ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ニホン、ワカモノ 神里雄大

2018.9.15

11ブラジル(1) ここからポルトガル語

 

 ブラジル・サンパウロ行きの国際長距離バスのチケットは、出発の2日前の金曜日にバスターミナルの窓口で直接買った。

 イグアス移住地に数日泊まったあと、パラグアイの最初の日本人移住地であるラ・コルメナに初めて行って、それから小学生のときに2年間住んでいたアスンシオンに3日間滞在した。アスンシオンに来ると、25年も前の記憶が驚くほどよみがえってきて、感傷に浸ってしまうのだった。時間は限りがあるから、腰が重くならないうちに、移動することにした。7月になったばかりの日曜日、朝6時ころ、宿を出てバスターミナルまで向かった。

 日曜朝の街は閑散としている。人も歩いていない。バスターミナルでも人はまばら。それでももう開店していた売店で水を買って、残ったグァラニーはブラジル・レアルに両替して7時発のバスに乗り込んだ。

 バスはまずブラジルとの国境の街であるシウダー・デル・エステ(スペイン語で東の街という意味)まで向かった。そこまでがだいたい6時間くらい。そこで降りる客と乗る客を入れ替えて、運転手の休憩とおしゃべりを30分から1時間くらい待って、ブラジルへ。このパラグアイとブラジルの国境には、世界で8番目に長い(南米ではアマゾン川に次いで2番目に長い)パラナ川が流れていて、そのあいだを「友情の橋」と名付けられた橋が架かっている。エステからこの橋を渡ると、ブラジル側の国境の街、フォズ・ド・イグアスである。このエリアでは、その都度出入国の手続きが必要なく、それぞれ30キロ圏内は自由に行き来できるので、「友情の橋」と呼ばれているのである。

 エステ市は、免税の街として知られていて、外国製の電化製品が安く買えるため、「南米の秋葉原」とも呼ばれている(日本人に)。そのため、ブラジルやアルゼンチンから多くの買い物客が訪れるので、橋はいつも、徒歩で渡る人や、車でごった返している。橋のすぐ近くからビルが立ち並び、それぞれのビルに張り付くように液晶大画面がスマートフォンの新製品のコマーシャルを映し出す。大通りには露店が並び、家電や服や靴下、変なアニメのキャラクターグッズが売られる。両替所もそこらじゅうにあり、道端には買い物客を乗せようと、タクシーが無秩序に待ち構えている。路地まで道は混雑し、排気ガスの臭いもなかなかすごい。橋のほうから見るビル群と液晶ディスプレイの景色は、たしかに南米の秋葉原と言われたらそんな感じがするけど、路地を歩くともっとカオスティックな場所という感じがする。秋葉原なんてほとんど行かないからよくわからないけど。

 フォズ・ド・イグアスのことはあんまりよく知らない。ここは、世界最大の滝であるイグアスの滝のブラジル側の観光拠点で、パラグアイにいる旅行者はビザ等なくても、イグアスの滝観光が可能。ぼくも滝に行く途中に通ったことくらいしかないが、印象は、エステに比べるとなんだか落ち着いている。店も少ない。道路の舗装が(パラグアイ側に比べて)しっかりしている、という感じ。

 フォズ・ド・イグアスの南側にあるのは、アルゼンチンの国境の街、プエルト・イグアスだ。イグアスの滝のアルゼンチン側に行こうとするとこの街が拠点になる。なお、アルゼンチン側に入るときはかならず入国管理局を通過しなければならない。プエルト・イグアスは、いかにも観光客が訪れる観光地という感じで、バスターミナルを中心に、レストランがたくさんあって、あとは住宅。治安はそれなりにいい印象を受けた。

 この三国のあいだには路線バスが運行されている。アルゼンチン側の入国管理局のみバスは停車し、乗客を待つのだが、ブラジル側、パラグアイ側の入国管理局は運転手に申告しないかぎり通過してしまう(この三国の国籍保持者は、フォズ・ド・イグアスもしくはシウダー・デル・エステのエリア内にいる限り、出入国の手続きが必要ない)。

 だから、たとえば、アルゼンチン側から来た旅行者が、アルゼンチンを出国し、そのままブラジル側、パラグアイ側の入国管理局を通過して入国してしまうと、その人は不法滞在者となってしまう。逆に、パラグアイ側もしくはブラジル側で出国手続きをせず、アルゼンチン側に行こうとすると、アルゼンチンへは問題なく入国できるが、パラグアイもしくはブラジル側のほうではその人はまだ国内にいることになってしまう。

 いずれにしてもぼくが乗ったのは、アスンシオン発サンパウロ行きのバスで、(フォズ・ド・イグアスの30キロ圏内を越えるから)この場合はすべての人が出入国手続きをする。だからそういう不法入出国の心配はない。

