落語で哲学 中村昇

2018.2.2

15死について(2)

 

 死という現象が、大きく三つのタイプに分けられるといったのは、ジャンケレヴィッチだった。一人称の死、二人称の死、三人称の死の三種類である。「一人称の死」は、<私の死>であり、これは決して経験できない。死というものが、肉体の衰弱死滅と同時に、魂(意識)も消滅するのであれば、自分自身の死を経験する主体も消えてなくなるからだ。
 つぎに「二人称の死」というのは、<あなたの死>であり、<お前の死>である。じっくり顔を見て、「あなた」や「お前」と(あるいは、名前や「おやじ」「おふくろ」「お兄ちゃん」といったいい方で)語りかけてきたごく親しい人の死だ。親の死であったり、配偶者の死であったり、親友の死である。この<死>は、もっともつらく切実なものとしてこちらを襲う。これこそが、普段われわれが経験する死といえるだろう。
 これとは異なり、わたしとは直接かかわりのない人たちの死が「三人称の死」である。テレビや新聞でみる交通事故や災害で亡くなる人たちの死。たしかに、この死も、その親族や親しい人にとっては、切実で悲しいものだという理解はできる。だが、「二人称の死」とくらべれば、こちらに深く刺さるわけではない。多くの人が犠牲になったことを知ると、心から哀悼の意を表するけれども、それが何か月も何年も続くことは珍しい。
 昨日まで一緒に暮らしていた親(子、配偶者)が突然亡くなったときの底知れない悲哀とは、明らかに質がちがう。これは、われわれのあり方(あくまで個人として生き、ごく狭い範囲で人間関係をもち、同時にあらゆる人間と深いかかわりをもつことはできない存在様態)からくるものだろう。
 情報としての死は、毎日溢れている。しかし、こういう死が、われわれの眼に、生々しいものとして触れることがなくなってきたと指摘したのは、ゴーラーだ。今の時代、人々は病院で死に、すみやかに葬儀が営まれ、あっという間に普段の生活に戻る。死は、われわれの日常から隠されているというわけだ。それは以前、性的な事柄が隠蔽されていたのと同様の事態だという。

ところが二〇世紀には、人目につかない変化が「取り澄まし」(上品さ)に生じたように思われる。すなわち、交接はますます「口にしてよい」ものになり、特にアングロ・サクソン社会ではそうなってきたのに対し、自然な出来事としての死は、ますます「口にできないこと」になったのである。(『死と悲しみの社会学』G・ゴーリー、宇都宮輝夫訳、ヨルダン社、207頁)

一世紀前には、誕生と交接という自然なことが嫌悪されたように、今や身体の腐敗・腐朽という自然の経過が人をむかつかせるものとなった。(同書、208頁)

たしかに現代は、人はたいてい病院で死ぬ。清潔で管理された場所で、死の儀式がたんたんとおこなわれる。少なくとも日常の生活と地続きではない。

 死亡率が高かった十九世紀に、「うるわしき亡骸」に別れの挨拶をしたことがないとか、人が死につつある場に一度も立ちあったことがないという人は、滅多にいなかったであろう。葬儀は、労働者階級にとっても、中流階級にとっても、貴族にとっても、最大限に見栄をはる機会であった。共同墓地は、古い村ならどこでもその中心にあり、ほとんどの町で目につきやすい所に位置していた。犯罪者の処刑が世間への見せしめであることをやめ、その日が公休日にならなくなったのは、十九世紀もかなり末になってからである。(同書、207頁)

 われわれ(といっても、インドなどを考えれば、地域差はもちろんある)は、人が死ぬところや死体そのものを眼にすることはほとんどない。一生眼にしないで終わる人も、もしかしたら(稀に)いるかもしれない。このような事態を、ゴーラーは、「死のポルノグラフィ化」という。現代においては「死」が、数世紀前に、人々が隠蔽していた性的な事柄と同様のあつかいを受けているというわけだ。
 しかし、この事態は、社会的な出来事だけでなく、われわれ個人の出来事でもある。またそれは、時代背景や地域とはかかわりがない。いつの時代でも、誰でも、自分自身の死(「一人称の死」)を、無意識裡に隠蔽するからだ。
 ある程度の年齢になれば、人間は死ぬものだということに、われわれは気づく。100年、あるいは50年以内には、ほぼ確実に死ぬにもかかわらず、今わたしは生きている。この場合、不思議なことに、死ぬことを意識して生きる人は少ない。「生」の側にいるかぎり、そこに「死」は、登場しないから。
 ハイデガーは、そのあたりの事情を次のようにいう。

