ソウル、オトナの社会見学 大瀬留美子

2019.12.25

04ソウル、秘密の施設

 

 秘密の施設。謎めいた響きに心動かされるのはオトナになっても子どもと一緒。秘密めいた場所を探して歩くソウルもまた魅力に満ちている。訪れる先々で、様々なかたちをした地下空間が韓国の近現代の歴史を語ってくれることに気がつく。今日も扉の向こうで、地下の世界で、暗闇の中で、ソウルの歴史はゆっくりと静かに奥行きを増していく。

 汝矣島(ヨイド)の地下バンカー
  国会議事堂をはじめ63ビルディングなどの高層ビル、金融機関や放送局などが立ち並ぶオフィス街・汝矣島。2005年、汝矣島公園前にバス乗換センターを建設しようとした際、不思議な地下空間が偶然発見された。詳しい資料がないため断定はできないものの、1970年代の朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権の時に大統領の秘密警護用施設としてつくられたものではないかと言われている。2015年の特別公開後、201710月にソウル市立美術館が運営する文化空間「SeMAバンカー」としてオープン、発見当時のまま保存されている展示物の見学と空間を生かしたアート作品の観覧が可能だ。
 低い天井、復元されたソファーやトイレ、シャワースペース、機械室をはじめとした部屋の鍵などは、秘密の地下施設のミステリアスな雰囲気をさらに盛り上げてくれる。「SeMAバンカー」はアートの展示スペースと歴史ギャラリーに分かれており、展示スペースではテーマに沿った様々な展示を見ることができる。歴史ギャラリーでは、ソウルの中心を流れる漢江(ハンガン)の中洲に過ぎなかった汝矣島が飛行場になり、政治・経済の中心地へと変化する様子を紹介している。最寄り駅は地下鉄57号線汝矣島駅、入場は無料。


 文来洞(ムルレドン)の地下バンカー
 文来洞はソウル南西部に位置し、外国人観光客にも人気の大型ショッピングモール「永登浦(ヨンドゥンポ)タイムズスクエア」からほど近い庶民的な町だ。鉄材関連の町工場が多いことで知られているが、町工場エリアに様々な活動をするアーティストらが次々とアトリエをかまえるようになり、芸術創作村が形成された。カフェやレストランも増え、注目を集めるスポットになって久しい。その町工場エリアに近い文来洞近隣公園は、文来洞住民のオアシス的な存在だ。マンションと大型マートに囲まれており、地下鉄2号線の文来駅7番出口を出ると豊かな緑が出迎えてくれる。人々は思い思いに散策を楽しみ、お年寄りはベンチで楽しそうに談笑し、子どもたちの声が響き渡る。
 一見平和そうに見える公園だが、元々どんな場所だったかを聞いたら少々驚くかもしれない。かつて、ここは第6軍管区司令部という部隊の駐屯地だった。軍管区司令部は1950年代に創設された陸軍部隊。第6管区司令部はソウルおよび京畿道(キョンギド)の一部(現仁川(インチョン)も含む)を管轄し、1961516日、後に大統領となる 決起軍指導者の朴正煕が軍事クーデター5.16軍事クーデター)を起こした際、司令部の役割をした。軍事政権の下、1975年に軍部隊は別の場所に移され1986年に公園になったが、公園の一角には朴正煕が作戦会議をしたという地下シェルターが残っており、入口の扉は固く閉ざされている。土の盛り上がり部分に排気口らしきものが並んでいて、やや異様な雰囲気が漂う。園内には5.16革命発祥の地として建てられた朴正煕前大統領の胸像があるが、撤去を求める声は今も大きい。


 朝鮮時代の王宮、慶熙宮にある防空壕
 ソウル市内で最も西にあるため西宮とも呼ばれた慶熙宮は、1623年に完成した王宮だ。
 西大門と光化門の中間あたりに位置し、朝鮮王朝第21代王・英祖(ヨンジョ)から第25代王・哲宗(チョルジョン)まで約280年の間離宮として使用されていたが、日本統治時代に王宮内の建築物がなくなり京城
中学校が建てられた。解放後に京城からソウル高等学校と名称が変わった後、学校が移転して1988年から復元事業が始まり、2002年より王宮として一般公開されている。また、元々王宮の敷地内だったところにはソウル歴史博物館がある。
 慶熙宮の正門である興化門(フンファムン)をくぐりそのまま進んでいくと、向かって右手に小高い丘が見える。王の寝室だった隆福殿(ユンボクチョン)および王妃の会祥殿(フェヤンジョン)があったと推測されている場所だ。その丘とソウル歴史博物館駐車場へと通じる道の間に、グレーのコンクリート壁と扉が見える。地下空間は地下12階、高さは5.8、幅が9.3、長さが107メートル。トイレや洗面台もあり、1944年頃通信および待避施設としてつくられたのではないかと推定されている。防空壕からほど近い光化門(カンファムン)にはかつて朝鮮総督府逓信局があったが、景福宮(キョンボックン)の敷地内の朝鮮総督府庁舎まで地下通路でつながっているという噂を聞いた逓信局職員もいたという。あのあたりの地下の秘密通路にまつわる都市伝説かもしれないが、いろいろ存在する可能性もなきにしもあらずだ。
 防空壕は201710月から期間限定で「SeMAバンカー」とソウル東部の地下鉄2号線新設駅地下プラットフォームと共に一般公開された。その時、この防空壕ではアート作品がいくつか展示された。現在は施錠されている。



