ソウル、オトナの社会見学 大瀬留美子

2020.5.7

12ソウルオリンピックを感じる街歩き

 

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、1年延期された2020年東京オリンピック。現在の状況が一日も早く収束に向かうことを祈りつつ、今回は1988917日から102日に開催されたソウルオリンピックを取り上げてみようと思う。ソウルオリンピックは韓国では「88(パルパル)オリンピック」として人々の記憶に残っている。2018年に第23回冬季オリンピックが江原道(カンウォンド)の平昌(ピョンチャン)で開催され無事に終わったが、この年はソウルオリンピック開催30周年を迎える年でもあった。ソウルオリンピックのキャラクターであるホドリの生誕30周年記念イベントや記念展が開かれたり、ドキュメンタリーが製作されるなどちょっとした盛り上がりを見せた。
 ホドリはトラの子ども(男の子)をモチーフにした親しみやすいキャラクターで、デザイナーのキム・ヒョンが担当した。その優れたデザインはレトロブームもあいまって、ソウルオリンピックを直接知らない若者も魅了しグッズのコレクターも多いという。また、ホドリがデザインされたコップやグラスなどで、飲み物を提供するカフェやレストランも若者を中心に人気だという。国を挙げての一大イベントだったソウルオリンピックの痕跡を求めて、歩いてみることにした。

 

オリンピック公園
 日本人観光客にも人気のある「ロッテワールド」や、「ロッテワールドモール」と同じ蚕室(チャムシル)に位置するオリンピック公園は、ソウルオリンピックを控えた1986年に造成された広大な公園だ。敷地内にある競技場は、現在コンサートやイベント会場として利用されている。地下鉄8号線夢村土城(モンチョントソン)駅、地下鉄9号線漢城百済(ハンソンペクチェ)駅、地下鉄5・9号線オリンピック公園駅と3つの駅からアクセスが可能だ。夢村土城は三国時代の百済が漢城(ハンソン、現在のソウル)を都としていた時期に築城された城郭で、公園内にある漢城百済博物館でその歴史に触れることができる。夢村土城駅を出ると、韓国の有名な建築家金重業(キム・ジュンオブ)が設計したソウルオリンピックのシンボルとも言うべき世界平和の門がある。その近くにソウルオリンピック記念館があり、ホドリとホスニ(こちらもキャラクターで女の子バージョン)の人形が入口で出迎えてくれ、さまざまなソウルオリンピックグッズを見ることができると聞いて向かった。しかし、残念なことにリニューアル工事中(20209月までの予定)のため、中に入ることはできなかった。
 公園内でホドリを見つけることはできるのだろうか。ホドリ列車という園内を走る観光列車はあるが(20204月現在運休中)、ホドリのデザインはどこにも入っていない。次はソウルオリンピック参加国の旗が並ぶ平和の広場へ。史上最多の160カ国・地域が参加したことでもソウルオリンピックは話題になった。湖とともに弧を描く壁にソウルオリンピックにまつわる様々な記録が刻んである。よく探してみるとホドリが。ソ連(ロシア)や西ドイツ、東ドイツなどという参加国の国名から時代の流れも感じられる。



オリンピックプラザ商店街が面白い
 オリンピック公園駅の12番出口を出ると大きな広場があり、独特なかたちをした建物が見えてくる。カーブを描くアーケード「オリンピックプラザ商店街」は、地下1階から2階まで商店街になっており、スーパー、食堂、ファーストフード店、カフェ、そしてすぐ近くの団地住民らが通う各種病院、塾などが入っている。放射状に広がる団地はソウルオリンピックの選手・記者村として造成されたもので、「オリンピックプラザ商店街」は選手会館として建てられたものだ。
 選手会館の地下にはディスコフロアが、12階に選手食堂があり、ロッテホテルと新羅ホテルのシェフら50数名がビュッフェスタイルの食事を24時間体制で準備、4200人収容可能。ロッテショッピング運営の免税店や韓国観光公社のおみやげフロア(一番人気はやはりホドリグッズ)、美容院が選手らに人気などと当時の新聞に書いてある。ちなみに、この商店街の中にあるセブンイレブンは韓国で初めて出店したコンビニエンスストアとして知られている。
 オリンピック終了後は食堂街として使用されていたが、 ショッピングセンターとなって現在に至る。転落や落下事故防止のためネットが張られ、空間の使い方もだいぶ変わっているため選手会館だった面影はないが、店名にオリンピック、88という言葉を使ったところが何ヶ所かあるのは面白い。町名はオリンピックにちなんで五輪洞(オリュンドン)。芳荑洞(パンイドン)が管轄する行政区域のひとつである。商店街は2019年冬に再建築計画が持ち上がり、入店主の8割が賛成があれば実行されるそうだ。選手村だった団地街も再開発をめぐっていろいろな意見が出ているという。

