バックナンバー

2話 神里原の魔女

 那覇にも仕事場を作ることにしたのは、もう8年近く前だ。
 その経緯はいろいろあったんだけど、とりあえず時間をかけて探して、今のところに引っ越した。この辺りでは一番背の高い9階建てのマンションの7階だ。背の低い建物の多い那覇の街が一望できる。
 ここに住もうと思ったのは、南に大きく口を開けた窓だらけの建物が気に入ったのはもちろんなのだが、この建物ならどこに建っていてもよかったというわけではない。
 いうまでもなく、場所も気に入ったのだ。

 

 那覇は、昔を抱えた街だ。古いものがなにげなくそこにある。街の真ん中の道をちょっと折れたところに、巨大な墓がある。先祖からの骨が収められてその前で親戚が集まって宴会もできる大きな亀のような墓が、いきなり建っている。古い市場がある。何十年も前に建てられて今ではその役目も終えたような古い市場の建物が、ひっそりと沈んでいる。
 ぼくが引っ越したのも、そんなところだ。

 

 すぐ裏には、沖縄の陶芸地帯「やちむん」がある。「やちむん」というのは「焼き物」、つまり陶芸製品のことだ。かつては稼働している窯もいくつもあったのだが、さすがに今では公害問題も起きて、すべて読谷等の郊外に移り、今は石畳の道にショップと工房だけが並んでいる。
 向かいには、農連市場がある。近在の農家が作物を持ち寄って地べたに並べる。またそれを目当ての客を目当てに、雑貨屋や飯屋が周りに集まっている。うちの窓から見ていると、午前2時ごろから暗い街の中にぽつりぽつりと明かりが点り始め、車のヘッドライトがあちこちから集まり始め、ざわざわと人の蠢く気配が感じられる。エレベーターを降りて道路を渡り、農連に入っていくと、深夜なのに案外人が出入りしている。朝の9時過ぎまで、賑やかだ。

 

 そして、神里原だ。
 うちの真下にあたる一帯は、「神里原(かんざとばる)」と呼ばれる旧赤線地帯だ。うちの裏の道路を挟んで何十軒もの小さな老朽化したバラック飲み屋が密集している。
 赤線を知らない人も今では増えてしまっただろうが、かつて売春が日本で合法だったころ、営業が公認されていた地域のことだ。地図上では赤い線で区切られたので『赤線』だ。非公認地帯は、青い線で区切られたので『青線』と呼ばれた。

12345