山と獣と肉と皮 繁延あづさ

2019.9.2

06山の中で見えないものを見ていた

 

「また猟に連れてって。いつもの猟でいいから」

 私の言葉に、おじさんはちょっと驚いていた。きっと、 “みどころ” はもう見せたはず、という気持ちだったのではないだろうか。
「いつも獲れるとかぎらんよ……まあよかよ」

 休日の朝おじさんの軽トラに乗り込むと、私は旅にでも出るような気分だった。なぜ休日なのかといえば、娘の保育園の送迎もなく、彼女を主人に託しやすいからだ。のんびり起き出してくる家人たちを尻目に、私は張り切って家を出ていく。
 あっという間に街を通り抜け、軽トラは山から山へと伝うように進んでいく。急に目の前に海が広がり、朝日が波に反射するのを眺めながら “ずいぶん遠くに来たような気がするなあ” と感慨に耽るも、まだ出発から15分。長崎のこういうところが好きだ。山も海もとにかく近い。




 海沿いの道から山道へ入っていくと、緑とオレンジの景色に包まれる。斜面地を利用した果樹畑に冬はみかん、初夏にはビワが実る、長崎の象徴的な風景だ。早朝は農家さんたちの収穫する姿があちこちに見られる。途中、おじさんがクラクションで挨拶すると、彼らは振り返って手を振ってくれた。雨上がりの日は朝靄がかかり、ジブリ映画『おもひでぽろぽろ』のオープニング、紅花摘みを彷彿とさせる風景に。見覚えがあるわけでもないのに、不思議と郷愁にかられる。そんな私にかまうことなく、おじさんの軽トラはさらに上へと駆け上がっていく。




 視界から果樹畑が消え、すれ違う車もいないような林道まで登ってくると、おじさんは窓を全開にして顔を出し、キョロキョロしはじめた。そして、「ほう~」と感心したり、「おるねえ」とニヤニヤしたり。目をやると、土や落ち葉が奇妙に盛り上がっている。猪がミミズなどを探し掘り返した形跡なのだという。車を降りてからも、おじさんは地面を見ながら独りごちていた。
「こっちから来て、あっちに降りとるか……」
 そう言いながら、まるでパントマイムのように、猪が歩いている様を眺めているかような仕草をした。どうやら、猟はもうはじまっているらしい。私もカメラを手にして、なんとなく気持ちにスイッチが入る。
 両手の指二本を立て、踊るような不思議な足どりで歩くおじさん。なんだろう?  眺めていて気がついた。二本の指は猪の蹄(ひづめ)らしい。おじさん自ら猪になったつもりで、足跡を辿っているのだ。私が覗き込むと、足跡を指差しながら猪の歩いていった先を示してくれた。




「ほら、ここからあっちを見てみんね」
 山中を歩きながらおじさんが言った。指差すほうを見たが、何もない。ただ山の風景が広がるばかりだ。訳がわからず戸惑っていると、おじさんが私の肩ごと動かして、見るべき位置に据えてくれた。すると……見えた!  はっきりと道があった。見ようとしたとき初めて見えてくるトリックアートのよう。明確な区切りはないものの、なんとなく空間が一本通っており、それが道に見えるのだ。
「ようゆうやろ、ケモノ道って。それよ。でもこの道、最近流行(はや)っとらんねー」
「え !? 山の道に流行があるの?」
「ほれ見てみぃ……最近はこっちが人気ね」
 おじさんは、1メートルも離れていない場所を指差した。そこには、先ほどの道と並行するようにしてもう一本の道があった。なぜそちらが流行っているのか尋ねると、足跡や落ち葉の向き、そして道両脇の木のようすでわかるのだという。たしかに最初に見た道より狭いが、さらにハッキリとした道になっていた。
「山の道はどんどん変わると。雨や台風でも変わるし、木が倒れても変わるし、罠とかの危険を察知したら慎重になって、また新しい道がでくっさ」
 なるほど。ある獣が歩き、そこを別の獣が歩き、新しい道になっていく。猪や鹿、テンやアナグマなどが共同で使う道。同時に昨日まで使われていた道が今日には廃れはじめ、そして消えていく。太古の昔から繰り返されてきたであろうその情景が、妙にリアルに目に浮かんできた。彼らのつくり出す道は、“流れ” となって血管のように山を巡っている。山が巨大な生き物のようにも思えてきた。