 

まちなかでホドリを探せ!
蚕室総合運動場はソウルオリンピックのメイン会場だったところ。現在もソウル市主催の体育行事やサッカーおよび野球の試合のほか、大規模なコンサートも頻繁に開催され今もなお現役である。開会式や閉会式の会場になったオリンピック主競技場は1984年9月に開場した。設計はこちらも韓国を代表する建築家金寿根(キム・スグン)が担当。空間社屋(金寿根の建築事務所)のメンバー60人と共同で設計したメインスタジアムは白磁のフォルムのような曲線美、コンクリートの重厚な質感と正門ゲートのカラフルな五輪マークが大変印象的だ。ゲート前の地面には大きく描かれたホドリ。少々離れないと全体が見えないほど大きい。近くにはオリンピック展示館があり、ここにもホドリの人形がある(20204月現在休館中)。野外には韓国のオリンピック選手を紹介するパネルや、総合運動場で行われた動員数の多いコンサートの記録、さまざまなモニュメントがあるので、ゆっくり見て回るのもよいだろう。


 地下鉄2号線総合運動場駅と蚕室駅の間にある蚕室セネ駅周辺は、古いマンションと高層マンションが建ち並ぶ大規模なマンションエリアになっている。あるマンション街の敷地内に889296年のオリンピックキャラクターの石像が並んでいると聞きつけ、さっそく現場に向かった。一生懸命探したが撤去されたのか像は見つからなかった。しかし、マンション街入口にホドリのイラストを発見。車道沿いの歩道にもホドリがいた。


 ホドリに会えるところはどこだろう。有名な場所として、地下鉄2・4・7号線東大門歴史文化公園駅が挙げられるだろう。サッカー競技が東大門運動場(かつて東大門デザインプラザの場所にあったスタジアム)で行われたのが関係しているのか、駅構内にさまざまなスポーツを楽しむホドリのイラストを見ることができる。4号線のプラットフォームの壁にタイルで描かれたホドリがあったそうだが、スクリーンドアの設置で見えなくなってしまったそうだ。駅名も変わり、駅構内のイラストは駅全体のリニューアルでなくなるのではと心配する声もあったがしっかりと残っている。
 インターネットで検索すると、ソウル市内の学校の片隅にオリンピックを記念したコーナーが設けられ、人形やポスターなどが飾られているところがあるということはわかった。ソウル西部上岩洞(サンアムドン)ソウル日本人学校にもホドリのイラストが入った白磁のつぼがある。有名な日本人サッカー選手のサイン入りユニフォームと共に一緒に展示してあるが、学校を出入りする関係者の目に入ることはほとんどないかもしれない。
 街を歩いていると、ホドリに似たイラスト入りの段ボール箱や30年以上続くお店の入口に色あせたホドリのステッカー(ソウル模範食堂のステッカー、なおオリンピック開催の年にソウル市内で清潔な店として選ばれた店が50店あった)を見つけたりする。古いお店の軒先についている公式スポンサーの看板にホドリがいる。ホドリという単語の入ったお店も結構ある。ソウルオリンピックの痕跡を探そうと思うとなかなか目に入ってこないが、意外にソウル市内には残っている。

 

(第12回・了)

この連載は今回で終了です。この原稿を元に書き下ろしを加えて、単行本化いたします。どうぞ、楽しみに。連載をご覧いただき、ありがとうございました。また、お会いしましょう。