おじさん酒場 山田真由美・文 なかむらるみ・絵

2015.12.11

12大阪ポマードおじさん

 だし巻きと熱燗[クラスノ・大阪大正]

 

 

 小学生のころ少しだけ駆けっこが得意だった私は、運動会ではリレーの選手だった。選手に決まると、放課後は毎日バトンパスの練習。走り出すタイミングがむずかしく、速すぎても遅すぎてもいけない。お互いの呼吸を合わせてしっかりとバトンをつなぐ。リレーはチームワークの競技だ。
 家族で営む酒場で呑んでいると、リレーのバトンパスを思い出す。夫婦で、親子で、きょうだいで働くその仕事ぶりから、きっと初代が大切にした「店の魂」を代々受け継ぎ、守りつづけているのだろうという姿勢が伝わってくる。近ごろは家族の絆など幻想に過ぎないという意見もあるようだが、私が知る家族酒場は安心と信頼のもとにみなで支えあい、見事なバトンリレーを見せてくれるところばかりだ。
 そんな家族店には、ここが我が居場所と決めて通う客たちがいる。彼らが店の歴史とともに時を重ね、見守り支えつづけているから家族酒場はいっそう磨かれ、独特の空気や個性をつくりあげてこられたのだろう。
 そうした感慨が、静かにこみあげる酒場に出会うことが稀にある。
 大阪環状線の大正駅からほど近い路地に構える「クラスノ」。ここで私は、あるひとつの家族のリレーを見た。

 沖縄民謡が発車メロディの駅に降り立つと、ぷんと肉の焼けるにおい。大正地区はその昔、沖縄からの移住者が多かったそうで、駅周辺には沖縄料理店が目立つ。高架下は串カツ、おでん、ホルモン焼き、立ち飲み、バルなど新旧入り交じって飲み屋が並び、金曜の夜だ、どこもたいそう賑わっている。おっちゃんおばちゃん若者たちと客層がさまざまなのはまちの懐が深い証拠。おいしいにおいも加勢して、期待が高まる。
 からからから。引き戸を開けると、店内はびっちり大賑わい。入って左手のカウンター席では独酌おじさん、背広のサラリーマン、中年カップルなど。右手のテーブル席いくつかは、地元のおっちゃんおばちゃんか。店のおかみさんと親しげに話しながらのくつろぎ酒だ。入口すぐには簡易テーブル、折りたたみスチールイスが置かれ、ここでもおばちゃん二人組がチューハイ片手に熱心に話し込んでいる。
「いらっしゃいませ〜」
 白地に水色ストライプのコック帽がどこか洋食屋風のご主人が、カウンターの向こうで何かを焼きながら白い歯を見せて迎えてくれた。人懐こい目尻のしわに、ふわぁと気持ちが緩む。「ほなまた」「おおきに〜」赤ら顔で爪楊枝くわえたおっちゃんふたりが帰るところだ。ピークをはずして遅めに来てよかった。
「こちら、サービスですぅ」
 カウンター席につくなり出てきたのは、グリンピースの卵煮とごまめ。手塩皿にちんまり。「お飲み物、なににしまひょか」ええと、ビールを。「生と瓶がございますぅ」瓶でお願いします。「へい、瓶ビール1本!」間髪いれず、曇りひとつないグラスと大瓶が届いた。

 歯のきれいなご主人のとなりに立つまだあどけなさの残る青年が、同じ水色ストライプ帽を被り真剣な表情で火元を見つめている。おかみさんは、若いサラリーマンに「コースはね、くわ焼き6本に生野菜がついてお得やねん」とすすめ、健康を気にするご婦人に「マヨネーズは自家製でヘルシーやさかい」と説明している。丸顔にクリクリとした瞳が厨房の青年とそっくりだ。赤ちゃんを負ぶいながら、忙しそうに料理や酒を運んでいるショートカットの小柄な女性は息子さんのお嫁さんか。男が厨房を預かり、女は客をもてなす。息の合った連携プレーは家族ならではだ。
 カウンター越しに見える鉄板では、鶏肉や牛肉、いか、たこ、なす、ピーマン肉詰めなどが次々焼かれ、じゅうじゅうと旨そうな音を立てている。焼き目がつくとステンレスのボウルでふたをし、少し蒸す。ほほう、これがくわ焼きか。
「昔は畑仕事の合間に、農具の鍬の上で鳥なんかを焼いてたらしいんですわ。せやから、くわ焼き、いうんです」
 ご主人が手を動かしながら教えてくれる。客の多くが頼む「おまかせコース松」は680円。おかみさんの言うとおり、お値打ちだ。
 焼きとり、こんにゃく田楽、ささみしそ巻き、いか、レンコン肉詰め、えのき茸。以上、本日のコース松。香ばしく焼かれた鶏ももとタマネギに甘辛いタレの焼きとり。こんにゃくも鉄板で焼き目をつけてから味噌ダレをかける。いかとささ身はあっさり塩味。豚バラで巻いたえのきのしゃっきり歯ごたえ。レンコン肉詰めはカレー味で、これまた酒呑み泣かせの一品だ。どれもこれも、安くて旨くて気どらない、大阪下町の味。瓶ビールを追加して、どんどん食べてグビグビ飲む。