 ソウル西、宮山トンネル歴史展示館
 ソウル西部の地下鉄9号線陽川郷校(ヤンチョンヒャンギョ)駅から10分ほど歩くと、ソウル市内にある唯一の郷校として知られる陽川郷校が見えてくる。郷校をぐるりと囲んでいるのが宮山(クンサン)だ。高さは約70メートル、近隣公園として整備され、漢江が一望できる。朝鮮後期に活躍した山水画の画家謙齋(キョムジェ)は美しい風景を描き残した。山の頂上は三国時代から重要な軍事拠点として認識され、統一新羅時代に築かれたという「陽川古城」の跡地がある。豊臣秀吉による朝鮮出兵時、権慄(クォン・ユル)将軍が幸州(ヘンジュ)山城の戦いに備え作戦会議をした場所でもあるそうだ。いろいろな歴史を持った宮山の地下に、防空壕があると周辺住民の証言を元に2008年に調査を行なったところ、逆L字型の防空壕が見つかった。高さは2.7、幅2.2、長さが68メートルで、1937年にできた金浦飛行場から約3キロメートルの地点にあるため、武器や弾薬倉庫、避難場所としてつくられたのではないかと推定されている。現在、防空壕は「宮山トンネル歴史展示館」として一般公開されており、中に入ることができる。展示館の周辺には謙齋鄭敾(チョンソン)美術館やソウル植物園もあるので、ついでに訪れてみるのもいいだろう。



 あちこちに残る防空壕
 なお、ソウル市内には、国民総力朝鮮連盟(1940年に結成。戦時下の朝鮮の総動員体制を担う団体)が愛国班(末端機構として十戸を一班とした相互扶助組織)に呼びかけ、町ごとに作らせた防空壕がぽつぽつ残っているという。194112月の太平洋戦争開戦以降、1941年から1944年にかけての当時の新聞記事を見ていると、京城(当時ソウルの呼称)で待避訓練や防空壕作りが積極的に行われていたことがわかる。緊急事態に備え、広い意味で防空壕、シェルターが富裕層の多く住む高級住宅街の家に設置されているのはよく聞く話だ。地下鉄3号線東大入口(トンデイック)駅周辺のなどの住宅の地下から、1940年代につくったと思われる防空壕が見つかっており、現在は倉庫として使っているところも多い。 大ヒット映画『暗殺』(2015)のロケ地にもなった嘉会洞(カフェドン)の白麟済(ペク・インジェ)家屋にも防空壕があり、出入り口の見学が可能だ。
 正読図書館は三清洞エリアにある公立図書館だ。裏手のブロック塀に何やら入口を塞いだような白いセメント部分がある。以前は小屋が塀にくっつくように建っており、ムーダン(巫堂、巫女が踊りながら霊媒を行い、依頼者にお告げをしたりアドバイスをする)が住んでいたというが、防空壕の出入り口だったかもしれないと想像するのも楽しい。


 1940年代に作られた高級住宅地下の防空壕が人の目に触れることなく、ソウルの人気観光地に存在している。軍事政権時代の地下空間がアート展示場に、そして分断国家であるゆえ某所にはシェルター機能を備えた地下指揮統制所があり、休みなく稼働している。
 地下空間をつくった(つくらされた)人たち、当時の状況などを想像する。そういった想像が、ソウルの歴史や都市構造などに興味を覚えるきっかけとなっていく。


SeMAバンカー
住所:ソウル特別市 永登浦区 汝矣島洞 2-11地下

(서울특별시 영등포구 여의도동 2-11 地下)
時間:10:00~18:00
休日:月曜、1月1日
地下鉄5・7号線汝矣島駅3番出口 徒歩7分

文来近隣公園
住所:ソウル特別市 永登浦区 文来洞 3街66
(서울특별시 영등포구 문래동3가 66)

地下鉄2号線文来駅1番出口 出てすぐ

慶煕宮
住所:ソウル特別市 鍾路区 セアムン路 55
(서울특별시 종로구 새문안로 55)

地下鉄5号線西大門(ソデムン)駅 4番出口 徒歩7分

宮山トンネル歴史展示館
住所:ソウル特別市 江西区 陽川路 47キル 36
( 서울특별시 강서구 양천로47길 36)

時間:10:00~16:00
休日:月曜、1月1日、旧盆、旧正月連休
地下鉄7号線陽川郷校駅 2番出口 徒歩7分


(第4回・了)

この連載は月2回更新でお届けします。
次回は2020年1月15日(水)掲載予定です。