山と獣と肉と皮 繁延あづさ

2020.6.17

18毛と皮

 

 

 

 猿廻しをする中村さんは、猟をするときとは全然ちがう顔をしている。超笑顔。声も一段高い。初めて見たときは、そんな演者としての中村さんに驚いた。ただし、ショーマンとして練れている感じはまったくない。猿の動きもいわゆるビシッときまる曲芸風なものとはちがう。どちらかと言えば “ ご愛嬌 ” が芸風。高く空に伸びた棒を颯爽と登ったり、障害物を見事にジャンプしたりはするけれど、指示を無視してぼんやり遠くを眺めていることもある。“ どうするのかな? ” と半ばドキドキしていると、中村さんとみゆきさんが「やろうよ」「コラ、ここでジャンプせんね」と促していて、フッと笑ってしまう。アドリブなのか演技なのか見分けもつかないが、そのライブ感と、何より猿に翻弄されているコント(?)が絶妙だ。お笑いでも、やはり花形はボケ。いかにも無邪気を装ってボケをかまし、ドッと笑いをとる。そういう意味で、猿はいわば純然たるボケ役なのかもしれない。

 

 

 前に中村さんにきっかけを尋ねたとき、「猿が欲しかった」と言っていた。おそらく、“ 猿廻し ” をやりたかったのではなく、“ 猿と暮らす ” というのが一番の目的だったのだと想像している。この感覚は正直私にはわからない。猿というのは、犬や猫とはちがう。犬や猫は人間にとって有益だったことや、愛着を感じたり、コミュニケーションを交わす対象になったからこそ、これほど普及するペットとなりえたのだと思う。
 一方で、猿は人間社会に生きる動物じゃない。山や森で生きる動物だ。人間にとって有用性はないし、人間と協調する性質もない。従わせるのは困難。いや、たしかに子猿が人の赤ちゃんを連想させというのはある。だから愛着が湧くのもわかる。けれど、取り扱いに戸惑う感覚が私にはある。傍に置いておきたいというより、むしろ距離をとっていたい、というような。そもそも、山裾に暮らす農家にとっては、猿はむしろ害獣だ。猿と生きるというのは、かなり無理のあることなんじゃないだろうか。
 けれど、中村さんは無謀な挑戦をしたわけじゃなかった。現に猿との関係を築いている。中村さんのところの猿は、ペットとして飼われるもお手上げ状態で手放された子や、育児放棄に遭い保護された子などいろいろ。新しく信頼関係を築くのは簡単ではなさそうだ。だから、ご愛嬌的な芸風とはいえ、中村さんたちの猿回しは相当高度なことを為しえているんじゃないかと思っている。猟犬たちとの関係も含め、私が中村さんを “ 動物使い ” と感じる所以だ。

 

 

 猿廻しの練習中、中村さんはよく褒めて撫でもするが、ちがった動きをした場合は凄みのある低い声を出し、グイッと腕を摑むような動きをするので、一瞬ドキリとする。強い叱責さえもが体罰だと言われる昨今、こうした光景に私自身が慣れていない。
 けれども、しばらく見ていると、強さを誇示するだけで罰や痛みはあたえていないことに気づかされる。中村さんはキッパリと言った。

「猿に舐められたら猿廻しはできないですよ」

 電気ムチなど “ 痛み ” で支配する調教は完全否定する中村さんだが、だからといってただ褒めて育てているわけではない。中村さんは動物の優劣順位を利用している。一度順位が決まれば、しばらくは争いは避けられるし、根気よく教えれば芸をすることもできる。平等を掲げる人間社会にいるとかわいそうにも思えるが、いずれも子猿の頃にやってきた猿たちにとって、中村さんは保護者であり、強いオス。おのずと順位が定まったのだろう。これなら猿も生態的にも受け入れやすそうだ。
 と、こんな風に解釈はできるが、すごいな、と思う。だって中村さんは人間なんだもの。

 

 

「まだまだ課題もありますよ。今は小猿だからいいんです。これから成獣になるとき、雄猿たちはみな優位になろうと動きを始めるはず。発情期もある。人の前で安全に芸ができる状態に持っていくのは簡単じゃないと思ってます」

 深刻な内容とは裏腹に、中村さんは楽しげな笑みを浮かべて言った。彼にとっては、猿廻しのための猿ではなく、共に生きていきたい猿。どうやるのか想像もつかないけれど、きっとやるのだろう。

