「新自由主義」の妖怪 稲葉振一郎

2015.9.30

01新自由主義という「段階」?

 

 これから「新自由主義とは何か?」という題目でしばらくお話をしたいと思います。
 この題目は亜紀書房さんの方からいただいたもので、私自身としてはこの題目、ことに「新自由主義 neo liberalism」という言葉を使うことに何がしかの戸惑いやためらいがないわけではありません。どういうことかと言うと、この言葉多分に実体がない――具体的にまとまったある理論とかイデオロギーとか、特定の政治的・道徳的立場を指す言葉というよりは、せいぜいある種の「気分」を指すもの、せいぜいのところ批判者が自分の気に入らないものにつける「レッテル」であって「ブロッケンのお化け」以上のものではないのではないか、という疑いがどうしても抜けないからです。
 この問題については拙著『「公共性」論』(NTT出版)で簡単に論じましたので、個人的には「もういいか」という気持ちもあったのですが、今回少し気分を変えて、新しい角度からこの問題についてみていきたいと思います。

 「新自由主義」という言葉について論じるのが憂鬱になる理由の一つは、その用いられ方の混乱もさることながら、そこに漂う行き詰まり感です。それが非常に広い意味でのマルクス主義、つまりは資本主義批判の意味で用いられる場合には、単なるイデオロギーを指すにとどまらず、資本主義の新しい発展段階を示す言葉として用いられてたのですが、この言葉をそのような意味で使うことは、それ自体マルクス主義にとっては一種の敗北宣言に他ならないのです。
 マルクス主義の理論における資本主義の発展段階論というのは、伝統的には、産業革命以前の17、8世紀を「重商主義」、19世紀を「自由主義」、19世紀末から20世紀を「帝国主義」とします。この段階分けのメルクマールは大体において「支配的な資本の蓄積様式」――平たく言えば産業におけるリーディングセクターと、そこにおける企業の経営スタイル――と、国家の経済政策の枠組みとを折衷したものでした。重商主義段階では、リーディングセクターは国家の重商主義政策の担い手である、東インド会社などの特許独占貿易・植民企業であり、政策体系はまさに「重商主義」――保護貿易、植民地主義、特定産業奨励等々――とされました。それに対して、自由主義段階におけるリーディングセクターは、産業革命によって機械製大量生産を取り入れた繊維産業とされ、政策体系は、こうした新成長産業の優先政策――ではなく、そもそも特定の産業を優先しない規制緩和、対外的には自由貿易政策であった、とされます。そして帝国主義においては、リーディングセクターは鉄鋼や化学工業などの重工業とされます。これらのセクターにおいては巨大企業が主役となり、少数の大企業が市場を独占し、競争圧力が弱まります。そしてそれに対応して、国家の経済政策も国策によって市場に介入する方向にシフトする、というものです。
 普通は帝国主義は第一次世界大戦の前あたりまでで、そのあと第一次大戦以降は「国家独占資本主義」がやってくる――遅くとも、世界恐慌以降――のですが、これが資本主義の新しい発展段階か、と言われると少々困る事情が少なくともかつてはありました。まず一つには、段階の区切りがはっきりしないこと。政策的には戦時動員と、戦後も継続する労資の対等化、福祉国家化あたりがメルクマールになりますが、「支配的資本の蓄積様式」においては帝国主義段階とあまり変わらないからです(「帝国主義」なる言葉はマルクス主義者の専売特許ではないですが、マルクス主義的な意味での「帝国主義」は「独占資本主義」と大体同義です)。
 それ以上に困るのは、本来のマルクス主義の歴史観からすれば、「国家独占資本主義」の時代は資本主義のある特定の発展段階というより、資本主義から社会主義への過渡期として位置づけられるものだった、ということです。それは資本主義の末期とさえ言い難い。資本主義の末期、没落期は既に「帝国主義」段階で始まっており、「国家独占資本主義」の時代は、第一次大戦中のロシア革命からソビエト連邦の成立、そして30年代における世界不況をしり目の高成長(その陰で何があったか、はまた別の問題ですが)の時代として、資本主義の時代というよりも社会主義の揺籃期という風に世界史的には位置づけられるはずだったのです。