 そのつど固有な現存在(「人間」のことだと考えていい―中村)は、事実つねにすでに死につつある。すなわち、みずからのおわりへとかかわる存在のうちで存在している。この事実を現存在はおおい隠してしまう。それは、現存在が死を、他者たちのもとで日常的に現前する死亡事例へと改鋳することによってであって、この死亡事例こそがともあれ私たちに、「じぶん自身」はなお「生きている」ことを、それだけますますはっきりと確証してくれるものなのだ。(『存在と時間』(三)熊野純彦訳、岩波文庫、152頁)

 われわれは、生まれ死んでいく。生まれた瞬間に死へ向かってすすんでいく。「つねに死につつある」のだ。しかし、そのことを見ないように生きていく。「日常的に現前する死亡事例」、ようするに、「二人称の死」や「三人称の死」を「死」だと認識して、本当の<死>つまり「一人称の死」には、目をつぶるわけだ。
 しかし、それは仕方ない。「一人称の死」は、予測も何もできない「純粋な可能性」にすぎないからだ。われわれが生きているかぎり、経験も認識もできない、いわば絶対に手の届かない<裏側>の現象だからだ。

 死へとかかわる存在にあっては、これに対して、それが、すでに特徴づけられた可能性をそのとおりのものとして理解しながら開示すべきだとするならば、可能性は弱められることなく理解されなければならない。つまり可能性として完全に形成され、また可能性へのかかわりのなかで可能性として耐えぬかれなければならないのである。(同書、183頁)
「一人称としての死」は、絶対に訪れない。自分自身の死が、実現することはない。いつまでも「可能性」のまま終わる。いや、終わることのない「可能性」のまま、ということになるだろう。
 たしかに、「あなたの余命は3か月です」と医者にいわれれば、かなり自分の死を意識するだろう。あるいは、閉所に閉じこめられパニックになったとき、群衆に押され倒れこみ多くの人に踏みつけられたとき、海底に沈み息ができなくなったとき、コンサートに行きその会場で銃乱射が始まったとき、かなり死を意識することになる。
 しかし、それでも、つぎの瞬間は、まだ生きていると思う。むろん、実際に死んだにしても。ようするに、私の「死」は、可能性のまま途切れてしまう。つまり、われわれは、生きているかぎり、死に直に接することはできない。「一人称の死」は、<いま・ここ>と同じ次元の出来事ではないのである。

 死は「いずれいつかは」へと押しやられ、しかもいわゆる「一般的推計」を引き合いに出した上で押しやられる。こうして<ひと>は、死の確実性に特有なことがら、つまり死はあらゆる瞬間に可能であることをおおい隠してしまう。(同書、168頁)

 いつ死んでもおかしくないわれわれは、しかし、つぎの瞬間は生きていると思っている。そうして、いつ死んでもおかしくないことに知らないふりをするというわけだ。「可能性」は、「可能性」のまま終焉する。つまりは、「可能性」が、そのまま「不可能性」へ変わるというわけだ。
 ウィトゲンシュタインは、この事態を、ハイデガーよりはるかに簡潔につぎのように表現している。

死は人生の出来事ではない。ひとは死を経験しない。
永遠を時間的な永続としてではなく、無時間性と解するならば、現在に生きる者は永遠に生きる。
視野のうちに視野の限界は現れないように、生もまた終わりをもたない。(『論理哲学論考』64311