 

 

 中村さんのところに来るようになってからだ。自分を “ 人間 ” と意識するようになったのは。ここは人間以外の動物の存在感が大きい。犬や猿だけでなく、爬虫類も鳥類も数種ずついる。気づけば、それぞれについて “ ここ似てる ” とか “ ここはちがう” などと思っている私がいる。
 犬や猿や猪は同じ哺乳類だけに、人間に近いなという感覚がある。猪の脚を解体したり料理するとき、触れている手を通して自分自身の内部を想像せずにはいられないのも、それが理由だろう。ただ、近いからといって仲良しというわけじゃない。関係上、中村さんにとって犬と猿は共に生きる仲間だけれど、猪は彼自身が生きるために殺す相手だ。一方で、生き物としては犬も猿も、猪と同じ獣だとハッキリそう思う。人間だけがちがう。

 

 

 何がちがうのかと考えるまでもない。彼らの身体は毛で覆われている。そう、 “ 毛もの ” なのだ。 “ もの ” はかつて “ 鬼 ” という字を充てられることもあった。 “ けもの ” という言葉には、そうした特別な存在であるという意味合いが込められているのだろう。山で出会った獣たちに対し、私もそうした心象を抱いた。矛盾しているようだけれど、最後は人間が仕留めるのにもかかわらず、人間が及ばない生き物だと感じてきた。

 

 

 私が初めて狩猟に同行したのは、とても寒い日だった。前日には長崎では珍しく大雪が降った。そんな凍えるような山の中で、見事に裂かれた腑(はらわた)を「触ってみい」とおじさんに言われて、触れた。ぬるりと指の腹が滑る感触。
 あのとき私は、羽毛の詰まった防寒ダウンを着ている自分の手よりずっとあたたかいことに驚いた。よく見れば湯気がたっていた。ぬくもりは生きている命の感触そのもののようで、まだ生命が宿っている気がした。剝いだ毛皮をよく見てみると、スッと伸びた太い毛の内側に、縮れて細い毛の層があった。うまく断熱の層ができている。この機能的な冬毛に覆われた猪と、貧弱で薄っぺらい皮膚しか持たない自分のちがいを、感じずにはいられなかった。そして、不思議に思った。“ なぜ人は毛皮を棄てたんだろう ” と。

 

 

 私たち人間も、全身が毛に覆われる時期がある。それは母親の胎内から出てくる1〜2カ月ほど前のことだ。受精卵に生じた命は、ちいさな魚のような姿になり、大きく裂けた口とヒレのようなものができる。次第に口はすぼまり、左右に離れていた目が近づき、ヒレが手足へと変化する。そして、私たちの身体は産毛に覆われ、いっとき獣になるのだ。最後にその毛を落とし、ようやく母親の胎内から出てくる。人類に至る進化の歴史を母親の胎内で再現したのち、私たちは人として生まれてくるわけだ。
 そう考えると、胎内での体毛の退化は、人間が自らの毛皮を棄てる選択をしたのだと思えてくる。もしくは、毛と皮をセパレートにしようとしたとも言えるだろうか。ただし、その毛に代わるものは別の生き物から調達しなければならない。それが被服だ。道具の使用や服を纏うという人間の生き方とともに身体が変化したことになる。

 

 

 皮と毛をセパレートするメリットとしてパッと頭に浮かぶのは、マダニやノミなどの寄生する虫を簡単に洗い落とせるということだ。人間の私も、山に入るときはマダニに注意する。猪の泥浴びの跡や鶏の砂浴びを見ていれば、それが健康でいるために重要なことだと理解できる。ウィルスや菌を媒介するそうした小さな生き物を排除することで、動物間の感染病予防にもなる。生存のための優先条件は動物によって異なるだろうが、何よりも清潔を求めるならセパレートにするのが最適かもしれない。
 体温調節も理由のひとつだろう。家で鶏を飼いはじめて気づいたのは、動物が体温を下げることの難しさだった。雪の積もった日でも元気に庭を駆け回る鶏たちだが、羽毛に覆われていることもあり暑さには弱い。数羽弱って死んだのも酷暑の夏のことだった。犬も夏日の猟では沢で水浴びすることを欠かさない。けれど、毛と皮をセパレートにして発汗できるようになれば、体温調節は格段にしやすくなる。これは大きなメリットだ。
 それでもやっぱり、獣がデフォルトで備えている毛を棄ててしまうのは行きすぎた選択だったのでは、と私は思ってしまう。何らかのトラブルで身に纏うもの(被服)を失えば、身を守ることすらままならないからだ。人間の皮(皮膚)は薄く、いわば全身が剝き出し状態。無防備すぎやしないだろうか。
 そもそもセパレートにしたということは、一体化している毛と皮をふたつに分けたことになる。 その際、“ ここまで ” と “ ここから ” が鬩ぎ合い、そこに生じた境界線が、いまの私たちの人間を形づくったのだろう。そんなこと考えていると、長男が3歳の頃に発した言葉を思い出した。