 以上のごとき段階論の構想からすれば、「新自由主義」を資本主義の新たな発展段階と見なすということは、マルクス主義のほぼ全面的な否定になりかねません。つまりそれは帝国主義から国家独占資本主義が、資本主義の最終局面――社会主義への移行期であることの否定になってしまうからです。もともとマルクス主義の理論において帝国主義・国家独占資本主義は、資本主義の基本的なメカニズムとしての、自由な市場経済の自己調整機能がうまくいかなくなり、国家介入による場当たり的な手直しが必要になる、という局面としてりかいされていました。しかしそうした場当たり的な対症療法は早晩行き詰まり、社会主義への移行が必要となる、という議論がなされていたのです。しかしながら「新自由主義」の概念は、ことにそれが単なるイデオロギーにとどまらず、実際に国家レベルでの経済政策に成功裏に取り込まれているならば、この段階論の枠組みには収まってくれません。
 「新自由主義」のラベルの下にくくられる諸潮流の中には実は様々なものがあり、一括することは難しいのですが、総じて言えばそれはかなり強い反・社会主義の構想です。広い意味での「新自由主義」の中には、第二次世界大戦後の旧西ドイツの社会経済政策思想である、「社会的市場経済」を唱えたフライブルグ学派のオルド自由主義も含まれますが、反・社会主義ではあっても反・福祉国家とは言えません。それに対してアングロ・サクソン系のそれ、英米に亡命したオーストリア学派やその影響を受けたシカゴ学派の経済政策思想は、福祉国家に対しても社会主義への「滑りやすい坂」の上にあるものとして警戒を緩めません。しかしながらいずれにせよ、こうした「新自由主義」が「国家独占資本主義」以降の資本主義の新たな発展段階であることを認めるならば、それは社会主義からはむしろ遠ざかるものであることになってしまいます。
 既にみたようにマルクス主義本来の発展段階論は、「支配的資本の蓄積様式」の変化のみならず、それによって市場メカニズムがどのように限界に達し、社会主義に近づくのか、という尺度でも歴史を理解するものでした。ですから、仮に「新自由主義」を資本主義の新段階として位置づけてしまうならば、「社会主義への接近の度合」という尺度は意味をなくしてしまいます。
 もちろんこの「社会主義への接近の度合」という尺度を放棄してしまってもよいのです。というよりおおむね80年代以降、少なくともソ連東欧や中華人民共和国の「現存する社会主義」への期待を完全に放棄してしまった西側世界のマルクス主義者は、実際にはそうしてしまっていた、と言えます。ただ、そのことへのきちんとした総括はなされないままでした。
 マルクス主義というのは、単なる社会科学方法論や社会政策思想であることを超え、歴史の意味やその中での個人の生きる意味までをも与える包括的な世界観、世俗宗教でもありました。ですからその中での資本主義の発展段階論も、単なる歴史科学上の便利な枠組みにとどまらず、資本主義という問題を抱えた社会経済体制の克服への展望を与える歴史神学でもなければなりません。資本主義の発展段階として「新自由主義」を認めてしまうということは、そういう歴史神学――人類史は社会主義に向けて進んでいる――を捨ててしまうことになります。資本主義が危機に陥り、社会主義に移行するはずが、古典的な資本主義に回帰してその危機を克服する、なんてストーリーは本来認められないはずです。いや、認めてしまってもよいのですが、その場合はあの歴史神学は捨てなければなりません。

 「新自由主義」という言葉を好んで用いるのは、どちらかというとかつてのマルクス主義の衣鉢を継ぐ、広い意味での「左翼」に属する論客です。しかしながら「新自由主義」の概念を用いるということは、もはやかつてのマルクス主義の伝統との断絶をも意味します。つまり「資本主義が発展の果てに限界を迎え、その限界を克服すべく社会主義に移行する」という歴史観の放棄を。それはそれで別にかまわない、というよりもそういう歴史観を維持すること自体がどう考えてもおかしいことは確かです。しかしながらそうなると今度は、「新自由主義」という言葉を用いて現在の資本主義を批判することによって、いったい何を目指すのか? という大問題が浮上してくるのです。
 しかし次回ではまだこの「大問題」にじかにアプローチをかけることはできません。今度はもう少し時期を絞り、かつ、マルクス主義とではなく、いわゆるケインズ主義と新自由主義との対質について、改めて検討してみたいと思います。

 

 

(第1回・了)

 

この連載は月1更新でお届けします。
次回2015年10月28日(水)掲載