おじさん酒場 山田真由美・文 なかむらるみ・絵

2015.8.20

08大阪タータンおじさん

 関東煮とにごり酒[イマナカ酒店・大阪十三]

 

 

 あずき色の阪急電車に乗っている。大阪に酒を呑みにきたのだ。
 せやねん、かまへん、ほな、ちゃうやろ!……あぁ、なんて小気味いいんだろ、関西弁。
「十三(じゅうそう)、十三です。」
 痛快な関西弁に耳を傾けているうちに、着いた。何度目かな、十三。
 その昔、大阪在住イラストレーターの友人に案内してもらったのが最初。エロい色香を放つネオン街に風俗店が連なり、湿った臭いのなかで、「いい娘(こ)いますよ」と囁く客引きや、路地の片隅でタバコを吸う立ちんぼ風のお姉さん……そのアンダーグランドな怪しい世界にゾクゾクした。西口を降りてすぐの脇に闇市のごとき小路があり、赤ちょうちんやはためくのれんが飲兵衛を誘う(2014年の火災により現在閉鎖中)。素晴らしい景色に色めき胸キュンしていると、垂れ下がる巨大なのれんから、おっちゃんたちの足元がのぞく串カツ屋に案内された。
 いまでこそ、東京でも串揚げ屋はポピュラーだが、当時は珍しかった。ソースがなみなみ入ったステンレスのバットに、ご自由にどうぞのキャベツ盛り。友人は、カツ2本と瓶ビールを頼むと、あっという間に揚がった1本を手にとり、迷わずソースの海にどぼんと根元までつけた。そんなに? 驚いていると、皿の上でトントントンと余計なソースを落としてほおばった。
「二度づけお断り、ってあるやん」
 指差した壁には確かにそう書いてある。
 上品に串の先にちょこっとつけるだけでは、ふた口目からソースなしになってしまう。なるほど。大勢の人がこのソースの海を使うわけで、みんなが気持ちよく食べるための大阪人の知恵ってわけか。
「二度づけお断り」を初めて知った十三の夜であった。

 今日はひとり。十三でひとり! 電車の扉が開いた瞬間、にわかに緊張が走る。関西弁が飛び交うコッテコテのおっちゃんたちが昼間から呑んでいる酒場に単身乗り込もうとしているのだ。
 東口改札前のアーケード商店街を歩く。目的の店はすぐに見つかった。
「イマナカ酒店」
 表にビールケースが積み上げられ、自転車がいくつも並んでいる。扉の代わりに薄いビニールシート。目を凝らすと、奥はかなり広いようだ。16時前だったが、すでにおっちゃんたちの足が何本も入り乱れて見える。
「最初は入りにくいかもしれへんけど、ヤマダちゃんだったらいけるやろ」
 十三ひとり呑み計画にふさわしい店を、と大阪の友が推薦してくれたのは、酒屋の一角で呑ませてくれる「角打ち」であった。
 入りにくいどころか、私は完全にビビっていた。東京の角打ちとはわけがちがう。関東のおじさんはシャイというかおしとやかというか、適度な距離をわきまえている感じがあるのだけれど、関西のおっちゃんたちは相手かまわずグイグイくる。鋭くツッコミを入れられたりボケられたりしても、笑いに疎い私はポカーンとして「どんくさっ!」と失笑されるのがオチだろう。
 はたして楽しめるのだろうか。いや、その前に「あんたみたいなんが来るところやない」と排除されはしないだろうか。一度ビビるとなかなか足が進まない。でも、十三ひとり酒をクリアして大人の階段を上がりたい。そのためだけに新幹線に乗ってやってきたのだ。愚図グズせんと、さっさと突入しーや!

 えいやっとビニールをくぐった。昭和の任侠映画に出ていそうな強面のおっちゃんや、年金暮らしであろうおじいちゃんたちが憩いの酒を呑んでいた。手前の冷蔵庫をササッと物色し、黒ラベルの350㎖をつかむと、奥に足を踏み入れた。角打ちはたいていセルフで好きな飲み物を選び、品が届くたびに支払うシステムである。

「いらっしゃい」
 私に気づいた店のお兄さんがグラスを渡してくれる。かつては倉庫として使われていたのかもしれない。天井が高くがらんと広いスペースには、立ち呑み用の簡易テーブルが5、6個ランダムに置かれていて、先客で3つ埋まっていた。その傍らには、「本日のオススメ」的な冷蔵ケースと長いカウンター。こちらのほうが人気のようだ。すでにオールおっちゃんで埋まっている。カウンターの内側では、男性店員2人が酒をついだり、ツマミを小皿によそったりしている。壁には焼酎や日本酒の1升瓶が棚にずらりと並び、缶詰や乾き物のケースも種類が豊富。その下は天ぷらコーナー。冷蔵ケースには煮物や酢の物などの手作り総菜に加え、刺身もある。

「ねえちゃん、山登ってきたんか?」
 30ℓのザックを背負ったまま、缶ビールとグラスを手に店内を観察していたら、テーブルでひとり呑んでいたおっちゃんに声をかけられた。少し斜めに被った工務店の名前入りキャップに薄いグレーのジャンパー。鼻水がちろりと光っている。
「あ、仕事の荷物なんです」会釈をして、そのおっちゃんとは違うテーブルにビールとグラスを置いた(まだビビっているのです)。

 緊張をほぐそう。グラスにビールを勢いよく注ぎ、ツマミも頼まず1本をグビグビと飲み干した。もう一本黒ラベルをとり、2本目を半分ぐらい呑んだあたりで、酔いがきた。同時に、なんか食べたい! 急に胃袋が暴れ出した。

