山と獣と肉と皮 繁延あづさ

2020.5.15

17猪と鶏

 

 

 

 イノシシを軽トラの場所まで引き出すと、中村さんとみゆきさんは腹出し作業に。腹出しとは、肉を傷めないよう温かい内臓だけ先に出してしまう行為。おじさんは山で解体まで済ませるが、中村さんたちは内臓だけ出したらそのまま持ち帰る。家で吊るして干すのだ。  

 

 

 はじめて見たときは心臓が止まりそうだった。お腹が空洞のまま干された猪は、生き物のようで生き物じゃないみたいな、妙な存在感を放っていた。おじさんが獲った猪は、すぐに頭を切り落とされ、山で解体されて肉になる。けれど中村さんの獲った猪は、頭もついたまま。猪は猪のままであり続けている。少なくとも、ビジュアルだけはそう見える。約2日間この状態で放置されるのだ。それはおおきな傀儡(くぐつ)のようで、中に何かを入れたらまた動き出しそうだった。

 

 

 中村さんが寒い冬の時期に、こうして猪を吊るし干しをするようになったのは一昨年以降。丹波の猟師さんから教わったやり方で、死後硬直が落ち着いてから脱骨するほうが、柔らかくおいしい肉になるのだと話してくれた。熟成させるということか。すごく興味がわいた。山で死んだ獣がいろいろな生き物に食べられ、朽ち果てていく様子を見て以来、人間にとって “ おいしい ” はいつだろう?  と考えるようになっていたせいだ。
 獣の死から、時間の経過とともに、入れ替わり立ち替わり食べにきていると思しき生き物たちの痕跡。それぞれに好むタイミングや期間がちがうことが印象に残っていた。中型の野生動物が食べたり引っ張った痕があるのは、新鮮な数日間だけ。一方、蛆虫はちょうど腐臭が漂いはじめるころに卵から孵(かえ)り、骨にこびりついた肉片だけになってもまだ肉を齧っていて、期間も長い。
 もちろん私たちは、人間の言葉でいうところの “ 腐った肉 ” は食べられない。それは毒である。私たちは猪を生で食べることすらできない。けれど、加工したり料理することで “ おいしい ” タイミングや状態をコントロールすることはできる。丹波の猟師直伝の肉を干す知恵はまさにそれだ。ここで干された猪肉を食べてみたくなった。

 

 

 ちなみに、中村さんが解体していく光景は干された猪同様にかなりショッキングなものだった。おじさんとの大きなちがいは、最後まで頭を切り落とすことなく作業を進めることだ。全身の毛皮を剝がされてもなお、そこには目があり、口がある。目のまわりを剝ぐのを初めて見たときは、思わず「うわ!」と声を上げてしまった。
 中村さんは平然として、他の箇所と変わらぬ手捌きで粛々とナイフを動かす。目元もかまわず、するり。突如白い地肌に真ん丸い目が露わになった。瞼とは、目の一部ではなく表皮(皮膚)の切れ目であることを知った。もう二度と閉じられることのない瞳が、まだキラキラと光っている。口も閉じない。歯は剝き出しのまま。私の顔も、皮を剝げばきっとこうなのだろうと思った。

 

 

 おじさんは山に毛皮を捨ててくるが、中村さんたちは取っておく。すべて剝いだあとには一枚の完璧な全身の毛皮が残る。それを塩とミョウバンで揉んで干すという比較的手軽な処理を施している。ただ猪の毛は固く、いまのところ活用するまでには至っていない。だから、乾かした毛皮は増えていく。
 最初は疑問に思った。なぜ用途もないのにそんなことをするのだろうか。けれど、彼らと付き合っていくうちに、なんとなくわかるような気がしてきた。おそらく、残しておきたいのだ。

 

 

 少し間があいて中村さんたちに会うと、私が同行できなかった間の狩猟話をしてくれる。その話し方は、おじさんの武勇伝とはちょっとちがう。

「あいつはすごかった。最後まで覇気いっぱいでこっちに向かってきたもんね! 一発で仕留めてあげられなくて申し訳なかったなあ」

「あのメス。先に子どもたち逃して、自分は体当たりするようにこっちきた。感動した」

 殺していながらも、相手を讃えるような言葉が出てくるのが中村さんだ。猪は相手ではあるけれど、敵ではない。あくまで対等。親しみを抱いているようにさえ感じられる。だから、仕留めた一頭一頭を、たとえば私が写真に残すように、中村さんは毛皮にして残しているんじゃないかと想像している。玄関先に猪の頭蓋骨が並べてあるのも同じことで、出会ってしまった獣に対する感情から、捨てることができないんじゃないだろうか。
 そして、その点において、なぜか中村さんとみゆきさんの思いは強く一致しているように見える。毛皮を処理するのは主にみゆきさんだ。二次利用のための処理というより、腐らせず残すためのひと作業。

 

 

