言葉ことはじめ 池内紀

2017.11.24

19つづくる・つくろう

 

 たしか「つづくる」と言った。
 「ズボン、つづくっといたヨ」
 母親が実物を手に、問題の個所を示しながら言う。念のため目の上に差し上げて明かりにすかしてみた。あてがった布が、きちんと納まっているかどうか、たしかめるためである。
 いま辞書にあたってみると、「つくろう(繕う)」はあるが「つづくる」はない。「つづく」につづいてあるものと思っていたのに「つづける」にとんでしまう。
 田辺聖子の小説に、サラリーマンが飲み屋の女将に上衣を「つづくって」もらうくだりがあって、てっきり日常語と思っていたが、おりおりあるとおり、関西語といったものにあたるのかもしれない。大阪を中心とした上方言葉に特有の語彙であって、この場合は「つくろう」が訛って「つづくる」になったものか。「つくろって使いつづける」を一語にしたようにもとれる。
 辞書に「つづくる」はなかったが、つづくる作業中に口にされた言葉はのこらず出ていた。服のほつれなどをつくろうときに「まつる」と言った。奉るでも祭るでもなく、漢字のない和語である。

 まつる 布の端などがほつれないように、二つか三つに折って手前の
 布と向こうの布を交互にすくって縫う。
                       (新明解国語辞典)

 つくろったのがわからないようにする縫い方があって、これは「くける」と言った。

 くける(絎ける)(衣服の端の部分を縫う時)布を裏側に折りまげ、
 その中に糸を通して表布に縫いつける。

 実地に見ないとわかりにくいが、いわゆる「くげぬい(絎縫い)」である。縫い目が外に目立たない縫い方であって、手がかかるぶん、丁寧な手仕事で思いがこもっている。田辺聖子小説のサラリーマンは、つくろいが「くげぬい」と知ってジーンとくる。つくろい方ひとつで、物語がそっと次へと動き出す。
 これに対して手早くつくろいをすませるのが「くしぬい」である。正確には「ぐし縫い」らしい。

 ぐし縫い(串縫い) (裁縫で)表裏縫い目をそろえて縫う、普通の
 縫い方。(魚を串に刺す時のように針を運ぶので、昔、仕立屋などで
 使われた言葉)

 いま、ある世代以上には記憶にあるだろう。暗い電燈の下で母親が縫い物をしていた。まわりに家族の衣類が並べてある。わきに針仕事につきものの針箱と針差し。膝につくろい物をひろげ、指先で破れぐあい、穴のあきぐあい、ほつれぐあいをたどっていく。こすれて薄くなったのは、もち上げて、電燈にすかして見た。
 針箱と並んで端切れ入れが据えてあって、はんぱになった布切れが入れてある。つくろいには布地と色が関係してくる。一つ、また一つとあてがってみて、得心がいくまでてまがかかる。子供が呼びとめられて、針に糸を通す役目を言われたりした。
 即席の仕立屋であって、だから仕立て用語の切れはしが口にされ、子供たちは耳で覚えた。布を縫ってつなぐのが「縫い合わせ」、縫い合わせるために余分にとっておいた部分が「縫いしろ」、いちど縫ってみて、ぴったりこなかった場合、ほどいて改めて縫うわけだが、これは「縫いなおし」と言った。縫った糸の跡が「縫い目」である。
 ちょっとしたつくろいごとにもこれだけの言葉があったのは、この世で暮らしていくには、たくさんの知恵や経験がいったからだ。それは体験のつみ重ねのなかで生まれ、くり返し修正され、そのなかで身についた。知恵であると同時に瞬間の勘のようなものだった。
 日常のなかで修練された別の知性であって、もともとこの種のものは言葉になりにくい。表現しようとすると、わざとらしくなり変質する。針仕事の母親を覚えている世代が死に絶えるとともに、言葉もろとも、こういった知性もまた、あとかたなく消え失せるだろう。つくろい方で恋心が深まったりしないのだ。
 ともあれ私は母親が、つくろい物を仕上げると両手にひろげ、ひとりでうなずいていたのをよく覚えている。それを自分の記憶の宝物と考えている。

(第19回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回2017年12月8日(金)掲載