ペルー、アルゼンチン、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ニホン、ワカモノ 神里雄大

2020.4.16

28ボリビア(13) リベラルタへ

 

 アルゼンチンはブエノスアイレスを出発して、パラグアイ、ブラジル、ボリビアの各地を訪ねてきたこの旅も、ボリビア北部のリベラルタが最終目的地である。

 早朝5時に、ルレナバケのバスターミナルへ向かった。ルレに着いた駐車場とはべつの、大きなバスターミナルである。早朝のルレナバケは昼の暑さとは対照的に冷え込み、さらに大量の蚊が服越しに血を吸ってきて痒くてしょうがなかった。バスはこれまでに乗ったどのバスよりも年季が入っていた。前から5列目くらいの指定された席に座り、まだ暗い道をバスは出発した。Sさんはサンタクルスに帰ったので、ここからはひとりで行く。予定ではリベラルタまで10時間くらいの道のりである。

 すぐに眠りに落ちたのだが、バスはまもなく停留所に止まり、信じられないくらい大勢の乗客が乗り込んできた。席はすでに満席なはずだけど……と思っていたら、彼らは通路に座り込んだ。とうぜんぼくの席の隣にも2人くらい座った。長距離バスでもスリがいる可能性があるという情報を、いつかどこかで得ていたので、荷物を抱きしめて眠った。

 しばらく眠っていたら、日は高く昇っていて、12時を回ったところで、昼休憩のために下ろされた。眠気のためにほとんど記憶がないが、いくつかの出店が昼食を提供している野原みたいなところで、ぼくは食欲が湧かなかったので、飲み物だけを買って、車内で待っているうちにまた眠っていた。

 寝苦しさで目が覚めた。空調は壊れていて、しかも道が舗装されていないために砂埃がすさまじく、窓を開けられないという状況で、車内は日光の格好の餌食になっていた。周りは砂漠にすこし草が生えていて、向こうのほうにはジャングルらしい緑がうっすら見える、という感じで、近くに街も集落もなさそうである。眠ったり起きたりを繰り返していた。いつのまにか通路に座っていた乗客たちはいなくなっていた。15時頃、乗客の騒がしい声に目を覚ました。どうも、前を走る軽トラがスロースピードでフラフラしているようで、バスは抜きたくても抜けない、という状況のようだが、乗客がやんややんや言うわけはわからなかった。と、バスはようやく軽トラを抜き去った、かと思ったら、道を塞ぐように斜めに止まり、軽トラもそれに続いて止まった。すると、乗客の男たちが「行け行け行け!」と言いながら、一目散にバスから降り、女たちは窓から身を乗り出した。なんだかわからないが、もしかして、なにか有名な、幻の移動式の屋台かなにかなんじゃないだろうか、などと寝ぼけて空腹になったぼくは考えた。

 けっきょく事の顛末はこうである、──軽トラがふらつきながら、信じられない遅さのスピードで走っていた。道はそこまで広くなく、さらには砂埃が巻き上がるので視界も悪く、抜くに抜けないバスを先頭に車が何台も連なり、渋滞を巻き起こしていた。その様子から軽トラの運転手は酔っ払っているものと思われた。わずかな隙を見て、バスが抜きさり、軽トラを止め、乗客たちがその酔っ払い運転手を懲らしめるために降りてみたものの、じっさいのところ、運転手は酔っ払っていなくて、助手席の妻らしき女性といちゃついていた。

 降りた乗客たちは、一定の距離を取りながら軽トラになにやら罵声を浴びせ、それに応戦するかたちで、助手席から妻が降りてきて、落ちていた木の枝を拾い上げて、大声をあげながら乗客を威嚇した、というのをぼくは窓から見ていて、これは夢のつづきなのかなんなのかわからないがおもしろいなと思った。乗客たちはネタがばれて白けたのか、すぐに戻ってきて、バスはいままでの遅れを取り戻すために、猛スピードで軽トラ以下ほかの車を置き去りにした。でもなぜバスの運転手ではなく、乗客たちが彼らを攻撃しようと思ったのかはわからなかった。これは中米グアテマラのある小さい町で聞いた話だが、その町はかつて反政府ゲリラの占拠していたのを、住民たちが協力してゲリラたちを追い出し、いまでも住民たちの自治で治安が守られているそうだ。町に警官はおらず、泥棒に入って見つかろうものなら、住民たちがその泥棒を殺してしまうのだそうだ。木の枝で応戦する妻と乗客たちの言い争いを見たとき、その話を思い出した。おもしろいで済む話ではなかった。ところで、グアテマラにはスペイン語を学びに行ったことがあり、これはそのときに聞いた話である。スペイン語がいまよりもずっと苦手だったときのことなので、どこまで本当か、どこまで誇張されているのか、はっきりとしたことは言えない。