「ほら、こん足跡は新しいやろ。ここまで勢いよく下ってきて、左足ついて、そのあと右足着くのを迷っとーやろ。それでこっちに足ついとると」
 私はおじさんの言葉に息を呑んだ。“そこまで見えているのか!” 鳥肌が立った。 ゆっくりと見上げるも、おじさんはいつもの表情、いつもの声。それなのに、急に特異な人に見えてきた。おじさんはシャーロック・ホームズさながらの推理をし、シミュレーションしながら罠をかけているのだ。同じ場所にいても、見えている風景がまったくちがう。私が樹々の間から差し込んでくる光を眺めていたとき、おじさんは周囲を観察しながら、目の前にはいないはずの獣たちをリアルに思い描いて見ていた。見えないものを、見ていたのだ。私は昂ぶる気持ちを抑えられなかった。
(私もおじさんが見ているものを見てみたい! )
 駆り立てられるような思いだった。カメラを持っていたからだろうか、自分が見えていないことをハッキリと自覚させられた。おじさんが伝えてくれた風景は、これまでの仕留めたり解体する狩猟風景とは対照的だった。野鳥の鳴き声と葉の揺れる音ぐらいしか聞こえない静かな山で、おじさんが見ているのは言わば “殺される前の獣たち” の風景。しかもそれは、獣たちが生き生きと山を歩き回る姿。間違いなく、これは私の見たかった風景である。台所で猪の脚を捌きながら、想像しても想像しきれないと感じていたもの。その肉の由来を知りたいと願っていた私にとって、おじさんのように山を見たい、という衝動は当然だった。




 おじさんから教わる獣の跡は、ひとつわかると次々に見えてくるという具合で、“山を見る” というチューニングを合わせるようなものだった。
 まず目に付きやすいのは、木に付着した泥。これは猪の跡だ。ダニなど寄生する虫を落とすために猪は泥浴びをする。お風呂のようなもので、身体のメンテナンスとしての習慣のひとつ。泥浴びの場《ヌタ場》から這い出した猪は、あちこちの木に体を擦り付けて泥と虫を落としながら歩く。だから、泥が付いた木がところどころにあれば、それは猪の歩いた道であり、泥がまだ乾いていない場合は猪が通ってからあまり経っていないことがわかる。
 もうひとつ目に付きやすいのは、表皮が剝がれた樹木だ。こちらは鹿の跡だ。緑葉がなくなる冬場、鹿は樹皮を喰い剥がす。ちなみに、鹿の肉が美味しいのは春から夏にかけてだ。緑葉をふんだんに食べていることで、肉もしっとりとして味わいが深い。 季節で肉の味が変わるのは猪も同じで、繁殖期がはじまる12月ごろが最も脂が乗っている時期と言われる。一般的に定められている猟期とも重なり、味の面でも、保存面でも、肉を食べることを前提にするならやはり冬だろう。ただ、この時期のオスは食べることも忘れてメスを追いかけていると言われ、繁殖期が終わる2月後半~3月ごろは脂がかなり落ちてしまっている。そうした肉を手にすると、“ 精魂尽き果てて罠にかかったのだな” などと感傷的な気持ちにもなる。


 



 情報量が多いのは、やはり足跡。おじさんは獣の行動全体をあらわすものだと考えていた。おじさんの猟は、“ 括り罠 ” による猟。括り罠は、踏み板部分に獣が踏み込んだときに、ワイヤーがしまって捕獲する仕掛けになっている。地域によってちがうらしいが、ここ長崎では最大30個の罠がかけられる。
 おじさんはよく急斜面を眺めながら「のぼっとんねー」「くだっとんねー」と言う。最初はなんのことだかさっぱりわからなかったが、獣が上った跡なのか下った跡なのかを見極めているのだと知った。




 登るときの足の着地点は慎重に選べるが、急勾配や小さな崖を下るときは勢いがつくため、どうしても慎重さを欠く。つまり、狙い目は獣たちが下る場所。ときには彼らの足どりを誘導するように、障害物として大きな枝などを置くこともある。観察して、推測して、獣が足を着地させる様を思い描きながら罠を設置する。完全なる推理戦。だから、「見破ったよ」とばかりに猪が鼻先で罠を隠す葉をどかしているとき、おじさんはすごく悔しがる。そうしたようすを見ていると、敵対する関係ではありつつも、おじさんと山の獣たちは高度なコミュニケーションを交わしているように思えてくる。私と冗談交じりに話すのとは全然ちがう、気配を察知し合って交わす言語なきコミュニケーション。私はときどき疎外感に似たものを感じる。




 おじさんは、「二日に一回獲れるぐらいがいいねえ」とよく言う。月に20頭を超えることもあれば、10頭に満たないこともあるという具合で、鹿と猪合わせて年間100頭以上を獲るおじさん。とはいえ、獲れない日が続くことだってある。そんなときおじさんは「いーっちょん獲れん!」と地団駄を踏むが、手ぶらで帰ることはあまりない。かけた罠30個すべてダメだとわかったら、
「あっこにキクラゲ生えとったねえ」
「あそこのアケビもうあこう(赤く)なっとお」
「あそこの淡竹はまだいけるはず」
 と気を取り直して山菜採りに転じる。そんなとき、おじさんの新たな目線を知って私はまたワクワクしてくる。見ているのは獣の跡だけではなかったのだと。山のドングリ、ミミズ、サワガニやらを中心に、春は筍、初夏はビワ、秋は栗、冬はミカンなど、四季折々のおいしいものの匂いを嗅ぎとって食べる猪と、ある意味似ている。もちろんおじさんの場合は、ビワやミカンは害獣駆除のお礼にと農家さんから直接もらうし、地主の大切な筍などは採らない。それでも、山の恵みを感知しながら生き生きと過ごすおじさんは、獣たちからも認知されているのではないかと想像してしまう。




