる。そのうち、身の上話をしてくれるおじさんもいたりして。彼らに共通しているのは、ロマンチストだということ。おじさんたちは陽気に呑んでいても、どこか哀しみや感傷の気配がにじむ。なぜだろう。
 背中をまるめて、お猪口に口をつけているニット帽のおじさんをとなりに感じながら考えをめぐらせているうちに、いや、私だって端から見たら同じかもしれない、という気がしてきた。
 男も女も関係ない。酒は、ひとの内にあるさみしさを連れてくるものだと思うから。

志婦や

東京都台東区浅草1-1-6 
電話:03(3841)5612
営業:16:30〜23:00(日・祝15:30〜22:30)月曜休

昭和33年から続く浅草の古参居酒屋。初代から三代目の現在まで、ずっと渋谷さん一家で切り盛りするから「志婦や」。子どもたちが「ただいま〜!」と学校から帰ってきたり、閉店時間近くなると片付けを手伝う姿に、目尻を下げるいぶし銀の常連客多し。メニューに値段はないが、どれもまっとうな酒場価格なのでご安心を。ビール大瓶650円、菊正宗470円、焼鳥1本210円、大豆の水煮に青海苔、醤油をたらりの名物、みそ豆もぜひ。