 そんなこんなで、ぼくもようやく目が覚めて、もう一箇所トイレ休憩があって、ぼくはまた飲み物を買った。予定ではもう着いてもいいころだが、まだ数十キロあるようだった。空腹に我慢ができなくなってきた。土埃でいっぱいだった光景に、木々の緑が増えてきていた。

 リベラルタのバスターミナルに着いたのは、夕方5時だった。リベラルタは、砂漠や森のなか、急に現われた都会という感じで、ルレナバケから先に帰っていた小川さんがバイクで迎えに来てくれていた。

 リベラルタは、ルレナバケに比べ、中核都市というか、無機質な都会という第一印象だった。灰色のアスファルトを、たくさんのバイクが飛ばし、寂れた店やレンガ造りの作りかけの家の景色が、他人行儀な感じがした。どこをどう走ったかわからないまま、15分くらい小川さんのバイクの後ろで、バックパックが落ちないように気をつけながら、日が暮れていく街を見ていたら、ホセさんのお母さんが経営するホテルに着いた。

 

 

 「かなりいいホテルですね、ここ」と小川さんは言った。たしかに、こじんまりとしているものの、中庭には緑が多く、壁も床もきれいな、ブティックホテルだった。いったいいくらなんだろうか、と不安になった。

 フロントに行くと、奥からすこし怪訝そうな顔で、ぼくよりすこし上くらいの、きれいな女性が出てきた。「ここのオーナーの息子のホセさんに紹介してもらってきました」というと、その女性がホセさんの母親だというので、驚いたのだった。「ああ。待ってたよ。いらっしゃい。困ったことがあったらなんでも聞いてね」という感じのことを言われた。なんとお金はいらないという。「息子によろしくって言われたからね」と、ちょっとだけ皮肉っぽい冗談を交えて、彼女は笑った。

 小川さんは仕事があるらしく、翌日に昼食を食べながらいろいろ相談しようということになって帰っていった。ぼくはシャワーを浴びてから、空腹を満たそうと外に出た。

 ホテルはリベラルタの中心部に位置し、隣には大きな公園があった。毎晩いろいろな屋台が出ているらしい。ひとりでレストランに入る気になれなかったので、どこかおいしそうな屋台でもないかとぐるっと公園を一周した。

 ここはルレナバケとちがって、観光で来るような街ではないようだ。歩いているだけで、視線を感じた。ちょっと居づらいから、やっぱり屋内のお店でも探そうかな、などと考えると、ふいに背後から、こう声をかけられた。「あれ、日本人?」

 驚いて振り返ると、屋台のおっちゃんである。スペイン語なまりのある流暢な日本語で彼は続けた。「旅行?」

 「あ、はい、日本人ですけど。日本語できるんですか?」とぼくが返すと、彼はすぐに言う。「昔日本で働いてたよ、名古屋で。10年以上いて一昨年帰ってきたんだよ。日本いいよね。なに食べる?」

 ぼくはハンバーガーとコーラを頼んで、おっちゃんの思い出話を聞きたかったが、屋台には次から次へと客がやってきて、落ち着いて話す暇もなかった。でも、帰り際に「ごちそうさまでした」と伝えると、「ありがとう、またね!」とおっちゃんは言った。

 

 

 ボリビアの北部、ブラジルとの国境も近く、アマゾンのジャングルの中に突如出現する街リベラルタについて最初の夜は、こんな感じだった。

(28・了)

 

次回:2020年4月30日(木)掲載