「ねえママ、どこまでがぼくなの?」

 あるとき彼を膝に乗せて爪を切ってやっていたら、唐突にこんな質問を投げかけられた。自分の一部である爪が切られているのに、痛くないことが不思議だったのだろう。素朴な疑問ではあるけれど、あらためて考えると哲学的な難問だ。私は爪切りを持つ手を止めて、そのまま固まってしまった。
 爪は表皮の一部だ。切って明らかに痛い箇所は “ 自分 ” で、何も感じない部分は “ 自分ではない ” 部分だろう。ただ、その間には、「感じる」「感じるような気がする」「ほとんど感じない」といったグラデーションが存在するはず。そんな区切りのない中に、境界線と呼べるラインなど存在しえない気がした。そうなると、境界線がないままに、皮には「自分」と「自分以外」が混在しているというおかしなことになる。
「感じる部分」と「感じない部分」などと考えながら、左手の人差し指の爪の先を、右手で触れるか触れないかぐらいに触ってみた。そこから、指、腕全体へと動かしてみると、全身がほぼ「感じる部分」でできていることにつくづく感心する。毛がないからだ。おそらく、獣たちはこんなふうに感じることはできないだろう。人間は、感じることに敏感に設計されているのか?
  毛皮を脱ぎ、無防備と引き換えに得たものは、そのあたりだろうかと考えていたら、現実の世界が一変した。新型コロナウィルス(COVID-19)の蔓延による影響で、生活スタイルがガラリと変わった。人に触れることはおろか、互いに接近することさえも憚られる暮らしがはじまった。
 長崎という地方都市に暮らしているから、もともとそれほど人が過密だったわけでもなく、コロナのせいでいきなり窮屈な暮らしになったわけじゃない。それでもやはり、人に会うのは避けるようになった。
 最初は漠然とコミュニケーションをとりたいという欲求が湧き、電話やビデオ通話をはじめてみた。直に会えない不満を埋めようとする衝動のように思えた。オンラインで呑み会をしたり人とやりとりして、それはそれで楽しかったけれど、代替コミュニケーションでは満たすことのできないものがあることも確かに感じた。

 

 

 やはり、触れ合って、感じ合いたい。いま生きるために直接的に必要なことではなさそうだけれど、やっぱりそういう欲動が強く、深く、存在していることを自覚した。コロナ以降、何気ない動作だった娘を抱っこすることにも幸せを感じるようになった。と同時に、娘がいなかったら欲求不満になっていただろうとも思う。人間のコミュニケーション欲求は、他の生き物に類をみないほど過度なもので、際限なくどこまでも求めてしまうものなのかもしれない
 いつ終わるとも知れないコロナ禍の日常で、そんなことをとりとめなく考えていたら、妙な妄想が浮かんできてしまった。人はもっともっと近づいて感じ合おうと、より薄く柔らかい肌へと向かったのでは? そうして、キスやセックスをこんなにも特別に求め合うようになっていったのかな、と。人間のセックスは動物の交尾とはちがう。単なる生殖行為ではなく、全身で感じ、全身で触れ合う快さがある。これも毛がないからできることだ。
 女性の乳房が男性の目を惹きつけ、また女性側も触れられれば性的に感じるということも、人間特有ではないだろうか。そもそも、狩猟の解体のときに見た鹿や猪のメスの乳房は、たとえ出産前であってもほとんど膨らんでいなかった。人間の乳房だけが、触れ合うことを目的とした性的機能を備えているのではないか。でも反対に、触れて感じる不快もある。好意を持たない相手に触れられてゾッとする感覚は、痴漢被害の声によっても明らかだ。
 以前、友人がこんなことを言っていた。