 ひとたび山で猪や鹿が獲れると、おじさんはその場であちこちに電話をかけまくる。肉のもらい手を探すのだ。個体の大きさにもよるが、一頭につき取れる肉は相当な量だ。これが二頭、三頭と獲れる日もあるわけで、おじさん一人で持って帰っても冷凍庫に入り切らないし、かといって常温で保存できるものでもない。皆で分けて食べるしかないわけだ。肉食とともに人類の共食がはじまったという仮説は、おじさんを見ていると自然にうなずける。




 おじさんからの電話はたいてい「今どこ? 獲れたよ。猪いるねぇ?」である。大量の肉の要不要を問われる電話が突然かかってくることに最初は戸惑っていたが、一緒に山に入るようになって納得した。山で解体したあと、いいタイミングで受け取れるかどうかがいちばんのキモなのだ。
 猟師といっても害獣駆除の役割も大きい。証拠の尻尾だけ持ち帰って、屍体は山に埋めてくることもできる。実際にそういう猟師もいるらしい。それはそれで山の生き物たちが食べるから、無駄になるわけではない。けれど、おじさんの周囲には肉が欲しいという人が多いのだ。昨今のジビエブームとは関係なく、おじさんが肉を分ける相手は昔からの知り合いばかり。《獲れたら電話する人》としてリストアップされたなかでは、我が家は新参者だろう。




 解体を済ませて肉にすると、おじさんはさっさと山を降りて漁港に出る。そこで業務用の製氷機からクーラーボックスに氷を入れるのだ。これで一安心。この素早さを実現させているのは山と海の近さだ。でも、おじさんはここで終わらない。イノシシの脚一本持って漁協組合の建物に入っていき、しばらくして、今度は魚を手に戻ってくる。知人の漁師さんからもらってくるのだ。イトヨリという高級魚をもらってきたこともある。山の幸と海の幸の物々交換。いや、物々交換することを前提としている風でもない。たとえ海の漁師さんが何も持っていなくても、おじさんは肉を渡す。




 しっかり冷やされたクーラーボックスを軽トラに乗せ、手配先に肉を配りながらご機嫌で帰ってくるおじさん。遠方に寄り道することもなく、肉を配る相手もほぼ帰り道沿いという点もスッキリしている。おじさんと同じ駐車場を使う我が家は、いわば最後の配送先。配り終えたおじさんは駐車場から家へと、果物や魚を手にして坂を登っていく。その楽しげな後ろ姿を眺めながら、“おじさんの暮らしは豊かだな ” と思った。なんだかちょっと昔話の中みたいだ。おそらく、一度も財布を出すことなく、ただ “ 自分がたくさん持っているもの ” を人に渡したり、交換しながら帰ってきたからだろう。 何もかもにお金が介在する現代。とりわけ、キャッシュレスで数字化が進む最近の雰囲気からすれば、質や量をキッカリ数字で換算しないそのやりとりは、とても大らかに感じられる。互いに “余りあるもの ” を手にしているかだろうか。それとも、所有物という感覚があまりないのだろうか。山や海の生き物を獲るというのは、それ自体がもらい物のようでもあり、個人で所有する感覚にはならないのかもしれない。

 おじさんは14年前に大型バスの運転手を定年退職している。いわゆるリタイヤ世代だ。退職する4年前にはじめた狩猟が、今のおじさんの生活になった。害獣駆除の役割を担っており、獲れた分だけ現金収入になる。そうした定年後の生き方としての魅力もたしかにある。けれど、そういったこととは別に、おじさんの行動には惹かれるものがある。決して第二の仕事のような感覚では山に入っていないはず。山で見るおじさんの、あの生き生きとした姿に特別なものを感じる。たまにだが、一瞬だけ、若者に思える瞬間があるのだ。子どものようなときもある。若い頃のおじさん(それは既におじさんじゃないけど)なのか、何か別のものが憑依しているのか。山と戯れているようなあの姿。おじさんに何かあるのか、それとも、山に何かがあるのか。わからないことだらけだからこそ、また山に入りたくなる。

 

 

 

 

本連載は月2回更新でお届けします。
次回:2019年9月19日(木)掲載予定