ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ニホン、ワカモノ 神里雄大

2019.3.14

18ボリビア(3) キャンプ

 

 ぼくはテントを持っているが、もう10年近く使っていない。外で火を起こして飯盒を使って米を炊いたり鍋でカレーを作ったりすることを想像するとわくわくするが、そんなことは子どものころ以来やっていない気がする。それから特に、後片付けのことを考えると面倒くさい。そんな感じでずっとキャンプには縁がなかった。自分から遠ざけていた。高校時代の友人たちはいまもたまに集まってキャンプをしているようだが、そんなやつは誘われない。だから、キャンプをしない人間の陳腐なイメージなのでしょうがないが、車座になってカレーを食べながら昔話に花を咲かせ、星空の下でビールを飲みながら遅くまで将来の希望や不安を共有し合う、みたいな人生の楽しみ、余暇をぼくは知らずに来てしまったのだとかなんとかゴチャゴチャ考えてしまう年上の男を、サンファンの若者たちはよく受け入れてくれたと思う。鍋に入っていたのはカレーではなく、ボリビアっぽい、牛肉やジャガイモなんかが入った煮込みスープだった。

 サンファン移住地の青年部主催で、男女とも独身者ばかりが参加する20人くらいのキャンプ。みんなぼくよりも一回り以上若かったと思う。ただ、日本で(ぼくが)気にするほど、南米では年齢のことや年齢差のことは気にしていなかったと思う。しゃべる言葉は日本語だが、スペイン語的感覚というか年齢が上でも下でもそんなことにこだわるのは野暮なことだという雰囲気があって、だからきっと、ぼくもこれに参加できた。

 サンファン移住地から車で30分くらい行ったところだっただろうか。何台かのピックアップトラックやワゴンなどに分乗して一列になって道を進む。ぼくはオガタさんの運転する車の助手席に乗せてもらったが何を話していたのやら忘れてしまった。しばらくすると車道はただの草原みたいなところになり、途中、牛の群れにも会って、ぬかるみを進み、着いたのはどこかの川べりだった。ビーチのように砂が続いていて、そのせいもあるのかちょっと海っぽい磯の香りがしていた気さえするが、あとからのイメージでそう記憶しているのだろう。その日は曇っていた。夜に雨がすこし降った。あいにくの天気で灰色の、なんだか世界の終わりっぽい景色。まわりに民家などないので、晴れていれば星がすごいのだろう。地平線とまでは行かないまでも、どこまで歩いても同じ景色が広がっていそうな開けた視界だった。

 荷物を運ぶのを手伝っていたら、彼らは慣れた手つきでテントの設置を終え、さっそく肉を焼きだした。ぼくは一応取材をしに来たつもりだったが、こんな川沿いでテントをバックに肉を焼いているという状況で、ボイスレコーダーを出して、さあ話してくれませんか? だの、あなたにとって日本語とはなんですか? だの、そんなことができるはずがない。というかまずビールを飲んでこの輪の中に入るほうが重要なのである。そのせいで、キャンプのことは何枚かわずかに撮った写真と酔いが回るまでの記憶しか頼りにできない。

 焼けた肉にたぶんチミチュリソースかなにかトマト系のソースかをかけて牛肉を食べ、ビールを飲んでいるあいだに、何人かの若者がいったいこの人誰なの? という好奇心から話しかけてくれた。青年部の部長だったと思うが、いったんサンファンに物を取りに行く必要が出てしばらく離脱したのをいいことに、みんなで落とし穴を掘った。彼が帰ってきたので、みんな笑いを押し殺して自然なふりをしながら、彼を落とし穴に誘導すると、彼はなにやら感づき、きっと落とし穴かなにかがあるのだろう、だがおれは引っかからない! という感じで落とし穴がありそうなところを避けて歩いたが、落とし穴がありそうなところはフェイクで、その近くに巧妙に隠した落とし穴に彼はまんまと落ちて、みんな大笑いした。彼は顔を赤らめていたが楽しそうだった。夜が更けて、ぼくは裸足になってビーチの感触を楽しみ、曇りの夜空のしたで遅くまで飲んで、いくつか緩やかにできた少人数のグループのひとつに入れてもらい語らった。けれど、オガタさんがぼく専用のテントを用意してくれて、いま考えればそりゃそうなのだが、気を使われたことで、ああ、ぼくは輪の中にしっかりといたわけではないのだ、とやや寂しくなったが、そりゃそうなのである。

 朝、数人の話し声と笑い声に起きると、すでに男性陣の半分くらいは起きて火の近くで寝そべりながら、例のスープを煮込んでいた。これも定かではないが、飲んだ次の日はやっぱこれでしょ、という感じの料理だそうだ。

 そういえば、サンファン移住地には九州からの移住者が多いようで、若者たちも九州らしいアクセントで話していた。九州地区以外からの出身者もいるのだろうが、言葉は「寄っていく」ので、九州訛り(長崎出身者が多いらしいので長崎弁?)に酒が入るとどんどんスペイン語も多くなっていく、みたいな印象を受けた。ただ、どんな会話をしていたのか、ああ情けないぼくはぜんぜん覚えていなくて、けれど、朝起きてご飯を食べたあと、みんな火の近くに寝そべって、昨日の晩の名残を確かめるように話していて、急にぼくのような部外者が自分の興味のためにその余韻を邪魔してはいけないような気がして、川沿いを散歩して遠くから彼らの様子を見たことは記憶している。だだっ広い川べりの湿った土地にぽつんと彼らはいて、固まっている様はちょっとロマンチックだなと思った。

 

 

(18・了)

 

次回:2019年3月28日(金)掲載