sense of wander 宮田珠己

2023.2.15

13大鳥居から平和島(3)

●散歩は、奇妙なものに出会うためにある

 進駐軍による羽田空港(東京飛行場)接収に際し、移転させられた穴守稲荷へ行ってみる。
 かつては西の伏見稲荷、東の穴守稲荷とまで謳われた名刹だそうだが、今ではそこまで名を轟かすことはなくなり、境内もそれほど大きくない。拝殿の横に鳥居が並んだ一角があって、その最奥に何やらこげ茶色の岩のようなものが見えた。赤い幟がたくさんはためいている。

穴守稲荷の岩山

 鳥居をくぐって近づいてみると、それは岩山に模して造られた奥宮だった。表面に溶岩をはりつけて、さも岩山であるかのように加工されている。
 これはいったいなんのためだろうか。境内図によれば岩山の名は稲荷山とのこと。基部にはお稲荷様の祠といくつかの溶岩、狐たちの像もごっそりと集められてある。そしてそこらじゅうに積まれた小さな鳥居が異様な雰囲気を醸し出している。

各所に無造作に積まれた鳥居が

 砂を入れた箱があって、砂を持ち帰れるようになっていた。招福砂といい、お清めに撒くと心の願いが叶えられるそうだ。

奥宮と招福砂

 階段があったので登ってみる。
 らせん状に岩山を取り巻くように上がり、途中祠が4つ並んでいるフロアがあった。築山稲荷、幸稲荷、末廣稲荷、航空稲荷とあり、どれも稲荷神社だ。航空稲荷というのが羽田らしい。
 さらに登っていくと頂上に、稲荷上之社と、御嶽神社が鎮座していた。つまりこれもミニチュアの富士山、すなわち富士塚ということになるのだろうか。

稲荷上之社と、御嶽神社

 このあたり富士塚が多いが、単純な話、富士山がよく見えたから富士山信仰が生まれ、富士講が発達して、勢い富士塚も作りがちなのだろう。この日も多摩川べりから雪を冠した富士山が見えていた。

川べりから見た富士山

 御嶽神社に手を合わせたあと、登りとは別になっている下り階段で下山する。

溶岩がはりつけられて異様な階段

 ふたたびらせん状に下っていく構造は、栄螺堂のようでもあった。栄螺堂というのは、らせん状に上って、らせん状に降りてくる一方通行二重らせん階段の巡礼堂で、会津若松のものが有名である。外見のガキガキした形が栄螺に似ているというのでその名がつけられた。

 この不思議な稲荷山、エンターテインメント性もあり、登って見られる眺めも悪くないので、私は面白かったが、正式にはどのように味わうべきものか、よくわからない。穴守稲荷の正式な奥宮であり、面白がっていたら怒られるような気もするし、逆に、人を呼ぶために作ったんですよと気さくに言われそうな気もするし、宗教施設にはときどきこのような奇妙な建造物があるけれど、どんな態度で接するべきなのかいつも微妙にわからないのであった。
 ひとまず今回は登ればよしということにしておく。
 散歩的には、こういうわけのわからないものがあるのは大歓迎である。

 穴守稲荷を出て、いよいよ海を見に行く。
 羽田空港との間を隔てる海老取川も、地図で見れば海の一部と考えて差し支えないが、できればもう少し広々とした海面が見たい。
 少し行くとやや広い海面に出たが、依然対岸に埋立地が見えている。ここは正式には京浜運河ということになるらしい。これでも一応は海といえば海だが、これじゃない感は拭えない。ちっとも波がないし、磯の香りもしてこない。
 が、磯がどうとかいう前に、変なものが目に留まった。

羽田可動橋

 高速道路のようなものが海老取川を跨いでいて、それが橋桁まるごと回転して、川と平行に向いている。ブツ切れの道が宙に浮かんでいるのだ。
 これは羽田可動橋といって、船が航行できるように橋桁が動く仕掛けのようだ。

 こういう橋は京都の天橋立で見たことがある。橋立の端っこを渡る橋が湾内へ行く船のために動くのだ。
 回転するのではなく、踏切のように上に開く可動橋なら、門司港で見たし、たしか隅田川にかかる勝鬨橋も、もともとはそんなふうに開く仕様だったのが今はもう固定されて開けないと聞いている。そんなわけで可動橋はそこまで珍しいものでもないとはいえ、こうして目の当たりにすると、特別な気持ちがする。

 ちなみに羽田可動橋は船もないのに開いたまま止まっていたので、あまり動かさないのかもしれない。橋を渡りたい車が困りそうだけれども、よく橋の断面を観察してみると、1車線だけのようなので、高速道路といってもメインではなく、進入路か何かのようだ。

 家に帰ってからウィキペディアを見ると、今は使われていなくて、羽田空港拡張時にやっぱり使うかもしれないから保存してあると書いてあり、やはり今は動かしていないのであった。
 おかげで道路の断面を見ることができ、幸運であった。

 広い海面を見てのびのびするのは、今回はあきらめたほうがよさそうだ。地図で見ると、海側は埋立地ばかりで、海らしい海を見るにはその先までいく必要があり、そこまでの時間はない。
 気持ちを切り替え先へ進む。しばらく北上すると、また交通公園があったので寄ってみた。

 交通公園多いな。こんなにも普及しているのに、奈良県にないというのが不思議だ。
 森ケ崎交通公園は、先の萩中公園よりも規模は小さかったが、消防車と救急車の本物が置いてあり、救急車の中に入ることができた。消防車はわりと見るが、救急車は珍しい。これはお医者さんごっこもできそうである。

救急車の内部

 子どもの頃に遊んだ交通公園には、こういう本物の乗り物はなかった。交通公園はどんどん進化しているらしい。ただし奈良県を除いて。
 海が盛り上がらないので、内陸のほうへ進んでみる。すると不意にいい感じの壁に出会った。

 なぜか水色に塗られており、そこにバラの木がからまって、まるでゴッホの浮世絵のよう。いきなりこういう風景に出会うのが散歩のいいところだ。
 さらに貴船稲荷神社の境内に入ると、太鼓橋の欄干があった。

貴船稲荷神社の太鼓橋

 以前取り上げた『暗渠パラダイス!』によると、橋跡はほぼ確実に暗渠がある暗渠サインとされている。つまりこの下にはいまも川が隠れているということか。いわゆるトマソンということになるが、それなりにいい感じの橋なので撤去したくなかった気持ちはわかる。
 トマソンといえば、そのそばで見た塀に残された何かの跡。プロパンが置いてあったのだろうか、それとも? 
 ちょっと人影に見えなくもないところに味がある。

塀に残る何ものかの跡

 このあたりは路地が入り組んでいて、そういう場所ほどちょっと面白いものが見つかりやすい。これを見つけたから何があるというわけはないけれど、こういう風景を見つけると散歩に来てよかったと思う。地図で見て、道が碁盤の目になっていない区域は積極的に入り込んでいくべきである。

 ゴールの平和島へ向かう途中、また交通公園があった。さすがにありすぎではないか。
 小さな公園ではあったけれど、カーブの連続するいいレイアウトで、都市ぽかった森ケ崎交通公園に対し、ここは田舎道気分を味わうのに適している。

 今回は気がつくと交通公園を巡っていたような気がする。あと富士塚。子ども時代と江戸時代のメタバースを巡る散歩になった。
 最後にスイーツ好きの西山くんと、大森特産の海苔大福を食べようと店を探したが、残念ながら売り切れていた。西山くんと何かを食べに行くといつも売り切れなのであった。


今回さんぽした場所

 

この連載は月2回の更新です。
次回は2023年2月28日(火)に掲載予定です。