「二人目が生まれたとき、上の子が自分もおっぱいを吸おうと触ってきたんだけど、痴漢に触られたような嫌悪感があって、自分でもびっくりした」

 これを聞いたとき、私は思わず「わかる!」と声をあげて、激しく共感した。この感覚に覚えのあるお母さんは意外に多いのではないかと思う。おそらくこれは、母親が新しい赤ちゃんに優先して授乳するよう仕組まれた本能だろう。いわゆる “ 生理的に ” という感覚。肌でコミュニケーションし、肌で察知し、肌で幸せを得る。触れ合って感じ合うことは、人間に備わったすごく高次な機能という気がする。そうだとしたら、コウモリ由来の感染症とされているコロナは、むしろ人間社会に寄生すべく誕生したウィルスであるかのようにも見えてきた(微細すぎて見えないけど)。

 

 

 

 

 

 先日、狩猟から戻ったみゆきさんが毛皮を洗っているのを眺めていた。洗った毛皮は、ミョウバンと塩で簡単に処理されて家の前に干される。小屋の奥には前に干したと思しき毛皮があって、そちらを眺めていると、みゆきさんが手をとめて教えてくれた。

「これ、このあいだのですよ」

 3カ月前の、あのメスの猪。当時のことを思い出していたら、妙な感じがした。山で腐っていく獣を見た経験がある私としては、獣の体の一部である毛皮が腐臭もなくそこにあるというのが、なんとも不思議に思えたのだ。
 中村さんたちの処理した猪の毛皮は硬くて、まだ二次利用には至っていない。けれど、小動物の毛皮は尻あてにしたり、軽トラの座席に敷いたりしている。毛皮が新たな素材として再生されるって、とても神秘的な行為だ。私はふと、皮革を生業とする人たちが、かつて “ キヨメ(清め) ” と呼ばれていたと、何かで読んだのを思い出した。私の生まれ育った姫路には古くから皮革の歴史があり、そうした知識があったから印象に残っていたのだろう。たしかに、「皮」を鞣(なめ)して「革」にするというのはすごい行為だ。錬金術ではないけれど、不可能を可能にするような、神業のような技術に思えてきた。そうした技術を持った人々が、特別な意味をはらんだ “ キヨメ ” と呼ばれたことにも、どこか腑に落ちるような思いがした。

 

 

 気になって調べてみると、私が読んだのは歴史学者・網野善彦さんの『中世の非人と遊女』だった。あらためて読み返していると、当然ながら  “ 穢れ ” という言葉が無数に登場する。もちろん、  “ 穢れ ”  あっての  “ キヨメ ”  であることは承知している。ただ、“ キヨメ ” と呼ばれた人々が、のちに  “ 穢多(えた)・かわた ” と呼ばれることになった転換が、わかるようで、わからない。たぶん最初に読んだときも、同じことを思った気がする。宗教や社会や国が形成されていくなかで、なぜこうも “ 穢れ ” は根深く浸透し、人の心を侵蝕するように変容していったのか。あまりに捉えがたい。
 そもそも穢れとは何なのか。私は以前、山で鹿の腐乱死体を見たときのことをこう書いた。「その場にとどまることを躊躇する腐臭。腐りかかった身体に蛆が這う様子は、正直なところ怖かった。胸がざわついて仕方なかった」と。
 あの体験があるからこそ、 私は干された毛皮に “ キヨメ ”  という言葉を思い出し、腑に落ちたのだ。もし、私の中に  “ 穢れ ” の体感があるとしたらあれだろう。ただ、それは腐乱死体という状態を目の当たりにしたときの心象でしかない。固有の何かに依るものではないから、ずいぶん様相がちがう気もした。実態のない  “ 穢れ ” に、現代人の私にもわかりやすい説明はないかと図書館であれこれ手にとっていると、こんな一節を見つけた。

「穢れとは何か。人の死にまつわる穢れがあり、女性の月経・出産にかかわる穢れがあり、そして獣の肉や皮革処理がもたらす穢れがある」 
           (赤坂憲雄『東西/南北考 いくつもの日本へ』より)

 私は釘付けになった。出産を撮影し、狩猟の撮影しながら肉を食べ、ときには死に関わる撮影もする私にとって、この符合は思ってもみないことだった。穢れを撮ってきたつもりはまったくない。急に胸騒ぎがしてきた。

 

 

(第18回・了)

 

 

 

本連載は、今回をもって終了となります。
長らくのご愛読、誠にありがとうございました。
(これに続く原稿を加筆のうえ、今秋単行本化の予定です)