猫と詩人 佐々木幹郎

2019.8.20

20猫の記憶

 

 今年の夏の暑さは全国どこでも悲鳴をあげるほどで、東京は毎日三五度を超え、四〇度近くになる日もあった。朝起きると窓から熱風が入ってくる、と歎く声が聞こえ、カーペットに足をつけるとまるで暖房スイッチを入れたような温度になっていた、という友人もいた。
 というふうにヒトごとのように書いているのは、わたしはその間、浅間山麓の山小屋にいたからである。標高一三〇〇メートルの山小屋では、ほぼ二三度の気温。つねに気持ちのよい風が吹いた。ときおり大雨が降り、雹(ひょう)まで降る日があった。
 それでも、今年の暑さは異常だ、と村のキャベツ農家の知人は言った。七月までは大雨が続き、キャベツの根が腐った。それが過ぎると猛暑が続き、キャベツの玉が小さくしか育たない。おまけに雹である。育てたキャベツの三分の一は、捨てなくちゃならない。こんなことは初めてだよ、という。
 わたしは七月末から八月中旬まで、一七日間、山小屋にいた。こんなに長く山小屋で過ごすのは珍しい。長期間の留守なので、出発する前、ツイラク・ミーちゃんを山に連れて行くかどうか迷ったが、猫は冬の寒さよりは夏の暑さに強い。三階の猫好きの若夫婦と、一階に住む大家さんの知人の女性に猫の餌を託して、ミーちゃんを東京に残すことにした。
 山小屋まで運ぶ荷物をベランダに出しているとき、ミーちゃんはベッドの上で寝ていて、これからわたしがどこかに行くのだ、ということに気づいていなかった。寝ている彼女を抱えて、ベランダに出したときには、外で涼みなさい、と言われたと思ったようで、ベランダの隅に行き、夢中でグルーミングを始めた。じゃ、バイバイ。ちゃんと餌を食べるんだよ、と声をかけたが、わたしの顔も見なかった。いつものように、ちょっと出かけるだけだと、安心しきっていたのである。
 一七日間の留守を経て、自宅に戻ってくると、台風が近づいていたので、東京はいささか涼しくなっていた。ミーちゃんの姿はなかったが、何の不安も抱かなかった。ヤツは呼べば、すぐに帰ってくるという予感があった。大風が吹き続けた。雨は降っていないから、近くにいるはずだ。なにしろ、毎日、三階と一階で餌をもらっているのである。この家から遠くへ行くはずがない。
 荷物の整理を終えた後、中庭の枝垂れ紅葉の枝が裏返るほどの大風のなかで、「ミー、ミー」と何度か叫んだ。風がわたしの声を遠くまで運んでくれるだろう。きっと聞こえる。そう思って、しばらくすると、わずか二分ほどで、ミーちゃんが返事をする声が聞こえた。中庭から二階へ上がる鉄階段の下にいた。こっちへお出で、と言ってもなかなか上がってこない。そのうちに、いきなりベランダまで走り上がってきた。そのままわたしの前を通りすぎ、猛烈なスピードでベランダのフェンスを乗り越え、屋根の上に行き、ミャー、ミャーと鳴きながら、ザクロの枝の蔭に隠れて、姿を消した。
 大風のなかを走る、生きものの力! 疾風のようだった。わたしが帰って来たので狂喜しているのだろうか?
 おお、完全に野良猫に戻っている。ニンゲンには触らせない、ニンゲンを警戒する、野良猫特有のすばしこい動きである。鼻は傷だらけで、眼は鋭い。眼のまわりも汚れている。
 ミーちゃんがなかなか部屋に入ってこないので、三階のご主人に聞くと、毎日、よく餌を食べに来ていたという。「怒っているんですよ。そのうちに部屋に入ってきますから」と言った。
 狂喜しているのではなく、どうやら、今回はわたしの留守を本気で怒っているらしい。わたしがリビングルームにいると、ミャー、ミャーと鳴き続ける彼女の声が壁越しに聞こえた。外に出ると、いた、いた。二階と三階の間の、外壁の窪みに、じっと坐っている。その窪み近くには、リビングルームの天窓があり、網戸越しに部屋の気配を知ることができるのだ。よくそんなところを見つけたものだ。感心した。ここなら雨風はしのげるし、外敵にも大丈夫。三階に餌をもらいに行くにも、二階のわたしの部屋を見張るにも、格好の位置なのである。
 窪みに坐ったミーちゃんは、わたしの顔を見て、鳴き続けるばかり。近づいてこない。手を伸ばすと、後ずさりして、逃げる。そして、狭い窪みのなかで、オナカを見せてひっくり返ったりした。ここを撫ぜろ、と言うのである。そこまで手が届かないよ。
 彼女が鳴いてもそのままにしておいた。やがて、わたしが書斎のパソコンの前に坐っていると、そうっと、彼女が入ってきた。足元でわたしを見上げて、ミャー、ミャーと小さく鳴いた。いつものミーちゃんである。わたしは手を伸ばして背中を撫ぜた。これが、最終的に彼女の怒りを鎮める、最後の儀式であった。そこから、一挙に、ミーちゃんは怒りを忘れ、普段に戻った。
 彼女はお気に入りのコピー機の原稿給紙トレイの上に飛び乗り、丸くなって眠りだした。コピー機のトレイは、原稿を差し込むと、自動的に紙を吸い込むように斜めになっているが、このトレイの角度が寝るのにちょうどいいのだ。しかし、ミーちゃんの尻尾や足指の先端がしょっちゅう、トレイのセンサーに触れるので、コピー機はときどき、原稿が差し込まれたかと誤解し、運転開始のアイドリングを始める。困ったものだ。しかし、お気に入りの場所を再発見したとき、彼女はもはや、わたしに対して怒っている理由さえ、忘れてしまったのである。
 怒っているミーちゃんは、本能的な獣だった。怒りがおさまるまでの時間は、獣から家畜(家猫)になるまでの先祖からの遺伝子の記憶を、なぞっていたのかもしれない。
 わたしが戻ってきた翌日、一日中、ミーちゃんは部屋で眠り続け、外に出て行かなかった。二日目にはじめて、窓から外に出た。トイレに行ったらしい。すぐに戻ってきた。わたしにまといつき、眼が合うたびにミャーと鳴くようになった。昼間、眠っていても一時間に一度は、ミャ、ミャと鳴いてわたしを呼ぶ。


 彼女はいつかまた、わたしに黙って消えてしまわれたら、たまらない、と思っているのだろうか。しかし、猫にどこまで、過去の記憶が残るのだろう? 
 次回、長く山小屋に滞在するときは、ミーちゃんを一緒に連れて行こうと思う。そのためには首輪をつける必要がある。キャリーバッグのなかで、ヤツは暴れるだろうな。


(第20回・了)

 

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2019年9月5日(木)掲載