猫と詩人 佐々木幹郎

2019.3.20

13大家さんと猫


 わたしがいま住んでいるアパートの大家さんのことである。彼女はいまも現役のシャンソン歌手で、昔、銀座七丁目にあった日本で最初のシャンソン喫茶「銀巴里」のコンクールで一等になったこともある。三輪明宏、戸川昌子、金子由香里らがデビューし、三島由紀夫や吉行淳之介、寺山修司などが出入りしていた。銀座七丁目にはいまでも、「銀巴里跡」と記した小さな碑が立っている。一九五一年から九〇年まであったお店だ。
 大家さんは以前にも書いたことだが、美智子皇后と同い年である。平成という時代の最後の月になるので、美智子さんを「皇后」と記すのも、これで最後だろう。大家さんは某電機会社の重役の末娘として生まれ、小さいときから歌が好きだった。高校時代からシャンソンを歌い始め、そのとき同級生だったのが正田美智子さんだった。成績抜群でスポーツもうまく、ピアノも上手だった。高校時代は美智子さんを専属ピアニストにして歌っていたという。
 十数年前、引っ越し先を探していたとき、大森駅前の不動産屋の店先の張り紙で、いまのアパートを見つけた。わたしが理想としていた部屋の広さではなく、ちょっと狭かった。まあこれは無理かな、と思いながら、念のために現地を訪ねたのだった。住所をたよりに現地まで行ったのだが、どこにもアパートらしきものはなかった。番地通りの場所には、道路に面して大谷石を積み上げた高い壁があり、その壁には赤い鉄の扉があった。何も書いていない。個人の住宅の裏扉、という雰囲気だった。わたしがうろうろしていると、いきなりその扉が開いた。かっぷくのいい老女がそこにいた。それが大家さんだった。
 扉の向こうに地中を掘ったレンガの階段が上に続いて、その途中に中庭があり、さらに階段を登ると広いベランダ付きの部屋があった。ここは二階で、一階に大家さんが住んでいるのだ。もともとは二階建て住居だったのだが、大家さんの母親がシャンソン歌手になった彼女の行く末を案じて、三階建てにし、二階と三階をアパートに改造したのだった。
 その二階の部屋を見せてもらったのだが、高台にあるので窓から見える景色もよく、部屋も綺麗だった。しかし、案の定、この広さではわたしの蔵書が入らないとすぐにわかった。断ろうと思った。いつ切り出そうかと迷っていたら、大家さんはわたしの職業を聞いてきた。こんなとき、「詩人です」などと言うと、これまでたいてい断られた。収入不安定だと判断されるからだ。他にも予約されている方がおられて、と言われるのだ。だからわざと断ってもらうことをねらって、「詩を書くのが仕事です」と正直に言った。
 「どんな詩? 歌謡曲?」
 「いいえ、現代詩です」
 それを聞いて、大家さんはしばらく黙った。そして、
 「あなたは、ここに住むべきです」
 わたしの眼を見て、宣言するように言ったのだった。驚いて、でも、ここでは狭すぎてわたしの本が入らないのです、と言うと、
 「ニンゲンには、モノの捨て時というものがあります。いまがそのときです」
 と言うのである。
 わたしがなおも迷っていると、「ちょっと待って」、と言って彼女は一階に降り、大きなアルバムを持ってきた。彼女の小学時代、中学、高校時代、そして日劇ミュージカルのダンサーとして、踊り、歌っていた時代、「銀巴里」時代、というふうに、若いときの彼女の写真がたくさん貼られていた。一枚ずつ説明を受けながら、わたしは、ふと、
 「若いときは、綺麗だったんですね」
 と、洩らしてしまった。
 彼女はその言葉を聞いて、憤然として、こう言ったのである。
 「若いとき? わたしのモットーを言います。名もなく、貧しく、美しく!」
 最後の「美しく!」は、シャンソンの歌詞のように朗々とした声だった。
 わたしは笑い転げ、このときから、彼女のマインドコントロールに入ってしまったのだった。わたしは結局、彼女と契約した。部屋に入りきらない大量の本を古書店に売り、捨てることができない本を友人に頼んで保管してもらい、何とか部屋に入るだけの本を残した。
 中庭は手入れがされず、荒れ放題だったので、樹木の枝を切ったり、水仙やチューリップを植えたりした。秋になるとケヤキや紅葉の木から大量の枯葉が道路に落ち、春になると梅の花が落ちる。日々、道路の枯葉や花びらの掃除するのもわたしの役目になった。大家さんは、夜と昼が逆さまの生活をしていて、なんにもしないからである。
 あるとき、中庭の隅に小さな小屋があって、その窓辺にツタがまとわりつき、その先端が部屋の内部にまで入り込んでいるのに気づいた。大家さんに聞くと、小屋の中には昔からの彼女の舞台衣装が収められてあるという。「十年くらい開けたことがないわ。見るのが怖い」と言う彼女に、掃除をしましょう、と言って鍵を開けてもらった。
 驚くべき光景があった。何百着かの派手な舞台衣装が、透明なビニールシートをかぶせられて部屋一杯に吊り下げられ、その上に窓から入ってきたツタが、うねるように巻きついて、衣装の上で葉を繁らせていたのだ。見たことのない、シュールな光景であった。
 「ニンゲンには、モノの捨て時というものがあります」と、わたしに言ったのは、誰だったのか。
 わたしがそのことを言うと、「モノって、なかなか捨てられないのよねえ」と、大家さんはのうのうと答えたのである。
 そういうヒトだから、野良猫たちが中庭で遊んでいても、二階のベランダを通過しても、一階の天井裏で子猫を産んでも、まったく気にしないのだ。ひょっとしたら大家さんは「大猫」か。いまも、ツイラク・ミーちゃんは、ときどき大家さんの縁側で寝ている。


(第13回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年5月5日(金)掲載