さて今回は、「死神」だ。こんな噺である。

  お金が全くなくなり、借金で首が回らなくなってしまった。江戸中すみずみまで金策に駆けずり回るが、どこでもお金を借りることができない。困り果てて、うちに帰ると、かみさんに散々怒られる。「どこほっつき歩いてんだよ。お金できたの? できたんだったら、こっちだしなよ」
「足を棒にして歩き回ったけど、金がない金がないってみんな言うだよ。今、世の中に金がなくなったんじゃねえのか。」「何、馬鹿なこと言ってんの? お前さんに働きがないから、こんなことになってんだろ。いつまでこんな思いするんだろ。顔も見たくないから、でてっておくれ。豆腐の角に頭ぶつけて、死んじまいな!」
 亭主は、頭にきて家をでて「死んじゃおかな」と思う。「どうやって死のうか、川に身を投げようか、いや泳ぎ知らないからやめよう」などと考える。「大きな木だな。枝も丈夫そうだ。あそこに首くくっちゃお。その方が、かかあに見せしめになっていいや。でも今まで、首くくったことねえから、どうやってくくるんだろ」と思っていると、「教えてやろう」と不気味な声が後ろからする。
 びっくりして振り返り、「誰だい!?」っていうと、「俺は死神だ」と答えた。「死神? よせよ、変なのがでてきやがったな。俺は今まで、死にたいなんて考えたことがなかったけど、てめえのせいだな。向こう行け」というと、死神は、「邪険にするな。仲良くしよう」といって、仕事を世話してやるという。死神の下請けなんかしたくないという男に、「いくら死のうと思っても、人間には寿命があるんだ。お前はまだ死ねない。寿命が尽きれば、いくら生きたいと思っても無理だ。寿命があるやつは、死ねない。」という。
「おまえ、医者をやれ。」と死神はいう。「脈のとり方も知らないからできない」というと、「人の命を助ければ、立派な医者だ。脈のとり方なんか知らなくても大丈夫だ。長患いの病人には、死神が必ず一人ついている。足元に坐っていれば助かるが、枕元に坐っていれば、もう助からない。足元に坐っていたら、呪文を唱えろ」と教えてくれる。
「呪文なんか知らない」というと、「アジャラカモクレンキューライス、テケレッツノパ」といって、手をポンポンと二回たたけ。それを聞くと、死神は、まっすぐ家に帰らなくちゃいけねんだ。」
 家に帰って、台所にあった小田原蒲鉾の板っきれに「医者」と書いて、看板にした。すると、すぐに人が来た。日本橋の越前屋という大店の主人が長患いしているという。江戸中の医者にさじを投げられたという。「ちょうど暇だから行きましょう」といって、病人の寝ている部屋にいくと、死神が足元にいる。「しめた」といって、「大丈夫、助かります」という。「医者もやっているが、まじないもやっているので、今日はまじないでやってみます。」といって、店の者に席を外してもらう。
「アジャラカモクレンキューライス、テケレッツノパ」といって、手を叩くと、死神がすっと消えて、病人が元気になった。これが評判になり、多くの人が、やってくる。死神が枕元にいるときは、「これは寿命ですね」というと亡くなり、足元にいるときは、治してしまう。「生神様じゃないか」という噂が立つ。
 お金がどんどん入ってくると、若い女を囲って、家から女房と子供を追い出してしまう。その女の願いをかなえるため、上方見物にでかける。お金を使い果たして、女にも逃げられて、また、医者の看板をだす。ところが、患者が来ない。来たとしても、みんな枕元に死神がいる。そうこうしているうちに、麹町の伊勢屋という大店の主人が長患いで、治してほしいという。行ってみると、やはり枕元に死神がいる。「諦めてください。寿命です」といっても、店の者は引き下がらない。五千両だすからといわれて、一計を案じる。
 死神が居眠りをしているときに、布団の上下を逆にするというものだ。店の屈強なものを布団の四隅に坐らせ、死神がうとうとしているすきに布団を反転させ、「アジャラカモクレンキューライス、テケレッツノパ」といって、手を叩いた。すると、たまらず死神はいなくなった。
 内金のお金をもらって、居酒屋に行って、気分よく酒を呑んで表にでると、「おい!」と死神が声をかけた。「お前は何てことするんだ」といって、地べたにできた穴に無理やり男を連れて行く。
 どんどん降りていくと、そこには、たくさんの蝋燭があった。死神は、これは、一本一本人間の寿命だという。そのなかの一本に消えそうなのがあった。「それがお前の寿命だ」と死神はいう。「お前が五千両貰ったから、お前の寿命と伊勢屋の主人の寿命を取り換えたんだ。」といった。
「お前、今風邪ひいてるだろ。お前は、それで死ぬ。」という。男は、驚いて「助けてくれ」といって、必死で死神に頼みこむ。最初は渋っていた死神は、「しょうがないな」といって、「そこに燃えさしの蝋燭があるから、それに火を移してみろ。」という。「早くしないと、消えるぞ」
 男は、焦りながら火を移すが、なかなかうまくいかない。どうにか、うまくいって火が移った。ところが、安心したとたんに、大きなくしゃみをしてしまう。
 自分の蝋燭の炎が消えた。

これは、「三人称の死」と「一人称の死」の対比が、くっきりとしている噺だといえるだろう。死神のおかげで医者になったこの男は、いろいろな患者に対して、その死を「三人称の死」として冷静に対処していく。死神が枕元に居れば寿命が尽き、足元だと治癒する。患者に対して、とくに気持ちを動かすことなく、たんたんと対応する。
 しかし、お金に眼がくらんで、寿命が尽きていた伊勢屋に対して、「二人称」的な視点をもつ。もちろん、これは、外側だけ似ているのであって、内実は、利己的な動機だ。お金が欲しいだけだからだ。
 ところが、無茶をやって伊勢屋を治すと、それは「一人称の死」(自分の寿命)と直接かかわっていたことに、死神に気づかされる。「三人称の死」だから、何をやってもいいと思っていたら、実は、それが、まさに「一人称の死」にかかわっていたのだ。小三治の演出だと、蝋燭の火が消えた後、小三治は、そのまま前に倒れこみ、動かなくなる。客はそれをじっと見つめて、おしまい。
「一人称の死」は、経験できず、まわりの人間にとって、その死(「三人称の死」=小三治の身体)は、確認できるということがまざまざとわかる演出だといえるだろう。

 

(第15回・了)

 

この連載は月1更新でお届けします。
次回、2018年3
月2日(金)に掲載します。