 ここに通いはじめて、もう2年以上になる。以前は、ふたりが白昼堂々と玄関先で猪を解体するのを、奇異な光景だと感じていた。けれど最近は、ごく自然に受け入れられるようになってきた。見慣れてきたというのはある。それに加え、この間に私自身も生き物を殺し、解体する機会を得たのも大きい。ライフワークとして狩猟を追いながら、家庭生活では長男の養鶏がずっと並走していた。

 

 

 

 長男が養鶏をスタートさせたのは4年前の小6のとき。
(※詳しくは「婦人之友」HPを参照)
 https://www.fujinnotomo.co.jp/article/20200111_f201807
「ペットではなく家畜として飼っている」と言う彼は、実際に卵を売って小遣い稼ぎをしている。産卵率が落ちる2年ほどで世代交代させる計画を立て、養鶏を始めた当初から「最後は絞めて、食べることを考えてる」と口にしていた。それでも、頭で考えるのと実際に行動するのは違う。一年目の夏、不本意ながら弱った鶏を絞めたときは、包丁を握りながら「オレ、一年後これできるかな」と震える声で言っていた。その後も、「このコッコを食べなきゃ死ぬっていうなら食べれる。だけど、こんなに他の食べ物があふれているなかで、うちのコッコを食べる必然性が見出せない」と迷いを口にしていた。それでも、絞めて、食べる、という考えを彼は捨てなかった。

 


 彼の読書歴も影響していただろう。プリミティブな世界を舞台にした本を好んで読んでいた。それに、私が台所で野生肉料理するのを見てきた息子である。“ 食べ物 ” が “ 生き物 ” であることはよくわかっていただろう。それを自分の手でやる意義も感じていたのかもしれない。
 彼はまた、「自分の鶏だから残念なことにしたくない」とも発言していた。ただ殺して食べればいいのではなく、ムダのないように捌いて、おいしく食べることが目的だった。みずから育てた鶏だから余計に、おいしく食べられないと激しく後悔することを息子は知っていた。もちろん私も知っていた。以前にも書いた “ おいしいから、嬉しくて、ありがたい ” の感覚だ。だからそうさせてあげたいと思ってはいたが、どう考えても一発でうまくできるはずがない。だからといって簡単に練習できるわけじゃない。殺して食べるという行為。猟師たちが当たり前にやっていることでも、私たちのような一般の人間には遠いことなのだと実感させられた。
 どうしたものかと思っていた矢先、おじさんから「キジが獲れたばい。まだ生きとる。いるね?」と電話がかかってきた。 “これか !? ” と直感して長男にその場で伝えると、同じように思ったらしく「いる!」と大声で返事してきた。
 突然やってきた鶏捌きの機会。心の準備もなければ知識の準備もない。おじさんから手渡された生け捕りのキジを前に、雑誌の解体特集を参考にして、まず首を切り落とすことにした。が、日頃包丁すら使い慣れていない長男。「うまく切れない。どうしよう」とぐずぐずして見ていられない。結局、たまりかねた私が息子の手から包丁を奪いとってしまった。急がなきゃ。すかさず力を込めて振り下ろす。ころんと転がった頭は、そのままに美しく、生きているようだった。
 私はホッとした。そのとき気づいた。私がいつも獣が殺されるところを呆然と見ていられるのは、ムダのない猟師たちの手さばきがあったからなんだと。殺すと決めたなら、なるべくサッと殺したい。私の中にもそんな感覚が生まれていた。

 

 

 その後、私と長男は料理人に鶏の絞め方・捌き方を教わることができた。扱ったのは、養鶏場で “ 廃鶏 ” と判断された鶏。脚を束ね、括って吊るす。そして、左手で鶏の頸の皮膚をピンと張り、右手に持った包丁で頸動脈を斜めに切る。このとき、浅すぎると血の出が悪く一気に殺せない。かといって、深く切りつけすぎると食道を傷つけ、臭いが移ってムダになる部分が増えてしまう。手加減が重要な作業だ。
 切りつけると、鶏は激しく暴れた。悶える様子が、頸を摑んでいる左手いっぱいに伝わってくる。暴れたぶんだけ血が吹き出し、しばらくすると静かになった。それでもまだ、ポタリポタリと赤い血が滴り落ちていく。キジを包丁で一気に切り落としたときとはちがって、左手には鶏が死んでいく感触が残った。言葉にできない。
 静かになった鶏を地面に置いて離れたとき、なんだか覚えのある感じがした。そうか、括り罠猟をするおじさんの、鹿の殺し方に似ているのだ。心臓が動いたままの状態で頸動脈だけを断てば、最小限の傷口から一気に血が放出される。確実に殺し、おいしく食べるための血抜きの技。

 

 

 この冬、当初の計画から半年遅れて、長男と家の鶏を絞めた。世話してきた鶏を絞めるのは複雑な気持ちだったが、そこはもう口にはしないことにした。彼が判断したことだったから。もう手順もわかっており、作業に迷いはなかった。殺すときは迷ったらダメだ。そういった感覚もすでに息子の中に浸透していたようだ。
(※「婦人之友」6月号を参照)
 https://www.fujinnotomo.co.jp/magazine/fujinnotomo/f202006/