 関東煮、ってなんだろう。雑然と貼られた壁のメニューが気になる。たまご、ごぼ天、こんにゃく、じゃがいも、だいこん、しゅうまい……。あ、おでんのことね。
「しゅうまいと……、ねぎまってなんですか?」聞いてみる。
「ねぎま、ゆうたらマグロと葱やんか」
 すかさず突っ込んできたのは、まわりの客に「○○はん、久しぶりとちゃいます?」「なんやもう帰るん?」と声をかけまくっていた賑やかなおっちゃんだ。頭は真っ白だが、ずいぶんと若づくりな青いタータンチェックのシャツ。くすんだ色のおっちゃんばかりのなかで、ひときわ目立っている。
「関西じゃカントウニって言うんですね。おでんのこと」
「カントウニやないで。カントダキや。あんた、どっから来た? そない大きな荷物もって」
 私とザックとを交互に見ながら、好奇心を隠さず聞いてくる。歯がところどころ、ない。
 ざっくりと東京方面から仕事で来たこと、大阪のなかでも十三が好きで、何度か呑みに来たことがあること、ここは近くに住んでいる友人から薦められてやってきたこと、をかいつまんで話した。
「うへ〜、東京からわざわざ来はったん? 十三が好きなんやて? けったいなねえちゃんやな」
 大げさに驚いて、まわりのおっちゃんたちに、「東京から来てんて。こんなとこが好っきゃねんて。おかしないか〜」とふれ回っている。恥ずかしくなって、目についたにごり酒を頼むと、間髪いれずにタータンおっちゃんに突っ込まれた。
「にごり酒なんか呑むんか、酒強いんやなあ。東京のねえちゃんはみんなそんなんなんかいな」
 そして、「おごったるさかい、もう一杯呑みいや」と、私のテーブルに移動してきた。
 うへ〜〜っ。グイグイくるわ、大阪のおっちゃん。
 私の狼狽をよそに、ぐっと顔を寄せてきて「ところで自分、警察官とちゃうか?」と唐突に聞いてくる。
 え? まじまじ歯のないおっちゃんを見ると、神妙な顔つきをしている。
「自分、写真撮ったりして、なんやきょろきょろしとるし。わしのことも職質みたいやんか。まだ疑ってんやろ? わし、ほんまにやってないで」
「警察官じゃないですよ! ライターです。文章を書く仕事」
「なんや、ねえちゃん作家なんか」
 そんな立派なものじゃないですけどね。それより、疑うとか、やってないとか、おだやかじゃない。おっちゃんはよほどワケありなのだろう。あまりにも警察官と決めつけるので、名刺を渡した。それでも「やっぱりわしを調べにきたんやろ!」「手錠とか入っとるんやなかろうな?」などと、思い出したように私を覆面婦人警官呼ばわりする。手錠って! ここは笑うところか、と思ったが、おっちゃんはいたって真顔だ。恐るべき、思い込み力。
 でも、帰る気配はない。「ワシ、もてんねん。ほんまやで。ほれ、これ女からのLINEや」と、ハートやチューのスタンプだらけの携帯の画面を見せてくれた。実際、その子かどうかは不明だが、電話がかかってきた。「あとで行くよってに。え、めし? ええで。なに食べたい?」と嬉しそうに話している。たぶんお店の女の子なのだろう。
 これでおっちゃんから解放されるわ、とホッとしたのも束の間。電話を切るなり、
「近くにこんなとこよりエエ店あんねん。いまからいこや」と耳打ちしてきた。
 警察に追われていると言っているようなアヤシイおっちゃんについていったらアカン。私の黄色信号が点滅した。これから東京に戻らないといけないので残念です、と丁重にお断りすると、「さよか。ほなな」と意外とあっさり帰りかけ、思い出したように戻ってきて言った。「ここの茶碗蒸し、うまいねん。隠れ人気メニューやで」
 おっちゃんが出ていったあと、店のお兄さんがプラスチックのカップに入った茶碗蒸しを持ってきてくれた。あのおっちゃんからのおごりだという。
 レンジで温められたできあいの茶碗蒸しは、銀杏と鶏肉が入った出汁たっぷりのプルプル味で、十分おいしかった。

 先日、見知らぬ番号から着信があった。出ると十三のおっちゃんで、警察沙汰が片付いた、疑って悪かったという。そして、私の名前を新聞で見つけ、あれはあんたかと聞かれた。そうだと答えると、ほんまに作家やったんやな、と感心している。
 作家じゃない、といくら説明しても理解されなかったので、もう訂正するのはやめた。
 次、十三に行ったときはおっちゃんの「エエ店」に連れていってもらおうか。
 そのときまでに、ツッコまれたら面白いボケのひとつやふたつ返せる自分になっていたい。

イマナカ酒店

大阪府大阪市淀川区十三東2-6-11
電話:06(6301)3361
営業:[月〜土]9:00〜22:00 [日]9:00〜20:00 [祝]9:00〜21:00 無休

大阪十三は、「角打ち」の名店が3軒そろう。「くれは中島酒店」「イバタ」、そして東口アーケード商店街の「イマナカ酒店」。十三の労働者たちを三代にわたって支えてきた最古参だ。相撲中継が始まる時分ともなれば、おっちゃんたちがずらり。さすがに女ひとりはひるむが、勇気を振り絞って入ってしまえば、そこはパラダイス。三代目のこうちゃん、店員のやっちゃんはじめ、おっちゃんたちがおおらかに迎え入れてくれる。瓶ビール(大)370円、清酒(特選)310円、ワイン210円、冷蔵庫の缶ビールや缶酎ハイは小売価格。「今月の地酒」も豊富。関東煮は90円〜150円。冷蔵ケースの総菜も、やさしい手作りの味わい。

 

 

(第8回・了)

 

この連載は月1でお届けします。
次回2015年9月1日(火)掲載