 エンカルナシオンのブラジル領事館で取得した観光ビザで、なんなくブラジル入国を果たした。このときたしか15時を回ったくらいだった。ここからポルトガル語。

 フォズ・ド・イグアスからサンパウロまでの道中、夕食と朝食のために二度レストランに寄って、ビュッフェを食べた。チリからアルゼンチン、パラグアイからアルゼンチンの国際バスに乗ったときには車内食が提供されたが、ブラジルではバスの乗務員が食事を提供することが法律で禁止されているらしく、どちらのレストランも別の会社の長距離バスが何台か止まっていた。この手のレストランは、長距離バスの客が来るのを想定して営業しているようだ。夕食をとったレストランはパラグアイ・グァラニーでも支払いが可能で、シュラスコを食べた。味はまあまあだけど高い。朝食のレストランは巨大で、鶏肉や牛肉、スパゲッティやハンバーガー、チキンスープや豆料理など種類は豊富。まだ眠い中、チキンとチキンスープみたいなのと米と豆を食べた。でもおいしくはなかった。値段もやはりそれなりに高い。選択肢のない客たちを相手にしているからなのだろうが、このときは、ブラジルのレストランで提供される料理がそもそもおいしくないのかも、とも思った。

 

 サンパウロ市街の北側にあるバスターミナルに到着したのは、朝の8時ころ。ブラジルとパラグアイでは1時間の時差があり、東側のブラジルが8時だということは、パラグアイは朝7時で、アスンシオンを出発してから24時間経っていた。スケジュール通りの運行。

 パラグアイに予定よりもだいぶ長くいてしまったので、ブラジルには10日程度の滞在となる。サンパウロでは、演劇を通じて知り合った友人宅に泊めてもらうことになっていたが、そのまえに行きたいと思っていた港町サントスに2泊することにした。サントスへ行くバスに乗るには、南側のターミナルへ移動する必要があった。

 ブエノスアイレスぶりの地下鉄に乗る。サンパウロの地下鉄はブエノスアイレスのそれと比べるととてもきれいで揺れも少なかった。ただ、朝8時といえばラッシュアワーの真っ只中、南米最大の大都市であるサンパウロの朝の混雑はなかなかのもので、数本見送ってようやく乗り込んだ。南のバスターミナルがある駅までは、1号線で30分程度だった。

 11時過ぎにサントスに到着し、海岸沿いの幹線道路を歩く。初めて大西洋に来た。視界の続く限り、海にかぶさるようにビルが並んでいて、ブラジルという国の大きさを見た気になる。予約したホテル近くのビーチにはいくつか露店が出ていて、ホテルのチェックインまで時間があるので、ここで海を見ながら昼食をとることにした。なんだかわからないメニューもいろいろあったが、案外ポルトガル語は読めた。

 店のおばちゃんはフレンドリーな感じで、ぼくに話しかけてきて、なんの会話をしたかまるで覚えていないけれど、ぼくはハンバーガーを注文した。やっぱり朝のレストランがまずかったのだということがわかった。

 付近では犬の散歩をする人、ランニングをする人、家族で食事をする人、若者などがいて、ビルがビーチに覆いかぶさろうとしている街だけれど、のんびりしている印象だった。

 ビーチの並びに1箇所だけ、埠頭のように小さく海にせり出している場所があって、なにやら強大な赤いオブジェがあった。これは、日本からのブラジル移民100周年を記念した記念碑で、ブラジルの現代美術の巨匠として知られるトミエ・オオタケ氏が製作した。トミエ・オオタケ氏は1913年に京都で生まれ、23歳のときにブラジルに移住して来た一世でもある。

 このオブジェの近くには、移民90年を記念した「日本移民ブラジル上陸記念碑」と記された、当時の移民者であるらしい夫婦とその子どものブロンズ像も設置されていた。

 サントス港に、第一次ブラジル移民781名を乗せた笠戸丸が到着したのは、1908618日のことである。世界最大の日系社会を持つブラジルの日本移民は、文字どおりこの地で始まったのだった。

 サントスでの2日間はなんにも予定がなかった。ビーチに行き、海やそこにいる人たちを眺め、散歩し、適当なところで食事をしただけだった。だから、神戸港を出港して1ヶ月、110年前にここにたどり着いた人たちのことをずっと想像していた。わずかな荷物とともにやってきた彼らは、ポルトガル語を耳にして、(少なくともそのときは)数年間をここで暮らし働く、ということをポジティブに感じただろうか、のこのこやってきてしまったと思っただろうか。それとも長旅にうんざりして早く土のうえで働きたいと思ったのだろうか。一緒の船に同乗していた人たちとなにを話したのだろうか。自分がその、781名のひとりになったつもりで、やや曇り空の下、彼らも見ただろう無人の離れ小島や、その向こうにずっと続く海と波と空を眺めていたのだった。ややあって冷たい雨が降ってきて、彼らが到着した6月も今日みたいに寒かったのかもしれない。とかなんとか感傷的な気分に浸った。その日の夜に、ホテルの近くにあった大衆食堂で食べた魚フライと豆の定食はうまかった。

 

 

(11・了)

 

この連載は隔週でお届けします。
次回:2018年9月27日(木)掲載