「おねえさん、だし巻き食べた?」
 となりでお銚子を傾けていた独酌おっちゃんが煙草を灰皿にもみ消しながら言った。黒いスーツに白いワイシャツ。ネクタイはしていないが、社章だろうか小さなバッチがスーツに光る。きっちり七分にわけた薄毛にはポマード。テーブルにはお銚子数本、ぬたとまぐろ、セブンスター、この店のマッチ。渋いチョイス。まだ食べてないと伝えると、どこから来たのか、初めてかと確認してから、咳払いひとつ。独演が始まった。

「ここは今年たしか百歳になる旦那はんが戦後まもなくシベリア抑留から戻りはって開いた店でな」まずは店の歴史を教えてくれる。
 店名の「クラスノ」は、初代の松原豊一さんが抑留されていたロシアのクラスノヤルスクにちなんでつけられた。堪え忍んだ苦難を忘れず、世のため人のために生きようという決意が込められている。引退してからは、二代目の一行さんご夫婦がその精神を受け継いだが、以来、クラスノ名物でもあった豊一さんのだし巻きはしばらくメニューから消えていた。復活したのは、一行さんの息子弘智さんが店に立つようになってから。それでも最初は、「ぜんぜん旨もない」「味がちゃう」と常連からダメ出しされてばかりだったという。セブンスターに火を点けながら、「最近やろな、マシになってきたのは」とおっちゃん。
 果たして、私の目の前にそのだし巻きが熱々の湯気をたてて運ばれてきた。
「なかなか上手に焼けとるやんけ」
 クラスノ歴20年だというおっちゃんは、身内のできばえを見守るかのように、横目でだし巻きを見やり、満足そうにうなずいた。

 たまご3つにたっぷりの出汁が閉じ込められた大きなだし巻きは、ほんのり醬油の香りのする酒呑み仕様。ふわとろたまごの幸福に浸るには、酒場のだし巻きに限る。しかもこのボリュームで270円とは。
「どや、うまいやろ?」の言葉に、笑顔で返し、私も酒を燗につけてもらった。

 しかしこのおっちゃん、さすが20年通っているだけあって、店のことに詳しい。
「シベリアは死ぬほどしばれて、ろくなもん食べられへんかったて。よっぽど辛かったんやろな。うちでは腹一杯食べていってや、よく旦那はんが言うてたわ」
「ばあさんも少し前までは店に出てきよったんやけど、最近は見かけへんなあ。元気にしよるか、ばあさん」とご主人に向かって言った。
 焼きものがひと段落したご主人は、コテで鉄板の焦げをこそげ落としながら応える。
「へえ、おかげさまで。さっきまでそこに腰掛けよったんですわ」
「そうなんかいな。ばあさんにはずいぶん戦争の話を聞かせてもろてなあ。何年何月何日、って克明に覚えてはるんやで。感心やわ」
 もう少しで閉店の22時。いつの間にか客はわたしとおっちゃんだけになっていた。赤ちゃんを負ぶって仕事をしていたお嫁さんとおかみさんがテーブルで食事を始めている。だし巻きを焼いてくれた三代目も出てきて、仕事の緊張がほぐれた表情でわが子を抱きあげた。
 だし巻き、おいしかったです。声をかけると、照れくさそうに頭を下げる。
「まだまだです。おじいちゃんのようには焼けません。きれいに焼こうとすると、かたくなってしまうし、ジューシーに仕上げようとすると、形が整わない。何百編つくっても、おじいちゃんのだし巻きには追いつかれへん。一回一回が真剣勝負ですわ」
 おっちゃんが最後の酒をお猪口に注ぎ、言う。「旦那はんが50年、60年かけてつくってきた味や。追いつかれへんのは当たり前。でもその心意気は、ええな」
 やりとりを聞いていたおかみさんのひと言がよかった。
「息子たちと一緒に働けるってなんて幸せなんやろて思います。家族みんなで力を合わせてきましたから」
 お孫さんのほっぺを撫ぜ、「この子がだし巻きを焼いてくれる日が楽しみやねん、な、四代目」そう言うと、ふくよかな微笑みを満面に咲かせた。

 家族のリレー。バトンはシベリア抑留の苦難を乗り越え世のため人のためと店を始めた豊一さんから一行さんに受け継がれ、弘智さんに渡される。そしていつの日か、1歳になったばかりのこの坊やが店自慢のだし巻きで客を満足させるときがくるのだろう。
 バトンは確実に次の世代へと渡されてゆく。たしかな未来を描きながら、家族で汗を流す。なによりの幸せに違いない。そのバトンリレーを見守り通うおっちゃん。彼もまた、幸せ者のひとりだ。

クラスノ

大阪府大阪市大正区三軒家東1-3-11
電話:06(6551)2395
営業:平日17:00〜22:00  土曜・日曜・祝日休

大正はかつて沖縄からの移住者が多かった地域。リトル沖縄の雰囲気漂うまちに、「くわ焼き 小鉢もの 鍋もの クラスノ」ののれんが異彩を放つ。個性的な店名は、初代の松原豊一さん(御年100歳!)が終戦後、強制抑留されたロシアのクラスノヤルスクにちなんでつけられた。いまは二代目の一行さん夫婦と息子の弘智さん夫婦の4人で店を守る。くわ焼き3皿6本と生野菜がつく「おまかせコース」の「松」680円をはじめ、たらふく食べて飲んでも財布がさみしくなることはない。店のマッチに「抑留中の苦労をしのび いかなる艱難にもたえ 今をくいなく 我が身をやしない 世の為人の為」とあり、その精神は家族3代、連綿と受け継がれている。

 

 

(第12回・了)

 

この連載は月1でお届けします。
次回2016年1月29日(金)掲載