 絞めたあと、お湯に浸けて毛を毟(むし)っていたとき、意外と淡々と手を動かしている自分たちに気づいた。

「……この作業、ふたりだから気持ちが救われるんだね」

 私が言うと、

「逆に、山でおじさんが単独で獣殺して、単独で解体してるって、すごいことに思えるよね」

 と息子が返してきた。本当にそうだなと思った。
 山は、誰か他の人がいるだけで気持ちが全然ちがう。たとえ単独であっても、登山道など人の居場所に近い場所ならまだいい。そのどちらでもなく、山全体が生き物のような場所でぽつんと独り、しかも獣を殺し、皮を剝いで、解体してくるなんて。心細さに死体を取り扱う後ろめたさも相まって、冷静ではいられなさそうだ。とてもできないと思った。
 ちょうどそのとき、私の知人が届けものをしにやってきた。事情を知っている人だったので特に弁解する必要はなかったけれど、彼女は「お取り込み中にごめんね」と言ってそそくさと帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、あれ? と妙な感じがした。
 もしかすると、いまの私と息子は、白昼堂々と玄関先で猪を解体する中村さんとみゆきさんと同じなのでは――。視点を入れ替えてみると、それは特別なことではなかった。ふたりにとって、山という異境ではなく、自分たちの領域でやるほうが心が落ち着くのは今はよくわかる。家の前で解体するのは、台所では汚れるから外でやっているにすぎなかったのだろう。

 

 

 この日の私にとっては、殺す・捌く・料理まで区切りがなく、グラデーションのようにひと続きに繋がっていた。殺すことが野蛮なら料理も野蛮。料理が神聖なものなら殺すことも神聖、そんな表層的な概念なんてどうでもいい、という思いだった。
 猟師たちを追いながらも、いつも外側から見ているつもりでいた。野生の獣と家畜はまったくちがう、真逆のフィールドのように思っていた。けれど、いつのまにか自分の感覚が、少しずつ変わってきていることに気づいた。命の感触が、私の手にも。もう見ている側だけじゃなくなっていた。

 

 

 

 

 昨年、中村さんは家の隣を改装して、その半分ほどのスペースに解体室をしつらえた。玄関先ではなくなったぶんだけ、人目に触れない落ち着く場所になったと思った。あるとき、私はそこで中村さんとみゆきさんが解体するのを眺めていた。緊張感のある狩猟とちがって、解体現場は和やかな雰囲気。中村さんがふざけたようなことを言って、みゆきさんがそれをあしらっている。小学生の男子と女子みたいな、いつものふたり。
 彼らの声を聞きつつ、私は解体されていく猪の鼻をまじまじと見つめていた。匂いを嗅ぎとり、地面を鋤か鍬のように掘りかえしてきた鼻。きっと猪の鼻は、人間の目でもあり手でもあるのだろう。すぐ下の歯で器用にタケノコや栗の皮を剝いて食べる姿が思い浮かぶ。偉大な鼻は、猪の象徴だ。

 

 

 猪というひとつの塊が、表皮と内部(肉)に分けられていく。その様子を眺めていると、ふと、どちらが猪? という思いがした。たしかに目や口のある内部が当然本体だろうと思うのだけれど、中村さんは毛皮を全身まるごと剝ぐので、猪らしい外見の表皮のほうが本体っぽく見えなくもない。しかも、猪を象徴する鼻も表皮側にあるから尚更。
 おじさんといるときにはあまり注意を払っていなかった “ 毛皮 ” が、私の意識の中で急に存在感を増してきた。

 

 

 ふと我に返った。いや、我に返ったのか、以前の感覚を思い出しただけか、それもわからない。ただ、小学生の男子と女子みたいな会話が聞こえるこの光景は、このまま何も言わずに誰かに見せてもぜったいに伝わらないであろうことを冷静に感じた。なぜこれを撮るのか。なぜ私はここに通っているのだろうか。そう思ったことが、そのまま口を衝いて出てしまった。

「どうして私はここに通ってるんでしょう」

 すると、みゆきさんがこちらを向いて、

「どうして、こんなところに通ってるんですか?」

 と笑顔で聞き返してきた。視線を移すと、中村さんもニコニコ笑ってこちらを見ている。 “ こんなところ ”というのは、この解体現場を指しているのだろうか。それとも狩猟全体か。
 まあ、でも、たしかにここは “ こんなところ ” かもしれない。ここにあるのは、獣の死体と肉片と血。人によっては嫌悪感すら抱くだろう。あれ? そういうこと!?  私は思わず吹き出してしまった。
 私にとってこのふたりは、不思議な人たちだった。謎めいていた。けれど、そんな目で見ていたのは私だけではなかった。私もまた、あのふたりから不可解な目で見られていたのか。たしかに、彼らの元には雑誌の取材者などがときどきやってくるが、その誰もが一度きりの取材を終えて去っていく。でも、私は何度でもやってくる――。そりゃおかしい。可笑しくて笑ってしまう。3人で笑ったら何だかスッキリした。

 

 

 

(第17回・了)

 

 

 

連載は月2回更新でお届けします。
次回:2020年6月3日(水)掲載予定